110 / 172
夏休みは避暑地で温泉
焼きおにぎりは至高です *飯テロ回
しおりを挟む
その日の夕食は、あらかじめ村長宅から派遣されてくる料理人のオヤジさんに頼んで、炊いた米を三角形や円盤形に握ってもらっていた。
今回は作りたいものがあったので、カズンは庭に炭火や鉄板焼きの準備を整えてもらっていた。
これなら、護衛や使用人たちも交えて料理の感想を聞いたり、料理を食べているときの反応を直接確認できる。
あまり、王族や貴族と使用人が馴れ合うことはアケロニア王国でも好ましくないとされている。
だが、カズンが調理スキルを持っていて、アルトレイ女大公家の名物料理を模索中であることは皆了解している。
外部の人目がないところでは、わりと和気藹々とした交流をしていた。
夕飯は庭で調理したいと朝のうちに管理人に伝えてあった。
夕方になると、庭では別荘の管理人主導で、虫除けの防虫香や、魔石のランプなどを配置し始めた。
いつものように建物内の食堂で食事すればそのような手間をかけさせずに済んだのだが、カズンはどうしても庭で焼き物を作りたかったのだ。
厨房でヨシュアと簡単に食材の下拵えを行った。
「豚肉をタレに漬けて焼くんですね。付け合わせはどうしましょうか」
「キャベツの千切りが合うが……野菜カクテルを沢山用意してもらっているから、各自好きに取ってもらおう」
昼間食べたとうもろこしや、夏が旬の胡瓜、トマト、色鮮やかで紫色の美しい紫大根やラディッシュなどをスティック状にカットして様々なドレッシングで食す野菜カクテルは、この別荘に来てから毎食出ている。
各自、ガラスのグラスに好きなだけ取って、別添えのドレッシングで食す。
ドレッシングがまた、濃厚なものからあっさりしたものまで多様で美味い。カズンのお気に入りはチーズ風味のものと、レモンをきかせたマヨネーズベースのものだ。
ヨシュアとユーグレンは燻製ナッツを使ったクリーミーで濃厚タイプのものを気に入ったようである。
それぞれ、王都に戻るとき瓶詰めにして持ち帰ろうと思っている。
豚肉は、厚めにスライスしたものを、玉ねぎと生姜のすりおろしに多少のニンニクを加え、醤油とみりんに似た甘い調味料で味付けしたタレに漬け込んである。
これは、この別荘のある集落で伝統的に食べられている料理だという。昼間、前村長夫婦がタレを分けてくれたのでありがたく使わせてもらうことにする。
カズンが前世で食べていた生姜焼きとほぼ同じだ。ということは間違いない味だろう。
汁物はヨシュアが任せて欲しいと言うので任せ、カズンは本命に取り掛かることにした。
大量の白い握り飯は大きなザルにのせて、風通しの良い日陰で表面を少し乾燥させておいてある。
これから作るのは、カズンが前世で好物だった焼きおにぎりだ。今回は醤油と味噌、二種類を作る。
醤油も味噌も、この集落で生産されているものだ。
醤油は王都にも出荷されていたが、味噌は国外に輸出するのが大半のため国内に流通していないということだったらしい。
カズンは定期的に王都の実家へ味噌を卸してもらう約束を取り付けた。
もし味噌を使う料理が王都でも受け入れられそうなら、販路開拓を積極的に請け負うつもりでいる。
「炭火で焼きおにぎりとは、何と贅沢なことか……ふふ、ふははは……!」
炭に細かい枯れ木を使って着火しながら、カズンのテンションは上がりっぱなしである。
上がった火がカズンの黒縁眼鏡のレンズを赤く染め上げている。
「野営飯みたいなものか? 随分楽しそうだな」
調理スキルなど持ってないユーグレンは、カズンの反対側から火かき棒を持って炭火の調整をしてやっている。
カズンは大型の長方形の角形七輪的なものに炭を突っ込み、金網を乗せて握り飯を焼いていく。
