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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中

6.鮭イクラでお昼ごはん

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 その日、トオンの古書店の厨房では、朝食後からずっとカズンとアイシャがこもりきりだった。

 何をやってるんだ? とトオンとユーグレンが食堂から厨房を覗くと、何だか中が血生臭い。

「ルシウスさんのところから、生の紅鮭の差し入れを貰ったんですって」
「なるほど」

 朝食を終えた頃、カズンのリンク宛に鮭の人から魔法樹脂に封入された生の紅鮭が送られてきた。
 彼の故郷アケロニア王国、リースト侯爵領産の鮭だ。ここカーナ神国の首都に開いたレストラン・サルモーネで扱う食材のうち、比較的小型で調理しやすいものを分けてくれたのだ。

 カズンはカーナ姫から賜った魚切り包丁(聖剣)片手に浮き浮きしながら鮭を捌いている。
 川で漁獲した後、活き締めして即封入された鮭だ。今にも動き出しそうなほど新鮮である。

 腹から捌いていくと、紅鮭の名前の由来にもなっている鮮やかな紅色の身と、そして。

「出た! 鮭の魚卵! 筋子だ!」
「わあー。きれいなガーネット色。ユキノ君のお目々みたい!」

 細い血管の走る膜に包まれた魚卵を掲げるカズンは、宝物を得た英雄の如くだ。
 すかさずアイシャは事前の打ち合わせ通り、ボウルに張っていた水に魔力を作用させて湯を作る。温度は五十度前後、手を入れると「熱ッ」となるぐらい。

 ボウルは二個。横にびろーんと長細い筋子を中央で慎重にちぎり、半分ずつボウルの中の湯に突っ込んだ。

「さあ行くぞ、アイシャ。優しく丁寧に膜から魚卵を外していくのだ!」
「了解です!」



「魚卵か……。私はちょっとな。あの感触が苦手で。それに食べて本当に大丈夫なのか不安でなあ」

 料理のアクセントに少量使われるなら良いのだが、メインで食べたいかと言われると少し悩む。

 一般的にこの世界では、魚卵は廃棄がほとんどだ。ごく一部だけキャビアのように塩漬けにして料理の飾りにする程度で。
 あるいは丸ごと煮魚や焼き魚にできる、ごく小さな粒の魚卵ぐらいだ。
 なぜかといえば、魚卵には寄生虫や毒を持つことが多いためという衛生上の観点からである。

 だが辟易とするユーグレンに、カズンはボウルの中の筋子をほぐしながら振り向いた。

「ここにおわすはどなたと心得る? 清浄魔法クリーン上級スキル持ちの聖女アイシャ様ぞ?」
「ふふ。任せて。任せて! この聖女アイシャにお任せあれ! お任せあれー!」
「捌く前に清浄魔法クリーンしていただいているのだ!」
「もうバッチリです!」

 魚卵推しのカズンと、そんなカズンに持ち上げられたアイシャ。二人はユーグレンがドン引きするほどテンション上げ上げだった。

「この二人、生鮭が届いた午前中からずっとこの調子。楽しそうだよね」

 飯マズのトオンには入れない絆が、あの二人の間にはある。



 さあ、鮭の魚卵筋子をイクラにする作業の始まりだ。

 熱めの湯の中で丁寧に解して、膜や血管などを除去する。
 その後、水で軽く洗って細かいゴミを流してからザルで水切り。
 お湯洗いと水洗いで魚卵の表面が白く濁ってしまったが、そのまま煮沸消毒した瓶の中に詰めた。

「出汁を加えてもよいのだが、ここはシンプルに醤油で味付けしよう」

 景気良く、どばどばと醤油を注ぎ込んだ。
 すると白く濁っていた魚卵は、醤油色を帯びた本来の明るい赤色に戻っていった。これがイクラの醤油漬けである。

 お次は魚卵を取り出した後の紅鮭本体だ。以前は鮭の扱いに慣れたルシウスがいたので、アイシャは詳しい捌き方をまだ知らなかった。良い機会なのでカズンから習っておくことにしたのだ。

「すごい。身もきれいな紅色。美味しそう」
「こいつは塩を濃いめにきかせて焼き鮭にすると美味いんだ。今日食べる分以外は軽く干しておこう」

 今日の昼に食べる分は、骨周りの身を丁寧にスプーンでこそげ取ったものをたたきにして。
 生のままでも良いし、少しだけ表面を炙ったものも風味や感触が変わって美味い。

「米もそろそろ炊ける。準備は万端。さて汁物は何にするか」



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