104 / 172
夏休みは避暑地で温泉
カズンもヨシュアも帰ってこなかった
しおりを挟む
そして一週間後。
そのカズンの一家が避暑地から戻ってきたと聞いて、ユーグレンは速攻でアルトレイ女大公家へ向かった。
だがそこに、カズンやヨシュアの姿はない。
いたのはどこか落ち込んだ様子のヴァシレウスとセシリアだけだったが、勢いづいていたユーグレンはスルーしてしまった。
聞けば、現地で調子を崩したカズンは、少なくとも今月中は避暑地で養生に努めるとのことだった。
世話役のヨシュアとともに。
「と、いうことは……今、カズンとヨシュアは別荘で二人きり……」
ユーグレンは青ざめた。
カズンはまだいまいち理解していないようだが、あの二人はヨシュアからカズンへ想いのベクトルが向いているのだ。
誰よりヨシュアを見ていたユーグレンにはわかる。
そしてその想いは、間違いなくユーグレンがヨシュアへ向けているものと同じ質量と熱量を持っている。
下手するともっと重いかも。
「わ、私も行かなくては……!」
二人だけで先に進まれて堪るか。
王宮に戻るなり、すぐ準備して避暑地へ飛び出して行きかねなかったユーグレンを、王太女とともに四十代はじめくらいの、ヘーゼルの癖毛と翡翠色の瞳を持った中背の男性が引き止めた。
名前はクロレオ。王太女グレイシアの夫でユーグレンの父だ。
「待ちなさい、ユーグレン。話があります」
「父上?」
クロレオはグレイシアと同い年で、国内貴族の伯爵令息だった。
本人は次男だったため爵位を持っておらず、王太女の伴侶となっても王族籍には入らない選択をしていた。とはいえ準王族の立場ではあるが。
そのような事情から、実の息子ではあっても王子のユーグレンにも丁重な態度を崩さない。
その父は、ユーグレンに金貨の詰まった袋を差し出してこう言った。
「ユーグレン。あなたも今後は何かと入り用も増えることでしょう。こちらをお使いなさい」
これまでは王子ではあっても、まだ未成年のユーグレンが使える金は小遣いの範囲内だけだった。
だが、現役伯爵のヨシュアらとの交友機会が増えるとなれば話は別だ。それは社交の一種として、王家から正式な予算が出る。
クロレオは更に、交友の際の注意事項も説明してきた。
「食品など、食べて消えてしまうものなら構いませんが、物品の場合は王家やあなた個人の紋章を入れたものを送るときは気をつけてください」
悪用されないよう充分な注意が必要だ。
送られた側の立場にもよるが、と補足を付け加える。
「まあ要するにだ、遊ぶ際はお前が費用すべて出すのだぞ? 間違ってもカズンやリースト伯爵の財布の紐を緩めさせぬように」
王家の沽券に関わることをするなというわけだ。
「ユーグレン。あなたとカズン様の派閥問題については、自分たちでまとめる前に私たち大人に相談して欲しかった」
「そ、そうかもしれませんが、父上。ですが、何というかその場の成り行きで決まってしまい……」
最初にその話を聞いたとき、グレイシアも夫のクロレオも、また祖父の国王テオドロスも呆気に取られたものだ。
ユーグレンがヨシュアに懸想しているのは知っていた。
その想いが、美貌と強さを兼ね備えたヨシュアへの信仰じみた、相手を崇拝するようなものだったことも。
本人がいつまでたってもヨシュアに話しかけることすらできないチキン野郎であることもバレバレだった。
周囲の大人たちは誰もが、ユーグレンはいずれ現実を見るものとばかり思っていたのだが。
気がついたら、ちゃっかり王弟カズンごと親しくなっているのだから、やりおるな! と家族は皆で大笑いしていた。
「まあそう言うな、クロレオ。カズンはともかく、リースト伯爵家の男子を取り込めたのは大変良い。よくやった、褒めてやる」
「いや、ですから。我々の関係はそういう打算的なものよりまず……」
「これで、外野はうるさく騒ぐだろうが、遠慮なくリースト家を伯爵から侯爵にランクアップさせられる」
有能な魔力使いを輩出するリースト伯爵家は、アケロニア王国の最初期から存在する名家だ。出自を辿れば現在の王朝より古いかもしれない。
その高い能力を如何に王家に取り込み引き付けておくかは、代々アケロニア王族の課題のひとつだった。
しかし、リースト伯爵家の男子は自分の興味があること以外への関心が薄く、権力にも興味を示さない。
能力の偏りも大きいため、扱いづらい一族でもあった。
リースト伯爵家自体が、近年は魔力ポーションをはじめとした薬品類の開発・販売で大層潤っている。
ヨシュアに関していえば、亡父も得られなかった竜殺しの称号持ちで、若年ながら魔法剣士としての実力も充分。
ユーグレンと親しくなったことで今後は更に知名度も上がるだろうから、頃合いを見てもう幾つかの業績を立てさせ、陞爵させてしまおう。
「あるいは、新たに侯爵にすれば、空いた伯爵位は“彼”に渡るでしょうね」
「それだ!」
彼、即ちヨシュアの叔父であるリースト子爵ルシウスだ。