軽く焦げ目が付いたらトングで手早く引っ繰り返して、裏面も焼いていく。
両面に焦げ目が付いたら、まず三角形に握ったほうにはハケで醤油を塗っては引っ繰り返す。
円盤形に握ったほうには、ヘラで片面だけに味噌をうすーく塗り付け、味噌にも軽い焦げ目が付くまで焼いた。
「できた!」
「ヨシュアがまだ厨房から戻ってきてないぞ?」
「待てない。焼き立てだぞ? 味見しよう!」
取り皿を持ってくる前に、まずはと醤油味の方をユーグレンと半分こすることにした。
カリッと炭火で焼いて焦げ目の付いた焼きおにぎりを割ると、ふわっと湯気と醤油の香りがする。
正直、焼きながら堪らなかった。
「熱ッ、……お、美味いな」
香ばしい表面は、どこかスナック風の食感だった。
そして口の中でほろりと崩れていく米の旨味と甘さ、醤油の香り。
米はアケロニアでも主食のひとつだが、普段はピラフやリゾットにしたり、料理の付け合わせに添えるぐらいで、こうして握って食べることはない。
(焼いて調味料を塗るだけで、こうも口当たりの良い料理になるのか。面白い)
「うま……」
カズンはといえば、何やら恍惚の表情で呟いている。
「米は正義。焼きおにぎりは至高……」
「お前は贅沢しないところが良いな。カズン」
王弟で偉大なるヴァシレウス大王の嫡男なら、どのような贅沢も許される身というのに。
米を握って焼いただけのもので、これほど幸せになれる素朴さがユーグレンには好ましく感じられた。
「ほら、付いてるぞ」
「あ、すまん」
口元の米粒を指先で取ってやり、そのままユーグレンは口に含んだ。
嬉しそうに残りの焼きおにぎりを口に運んでいる姿が、何とも微笑ましい。
「カズン、もう一口」
くれないか、とカズンに身を寄せて口を開けたところで、背後から物騒な魔力が漂ってきた。
「殿下? 少しカズン様と距離が近すぎるのでは?」
今回は作りたいものがあったので、カズンは庭に炭火や鉄板焼きの準備を整えてもらっていた。
これなら、護衛や使用人たちも交えて料理の感想を聞いたり、料理を食べているときの反応を直接確認できる。
あまり、王族や貴族と使用人が馴れ合うことはアケロニア王国でも好ましくないとされている。
だが、カズンが調理スキルを持っていて、アルトレイ女大公家の名物料理を模索中であることは皆了解している。
外部の人目がないところでは、わりと和気藹々とした交流をしていた。
夕飯は庭で調理したいと朝のうちに管理人に伝えてあった。
夕方になると、庭では別荘の管理人主導で、虫除けの防虫香や、魔石のランプなどを配置し始めた。
いつものように建物内の食堂で食事すればそのような手間をかけさせずに済んだのだが、カズンはどうしても庭で焼き物を作りたかったのだ。
厨房でヨシュアと簡単に食材の下拵えを行った。
「豚肉をタレに漬けて焼くんですね。付け合わせはどうしましょうか」
「キャベツの千切りが合うが……野菜カクテルを沢山用意してもらっているから、各自好きに取ってもらおう」
昼間食べたとうもろこしや、夏が旬の胡瓜、トマト、色鮮やかで紫色の美しい紫大根やラディッシュなどをスティック状にカットして様々なドレッシングで食す野菜カクテルは、この別荘に来てから毎食出ている。
各自、ガラスのグラスに好きなだけ取って、別添えのドレッシングで食す。
ドレッシングがまた、濃厚なものからあっさりしたものまで多様で美味い。カズンのお気に入りはチーズ風味のものと、レモンをきかせたマヨネーズベースのものだ。
ヨシュアとユーグレンは燻製ナッツを使ったクリーミーで濃厚タイプのものを気に入ったようである。
それぞれ、王都に戻るとき瓶詰めにして持ち帰ろうと思っている。
