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王家の派閥問題

王家の七光り1

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王家の七光り

 最近、身体が痛いとヨシュアが溜め息をついている。
 麗しの美貌を陰らせた物憂げな様子に、クラスメイトたちはドギマギしているが本人は気に留めていない。

 今日も授業中ずっと身体の関節が軋んで痛いと、休み時間になるたび小さく唸っていた。
 側にいると、カズンの耳にも微かにみしみし骨が軋む音が聞こえてくる。

 放課後、嫌がる本人を保健室に連れて行くと、「それは成長痛だから問題ない」と保健医に言われ、痛み止め用の初級ポーションだけ貰って追い出されるのだった。

 手首の関節を手のひらで擦っている幼馴染の横顔を、じっと見つめてみた。

「そういえばおまえ、僕より伸びてるな」
「うちは男は代々似たような背格好になるので。まだまだ伸びると思います」

 これまでは、どちらかといえば華奢な体型のヨシュアだったが、最近では制服のブレザーの丈や肩幅をお直ししている。
 まだ成長するなら、そろそろ新しく作り直さなければならない。

「むう……ユーグレン殿下といいおまえといい、……ずるい」

 面白くなさそうな顔をしているカズンの横腹を、ヨシュアは笑って肘先で突っついた。

「王家の皆様はお顔立ちはよく似てるのに、背丈はバラバラですよねえ。ヴァシレウス様は巨体だけど、テオドロス様はそこまでじゃないし。ユーグレン殿下は最近178cmになられたそうで。カズン様は?」
「………………172。で、でもまだ僕だって伸びてる!」

 この身長、実は母セシリアより僅かに足りない。母親がヒールのある靴を履くと更に差が広がる。



 保健室から、荷物を取りに3年A組の教室まで戻ってくる。
 教室のドアを開けようとしたところで、中からこんな声が聞こえてきた。

「カズン様はな~。領地もない名ばかりの大公家の令息なんだよな。先王陛下の七光りってやつ」

 ぴたり、と引き戸の取っ手にかけようとした手が止まる。

 それはカズンにとって痛い指摘だった。
 偉大な先王の実の息子で王弟。母親もこの国の王族の血を引く。血筋だけなら今のアケロニア王国で一番だ。
 しかしカズン自身に力があるかといえば、魔力も少ないし、大したものはないのである。

 “無個性の王弟”が、カズンを揶揄するときの貴族社会での隠語となっていた。

(わかってる。僕はモブ。きっとこの世界の主役はヨシュアだ。もしかしたらユーグレンやライルかも。いや、お父様の可能性だってある……)

 だが、わかってはいてもそれで腑に落ちるかどうかは、また別の話なわけで。

(異世界転生したら、チートスキルを獲得して無双の活躍ができる。そう期待していた頃が僕にもあったのだ)

「……すまん。少し頭を冷やしてくる」
「カズン様!」

 慌ててカズンを追いかけようとするヨシュアだったが、その前に不届き者たちに一言言ってやらねば気が済まなかった。
 勢いよく教室の引き戸を開けて中に入る。



「んでも委員長のお陰でこのクラスは他の貴族から変に絡まれることも少ないしな。なんだかんだで委員長、面倒見いいし」
「それな! 七光り様、万々歳だー!」

「………………」

 どうやら自分たちは、彼らの会話の一部分だけを聞いたため、変な誤解をしてしまったようだ。

「あれ、どうしたのヨシュア君。そんなとこで突っ立って」
「………………」

 さて、ここはどう対応するのが正解か。
 とりあえず、ストレートに指摘してみることにした。

「君たち。普段あれだけカズン様に世話になってるのに、随分なことを言うじゃないか」
「え? どういうこと?」
「……君たちのさっきの会話をカズン様に聞かれてしまったよ」
「へ? 会話?」

 机に座って駄弁っていた男子生徒たちが不思議そうな顔になる。

「『先王陛下の七光りでパッとしない』んだって?」
「あっ、そ、それは!」
「ち、違うって、そんな、悪口とかじゃなくてさ!」
「それを判断するのはご本人だろうね。……はあ、仕方ない。後でちゃんとカズン様に謝って誤解を解くんだよ?」

 全力で頷くクラスメイトたち。
 その様子を確認してから、「約束だからね」と念を押して、ヨシュアは教室を後にした。
 カズンはどこへ行っただろうか。



 教室を出たヨシュアはカズンを探しに出たが、なかなか見つからない。
 まだ彼が離宮にいた頃は、落ち込んだとき隠れる場所といえば自室のベッドの陰や中庭のあずまやの椅子の陰だった。
 が、学園内となると候補が多すぎて検討がつかない。

「ヨシュア? どうしたんだ、そんなに慌てて」

 ちょうど一階の職員室から3年のフロアに上がる階段で、ユーグレンとその護衛の生徒と出くわした。
 彼はカズンと同じ黒髪黒目だ。一瞬だけカズンと見間違えて残念な気分になったのは内緒である。
 簡単に事情を話すと、考える素振りを見せてユーグレンは、

「少し、話をしようか」

 と生徒会室へ促してきた。

 護衛の生徒には生徒会室の外で待機するよう命じ、自分は給湯室でティーバッグと湯を注いだ紙コップを二つ持ってきて、片方をヨシュアに差し出す。
 学園では学長室での来客用以外はすべてリーズナブルな紙コップ使用だ。王族で王子のユーグレンも例外ではない。

 詳しい事情を聞いて、ユーグレンは年下の大叔父カズンとよく似た顔で苦笑した。

「なるほどな、カズンをヴァシレウス様の七光り頼りと呼ぶか。それを言うなら私なぞ、“ヴァシレウス大王の劣化版王子”だぞ」
「殿下、そのようなこと……」

 さすがに不敬にも程がある。
 口さがないものはどこにでもいる。カズンもユーグレンも、先王ヴァシレウスが偉大すぎて小粒に見えてしまうのは仕方のないことだった。

 ヴァシレウスは“大王”の称号持ちであるが、何せ本人が百歳近い長寿者だ。
 百年も生きていれば業績は年数ごとに積み上がり続ける。たかだか17、8年生きたぐらいのユーグレンたち若人が敵うはずもない。

「話を聞く限り、クラスメイトたちとの誤解も解けよう。どうする、私も一緒にカズンを探そうか」
「……いえ。教室にはカズン様も鞄を残してますし、しばらくすれば戻って来られると思うので大丈夫です」
「そうか。なら、茶を飲む間くらい付き合ってくれるかな。ヨシュア」

 それから何とはなしに、あれこれと二人で話をした。



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