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夏休みは避暑地で温泉

その頃、王都のユーグレンは

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 学園が7月から夏休みに入り、ヨシュアたちと何をして遊ぼうか心弾ませていたユーグレン王子。

 しかし数日前、カズンからのガスター菓子店のレストランへの誘いを最後に(残念ながら予定が合わず断りを入れてしまったが)、ヨシュアどころかカズンとも連絡が取れなくなって、半狂乱に陥った。

「まさか……まさか、二人で駆け落ちしたというのか!?」
「そんなわけがあるか! 少しは落ち着け、この愚息が!」
「ぐあっ!?」

 母親から鉄拳を頂戴して、暴走は寸前で食い止められた。

 夏用の、風通しの良い女性用の黒の軍服を身に纏う彼女こそ、王太女グレイシア。
 豊かな黒髪と強い光を持つ黒い瞳、見るからに意志の強そうな顔立ちの、国内屈指の武闘派王族である。
 父の国王や息子ユーグレンとよく似た端正な顔立ちの美女だが、気の強さは現在の王族の中では一番だろう。

 ユーグレンの側近から息子が使い物にならないと報告を受けて、叱咤しに王子の執務室までわざわざ足を運んだのだ。

「くう……相変わらずいい拳をお持ちで、母上」
「カズンは両親と一緒に避暑に出かけた。一週間ほどで戻るとのことだ」

 殴り飛ばされて床に膝を付いていたユーグレンの目の前に、カッと音を立ててグレイシアの真っ赤なヒールの爪先が叩きつけられる。

「ええっ!? 何ですかそれは! 私は聞いていませんよ!」
「……わたくしが聞いたし、許可は国王のお父様が出している。何も問題あるまい?」
「ありまくりです!!!」

 そこは自分にも一言、何か言っておくべきではないのか。
 もっと言うなら、自分も誘って欲しかった!

「あれ? カズンはヴァシレウス様たちと避暑地で、……ではヨシュアは?」
「リースト伯爵は領地に帰還したい旨、申請が出ておったぞ」
「そ、それも私は知りませんでした……」
「……お前、本当にあの二人と親しいのか? すっかり蚊帳の外ではないか」

 かわいそうなものを見る目で見下ろされて、ユーグレンは捨てられた仔犬のようにショボくれながら、よろめきつつ立ち上がった。

「仕事に戻ります……」
「そうしてくれ」

 カズンもヨシュアもいないなら、それぐらいしかやることがない。



 そうはいっても、基本的に優秀なユーグレンが無心で取り掛かれば書類仕事の類いが片付くのはあっという間だ。

 当日のノルマが終わると、あとは手持ち無沙汰となってしまう。
 今年は特に暑い夏だから、体調を崩さぬよう昼間から外へ出る公務も少ない。

「王都で評判の氷菓の店へ、ともに行きたかったのだぞ……ヨシュア、カズン……」

 特に、最近は硝子の食器に盛るはずのパルフェを、平たい皿に盛り付けるオープンパフェなるものが流行していると聞く。
 チョコレートソースとアイスが絶品の店があると聞いて、三人で行こうと計画していたユーグレンは、その予定が台無しになって悲しかった。すごく悲しかった。

「………………」

 執務室の机に座ったまま、鍵の掛かった引き出しから原稿用紙の束を取り出す。
 こういうときは、ヨシュアファンクラブの会長として、会報用の原稿に没頭するに限る。

 実はまだ、ファンクラブ会員たちにヨシュアを含む三人の仲が良くなってヨシュアとカズンがユーグレン派閥に参入し、王弟カズン派閥が実質消滅したことを告げていない。

 次の会報を刊行する前に夏休みに入っていたためだ。
 最新号は夏休み明けの新学期の刊行となるだろう。

 派閥の件はどこにも発表していなかったが、話の早い貴族はどこにでもいる。

 というよりどうも、カズンの母のセシリアが積極的に社交界で広めてしまったとのこと。
 そしてユーグレンの元には断続的に匿名でファンクラブ会員たちから手紙が届き続けている。

「非難2、応援3、残り5は様子見といったところか」


『応援すべきファンクラブ会長が一番ヨシュア様と仲良しだなんて、そんなのずるい!』

「済まぬ。会長の資格がないというなら、私はこの座を明け渡しても構わない」
「ユーグレン殿下が辞めたら、会報誌も薄くなりそうですよねえ」

 護衛の側近が横から突っ込んでくる。
 そう、毎回の会報の記事の半分以上はユーグレンが書いている。ほとんどはヨシュア礼讃の信仰告白だが、情熱的で胸にグッとくると案外評判が良い。
 ひとまず続投してほしい。


『そこ代わって下さい、殿下』

「誰が代わるか! ……おい、エルネストの字じゃないか、無記名だからって誤魔化せると思うなよあやつめ!」
「あいつ、懲りないですねえ」

 宰相令息のグロリオーサ侯爵令息エルネストは、ヨシュアファンクラブの副会長だ。

 しかし以前、あまりにも振り回されすぎて醜態晒しまくりの主君ユーグレンを見かねて、直接ヨシュアに文句を言いに行った猛者だった。

 実態はヨシュアは何も関係なくユーグレンの一人相撲に過ぎなかったのだが、ユーグレンが隠していた想いをヨシュアに暴露してしまうという失態を犯した。

 結果的に彼の働きによってユーグレンはヨシュアとの交際に漕ぎ着けたわけで、その意味では功労者といえる。

 だが、繰り返すようだが彼はヨシュアファンクラブの会員、それも副会長だ。
 ユーグレンと一緒に最初期からファンクラブを立ち上げ、ここまで育ててきた古参の同志。

 如何に竜殺しのときのヨシュアが素晴らしかったか、また今日廊下ですれ違ったヨシュアの優美さ、ほのかに香る柑橘系の香水の香り(※リースト伯爵領産の魔力ポーションの香りであって香水ではない)にときめいたことなど、夜を徹して語り合ったことは数知れず。

 ユーグレンが一足先にヨシュアと親しくなって距離を詰めたと知って泣き崩れた彼を前に、抜け駆けしてしまったユーグレンは罪悪感が半端なかった。
 夏休みに入った今も傷心が癒えないようで、ユーグレンの側近なのに出仕拒否を続けている。

「手紙を出す元気はあるのだから、そろそろ引っ張り出してくれる」


『ヨシュア様とのムフフな体験談レポお待ちしております!』

「そんな展開に持ち込めるなら、こんな苦労はしとらんわ!」
「……悲しいな。悲しいですね、殿下……」

 いったい何を期待しているというのか。


『ヨシュア様と会長、上下はどっちですか? ハッキリさせて下さい!』

「? 上下とはどういう意味だ? 身分なら私が王族だし上だろうが……。……ふっ、崇拝してしまった私が敗者で、奉られる彼こそが勝者よ。ならばこの関係においてはヨシュアが上で私が下だ!」
「あー……えー……殿下、殿下? その発言は色々誤解を招きますので、よそではおやめくださいね?」

 ファンクラブ会員の中には腐った者も混ざっているらしい。



「ヨシュア……カズン……私はさびしい……」

 粗方、会報誌の原稿をまとめ終わった時点でユーグレンが執務机の上に突っ伏した。
 こぼれ落ちる涙を指先で伸ばして、机の上に二人の名前を書いている。

「………………」

 駄目だこの王子。早く何とかしないと。

 護衛を兼ねた側近は、傍らにいながらも自分に何ができるかを考え始める。

 事態を打開する朗報は、一週間後にカズンたちが王都へ戻るまで無さそうだったが。


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