豚肉は、厚めにスライスしたものを、玉ねぎと生姜のすりおろしに多少のニンニクを加え、醤油とみりんに似た甘い調味料で味付けしたタレに漬け込んである。
これは、この別荘のある集落で伝統的に食べられている料理だという。昼間、前村長夫婦がタレを分けてくれたのでありがたく使わせてもらうことにする。
カズンが前世で食べていた生姜焼きとほぼ同じだ。ということは間違いない味だろう。
汁物はヨシュアが任せて欲しいと言うので任せ、カズンは本命に取り掛かることにした。
大量の白い握り飯は大きなザルにのせて、風通しの良い日陰で表面を少し乾燥させておいてある。
これから作るのは、カズンが前世で好物だった焼きおにぎりだ。今回は醤油と味噌、二種類を作る。
醤油も味噌も、この集落で生産されているものだ。
醤油は王都にも出荷されていたが、味噌は国外に輸出するのが大半のため国内に流通していないということだったらしい。
カズンは定期的に王都の実家へ味噌を卸してもらう約束を取り付けた。
もし味噌を使う料理が王都でも受け入れられそうなら、販路開拓を積極的に請け負うつもりでいる。
「炭火で焼きおにぎりとは、何と贅沢なことか……ふふ、ふははは……!」
炭に細かい枯れ木を使って着火しながら、カズンのテンションは上がりっぱなしである。
上がった火がカズンの黒縁眼鏡のレンズを赤く染め上げている。
「野営飯みたいなものか? 随分楽しそうだな」
調理スキルなど持ってないユーグレンは、カズンの反対側から火かき棒を持って炭火の調整をしてやっている。
カズンは大型の長方形の角形七輪的なものに炭を突っ込み、金網を乗せて握り飯を焼いていく。
軽く焦げ目が付いたらトングで手早く引っ繰り返して、裏面も焼いていく。
両面に焦げ目が付いたら、まず三角形に握ったほうにはハケで醤油を塗っては引っ繰り返す。
円盤形に握ったほうには、ヘラで片面だけに味噌をうすーく塗り付け、味噌にも軽い焦げ目が付くまで焼いた。
「できた!」
「ヨシュアがまだ厨房から戻ってきてないぞ?」
「待てない。焼き立てだぞ? 味見しよう!」
取り皿を持ってくる前に、まずはと醤油味の方をユーグレンと半分こすることにした。
カリッと炭火で焼いて焦げ目の付いた焼きおにぎりを割ると、ふわっと湯気と醤油の香りがする。
正直、焼きながら堪らなかった。
「熱ッ、……お、美味いな」
香ばしい表面は、どこかスナック風の食感だった。
そして口の中でほろりと崩れていく米の旨味と甘さ、醤油の香り。
米はアケロニアでも主食のひとつだが、普段はピラフやリゾットにしたり、料理の付け合わせに添えるぐらいで、こうして握って食べることはない。
(焼いて調味料を塗るだけで、こうも口当たりの良い料理になるのか。面白い)
「うま……」
カズンはといえば、何やら恍惚の表情で呟いている。
「米は正義。焼きおにぎりは至高……」
「お前は贅沢しないところが良いな。カズン」
王弟で偉大なるヴァシレウス大王の嫡男なら、どのような贅沢も許される身というのに。
米を握って焼いただけのもので、これほど幸せになれる素朴さがユーグレンには好ましく感じられた。
「ほら、付いてるぞ」
「あ、すまん」
口元の米粒を指先で取ってやり、そのままユーグレンは口に含んだ。
嬉しそうに残りの焼きおにぎりを口に運んでいる姿が、何とも微笑ましい。
「カズン、もう一口」
くれないか、とカズンに身を寄せて口を開けたところで、背後から物騒な魔力が漂ってきた。
「殿下? 少しカズン様と距離が近すぎるのでは?」
3
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる