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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中

異世界からの来訪者

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「やあ、紅鮭はもう捌いた後ですか?」
「ぷぅ(われ、参上ー)」

 ウルトラマリンの軍服姿の鮭の人と、彼の胸ポケットにインした神人ピアディがやってきた。
 鮭の人は小型のバケツを持っている。

「叔父様のところに寄ったら、ゲンジさんがはまぐりを持たせてくれました。吸い物にでもしましょう、楽しみですね」

 バケツの中に大振りのはまぐりが詰まっている。

「砂抜き済みですって」
「さすがゲンジのオヤジさんだ!」

 というわけで、ランチは炊き立てご飯に紅鮭のたたきを山葵と醤油で。別添えのイクラはお好みでオンだ。
 小振りの丼に盛り付けた上からカズンが黒い紙のようなものを取り出して、調理ハサミで細切りにして散らした。――海苔だ。最近は海のあるカーナ神国でも海藻から少しずつ生産され、流通が始まっている。

「この醤油を使うと、生魚が美味しいよね。山葵も慣れるとなかなか」

 炊き立てのご飯に、程よい脂と旨みの凝縮された新鮮な紅鮭のたたき、醤油の風味抜群のイクラ、そして生山葵。
 食べ応えもあり、味も格別良い。昼からこんな贅沢な食事でいいのだろうかと思ってしまうほど。

「ゲンジのオヤジさんが生魚を使った料理屋を新しくプロデュースしたいそうでな。どうだトオン、アイシャ。この国でも鮭イクラ丼は流行りそうか?」
「俺は食べられるなら基本、何でもいいかな。アイシャは?」
「サルモーネみたいな高級店寄りのお店の中で食べるならいいかも。でも外の屋台だと、生のお魚は少し厳しいかもしれないわ。少しだけでも焼いたり炙ったりしないと」
「そうか……」

 こういう生魚を使った料理は、違う料理ジャンルとして確立させる必要がありそうだ。

 残念ながら、生の紅鮭のたたきとイクラの醤油漬けは、タコス文化のこの国のソウルフード、タコスやブリトーには合わなかった。
 やるなら、やはり鮭は軽くでも炙って火を通し、イクラもほんの少し彩りに使う程度だろう。

 ちなみに焼いた鮭にトマトの辛いサルサと香菜をのせたタコスなどは意外と人気である。
 鮭を燻製にしたスモークサーモンはアボカドと合わせてブリトーにすると絶品。要は組み合わせ次第ということだ。



「オヤジさんのお力で、和食の材料に困ることがなくなった。もうあの人に足を向けて寝られんな」
「そういえば、ゲンジさんがこの国に来てから前にカズンが食べさせてくれた珍しい料理の材料、お店でも買えるようになってきたわね」

 例えば、米から作るライスワインや、餅米から作るみりん、大豆の発酵食品の味噌などだ。
 味噌と同じ原料の醤油などは、意外にも円環大陸で世界的に流通しているのでこの国でも普通に買える。

 元々の旧カーナ王国時代からタコス文化の国なので、ソース類が発達していた。小さな屋台でもサルサソースは最低でも五種類はある。
 最近ではそこに料理人ゲンジを擁するリースト家主導で味噌や醤油を使う料理や汁物も知られるようになってきている。
 実際、味噌汁などは風味がよく、この国で流通している野菜や肉ともよく合うので徐々に庶民にも浸透し始めていた。

「確かカズンとゲンジさんは同じ異世界にルーツがあるんだって?」
「そうそう。僕は転生者で、オヤジさんは転移者だな」

 そういえば、異世界の話題はあまり詳しくは聞いていなかった。
 ちょうど良いと言って、鮭イクラ丼ランチを堪能しながらカズンが簡単に話してくれた。

「どうやらこの宇宙には、円環大陸のあるこの世界以外にも様々な世界があるようでな。僕やゲンジさんは同じ世界の、同じ国から来たんだ」

 カズンは生まれ変わって。料理人のゲンジは生きたまま次元を越えて、ここ円環大陸の世界にやってきたのだという。

「異世界からの来訪者かあ。本で読んで知ってはいたんだ。でも本当にいたなんてね」
「数は少ないが、珍しいというほど希少でもないらしい。ちなみに次元を超える理由はよくわからないそうだ」

 ただ、とカズンは最近ようやくアイシャやトオンが見慣れてきた黒縁眼鏡のブリッジを中指ですっと押し上げた。レンズが光を反射する。

「異世界からの来訪者は、特殊な知識や能力を持っていることが多い。僕は異世界の……日本という国で食べていた食事の知識。ゲンジさんもプロの調理師としてあれだけ美味の数々を広めてくれている。あとは……」

 眼鏡の奥の黒い瞳が、何かを思い出すように斜め上を見た。

「他に僕が知ってる異世界転生者は、故郷の友人が二人だな。一人は後輩の妹で魔導具師なんだ。もう一人は親友で、剣聖の資格持ち剣士だ。食の好みもよく似てて」
「あっ。剣聖って、ルシウスさんを恋愛沙汰に巻き込んだっていう!?」

 そのキーワードで思い出すのは、あのルシウスを『恋人を取られた』と勘違いして急襲し、がっくり疲れさせた青年の話だ。
 後日、元恋人の家族から迷惑料として生チーズをはじめとした美味しい乳製品がたくさん送られてきたものだった。

「恋愛沙汰? 何の話だ?」

 親の仇を追って旅に出ていたカズンは知らなかったようだ。見ると、鮭の人もよくわからないという顔をしている。

「そっか、そういえばあのとき一緒にいたのはユーグレンさんだけか。実はね……」



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