実力からいえば彼が新たなリースト伯爵を継承してもおかしくなかった人物だ。
そうだなそれでいこう、と話題を弾ませている両親をよそに、ユーグレンはいてもたってもいられなかった。
(政治的判断は今はどうでもいい。早く……早く……!)
早く、あの二人に逢いたい。
そのカズンの一家が避暑地から戻ってきたと聞いて、ユーグレンは速攻でアルトレイ女大公家へ向かった。
だがそこに、カズンやヨシュアの姿はない。
いたのはどこか落ち込んだ様子のヴァシレウスとセシリアだけだったが、勢いづいていたユーグレンはスルーしてしまった。
聞けば、現地で調子を崩したカズンは、少なくとも今月中は避暑地で養生に努めるとのことだった。
世話役のヨシュアとともに。
「と、いうことは……今、カズンとヨシュアは別荘で二人きり……」
ユーグレンは青ざめた。
カズンはまだいまいち理解していないようだが、あの二人はヨシュアからカズンへ想いのベクトルが向いているのだ。
誰よりヨシュアを見ていたユーグレンにはわかる。
そしてその想いは、間違いなくユーグレンがヨシュアへ向けているものと同じ質量と熱量を持っている。
下手するともっと重いかも。
「わ、私も行かなくては……!」
二人だけで先に進まれて堪るか。
王宮に戻るなり、すぐ準備して避暑地へ飛び出して行きかねなかったユーグレンを、王太女とともに四十代はじめくらいの、ヘーゼルの癖毛と翡翠色の瞳を持った中背の男性が引き止めた。
名前はクロレオ。王太女グレイシアの夫でユーグレンの父だ。
「待ちなさい、ユーグレン。話があります」
「父上?」
クロレオはグレイシアと同い年で、国内貴族の伯爵令息だった。
本人は次男だったため爵位を持っておらず、王太女の伴侶となっても王族籍には入らない選択をしていた。とはいえ準王族の立場ではあるが。
そのような事情から、実の息子ではあっても王子のユーグレンにも丁重な態度を崩さない。
その父は、ユーグレンに金貨の詰まった袋を差し出してこう言った。
「ユーグレン。あなたも今後は何かと入り用も増えることでしょう。こちらをお使いなさい」
これまでは王子ではあっても、まだ未成年のユーグレンが使える金は小遣いの範囲内だけだった。
だが、現役伯爵のヨシュアらとの交友機会が増えるとなれば話は別だ。それは社交の一種として、王家から正式な予算が出る。
クロレオは更に、交友の際の注意事項も説明してきた。
「食品など、食べて消えてしまうものなら構いませんが、物品の場合は王家やあなた個人の紋章を入れたものを送るときは気をつけてください」
悪用されないよう充分な注意が必要だ。
送られた側の立場にもよるが、と補足を付け加える。
「まあ要するにだ、遊ぶ際はお前が費用すべて出すのだぞ? 間違ってもカズンやリースト伯爵の財布の紐を緩めさせぬように」
王家の沽券に関わることをするなというわけだ。
「ユーグレン。あなたとカズン様の派閥問題については、自分たちでまとめる前に私たち大人に相談して欲しかった」
「そ、そうかもしれませんが、父上。ですが、何というかその場の成り行きで決まってしまい……」
最初にその話を聞いたとき、グレイシアも夫のクロレオも、また祖父の国王テオドロスも呆気に取られたものだ。
ユーグレンがヨシュアに懸想しているのは知っていた。
その想いが、美貌と強さを兼ね備えたヨシュアへの信仰じみた、相手を崇拝するようなものだったことも。
本人がいつまでたってもヨシュアに話しかけることすらできないチキン野郎であることもバレバレだった。
周囲の大人たちは誰もが、ユーグレンはいずれ現実を見るものとばかり思っていたのだが。
気がついたら、ちゃっかり王弟カズンごと親しくなっているのだから、やりおるな! と家族は皆で大笑いしていた。
「まあそう言うな、クロレオ。カズンはともかく、リースト伯爵家の男子を取り込めたのは大変良い。よくやった、褒めてやる」
「いや、ですから。我々の関係はそういう打算的なものよりまず……」
「これで、外野はうるさく騒ぐだろうが、遠慮なくリースト家を伯爵から侯爵にランクアップさせられる」
有能な魔力使いを輩出するリースト伯爵家は、アケロニア王国の最初期から存在する名家だ。出自を辿れば現在の王朝より古いかもしれない。
その高い能力を如何に王家に取り込み引き付けておくかは、代々アケロニア王族の課題のひとつだった。
しかし、リースト伯爵家の男子は自分の興味があること以外への関心が薄く、権力にも興味を示さない。
能力の偏りも大きいため、扱いづらい一族でもあった。
リースト伯爵家自体が、近年は魔力ポーションをはじめとした薬品類の開発・販売で大層潤っている。
ヨシュアに関していえば、亡父も得られなかった竜殺しの称号持ちで、若年ながら魔法剣士としての実力も充分。
ユーグレンと親しくなったことで今後は更に知名度も上がるだろうから、頃合いを見てもう幾つかの業績を立てさせ、陞爵させてしまおう。
「あるいは、新たに侯爵にすれば、空いた伯爵位は“彼”に渡るでしょうね」
「それだ!」
彼、即ちヨシュアの叔父であるリースト子爵ルシウスだ。
実力からいえば彼が新たなリースト伯爵を継承してもおかしくなかった人物だ。
そうだなそれでいこう、と話題を弾ませている両親をよそに、ユーグレンはいてもたってもいられなかった。
(政治的判断は今はどうでもいい。早く……早く……!)
早く、あの二人に逢いたい。
12
お気に入りに追加
457
あなたにおすすめの小説
かの世界この世界
武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。
異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語
京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。
なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。
要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。
<ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。
異世界ライフの楽しみ方
呑兵衛和尚
ファンタジー
それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。
ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。
俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。
ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。
しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!
神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。
ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。
『オンラインゲームのアバターに変化する能力』
『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』
アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。
ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。
終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。
それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。
「神様、【魂の修練】って一体何?」
そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。
しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。
おいおい、これからどうなるんだ俺達。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
チート狩り
京谷 榊
ファンタジー
世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。
それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。
主人公は高みの見物していたい
ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。
※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます
※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。
斬られ役、異世界を征く!!
通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
剣の腕を見込まれ、復活した古の魔王を討伐する為に勇者として異世界に召喚された男、唐観武光(からみたけみつ)……
しかし、武光は勇者でも何でもない、斬られてばかりの時代劇俳優だった!!
とんだ勘違いで異世界に召喚された男は、果たして元の世界に帰る事が出来るのか!?
愛と!! 友情と!! 笑いで綴る!! 7000万パワーすっとこファンタジー、今ここに開幕ッッッ!!
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる