上 下
258 / 296
第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中

クシマ公爵夫人マチルダ

しおりを挟む
 クシマ公爵夫人マチルダは旧カーナ王国の王侯貴族の中では、聖女アイシャに次ぐ要人と言える。

 ただし、アイシャもトオンも、元宰相を含む共和制実現会議のメンバーたちも、そして真実を国民に伝えることに熱意を持つ新聞社すらも彼女に関しては口をつぐんでいた。

 なぜか? まず、彼女が騎士団長として知られていたことと、女性ながら強く、国民人気の高い人物だったことが大きい。

 ただ彼女は王侯貴族の間では、死んだアルター国王の愛人、公妾扱いの女性として知られている。
 そして、あのアイシャを虐げたクーツ王太子とドロテア公爵令嬢の実の母親である。
 本来なら真っ先に新聞で槍玉に挙げられそうな人物のはずだったのだが。

「……マチルダ様はね、騎士団長である前に元々、私の前の聖女候補で国王の婚約者だった方なんだけど……」
「僅かだけど聖なる魔力を持ってたんだって。でも」
「聖女として犠牲にしたくなかったアルターに婚約破棄された後、女騎士として騎士団幹部の道を選んだからクシマ公爵家の令息と結婚することになったのね」

 元々旧カーナ王国では騎士も兵士も女性に開かれた職業の一つだ。

 ところがだ。アルター国王は彼女を諦めきれず、公爵家の嫁になるはずだったマチルダに夜這いを仕掛け、貞操を奪った。
 結果、たった一夜で身ごもり生まれたのがあのクーツ王太子である。

「王家とクシマ公爵家の間で利権の融通があって、マチルダ様はそのままアルター国王の公妾になったの。でも本人はその立場を嫌がって、最初の希望通り騎士団に所属したわ。でもまたすぐにご懐妊……」

 次に国王との間に生まれたのが、クーツと一緒になってアイシャを虐げたクシマ公爵令嬢ドロテアである。

「ドロテアが生まれた後は、もう国王とも一切没交渉ね。軍事演習や国家行事で顔を合わせれば嫌々挨拶はするけど、そのぐらい」
「自分の子供のクーツ王太子や令嬢のドロテアには関わっていなかったみたいなんだ」

 この辺りは、クーツに扮してごく短期間だけ国王を演じたトオンもアイシャや元宰相から聞いて知っていた。

「婚約者時代には恋愛関係だったみたいだけど、公爵家に嫁ぐ直前に襲われた時点で愛想が尽きてたみたい。クーツは王家に、ドロテアは嫁ぎ先の公爵家に任せて放置だったと聞いてるわ」

 ほぼ騎士団の宿舎で寝起きして、王城にも婚家のはずのクシマ公爵家にもほとんど赴くことはなかったという。

「一般にはクシマ公爵家の家名は出さないで、名前だけでマチルダ騎士団長って名乗ってた方なの。でも『聖女投稿事件』の余波で彼女がクーツとドロテアの母親だと漏れてしまったようで……」
魔物の大侵攻スタンピードがひと段落ついた後も魔物の残党を討伐してたから新聞の聖女投稿を知るのが遅れたみたいなんだ。本人は王都に速攻帰還するつもりだったみたいだけど、危ないから話し合って、アイシャと元宰相で特別任務を出して国外に退避してもらってたんだ」

 これにはユーグレンもカズンも、初めて聞いたというルシウスも呆気に取られていた。

 神人ジューアやカーナ姫、ピアディも何ともいえない複雑そうな顔になっている。

「何という泥沼……」
「私が新しい聖女として王都に連れて来られた頃には、もう騎士団長になられてたわ。国王もマチルダ様を諦めてはいなかったみたいだけど、新しい愛人を何人も作ってた。亡くなったまだ幼かった王女や王子は愛人との間の子供ね」



 恐る恐る、カズンは気分を落ち着かせるように黒縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、皆を代表して訊ねた。

「その、アイシャと騎士団長は?」
「カーナ王国の聖女と国軍は一心同体。悪いわけがないわ。それに私に戦闘技術の基本を教えてくれたのはマチルダ様なの。ある意味、お師匠様と言えるわね」

 ただ、長く騎士団中心に活動していた人物のため、アイシャが王宮でクーツやドロテアに虐げられていたことは知らなかったという。

 新聞記事の聖女投稿を読んだマチルダからは、その後、国外からも何通も謝罪の手紙を受け取っている。
 彼女自身はアイシャへの虐待に何も関わっていないというのに。

「元王妃候補だけあって、優秀な方ですよ。ただ国外退避するだけでなく、聖女虐待の事件裏に他国のスパイの存在を疑って、独自で調査を進めてたようです」
「私の持ち物だったアミュレットを奪って売り払うのに、他国のスパイが関与してたことがわかってるの。そのルートを洗ってくれてたんですって」

 ちなみにこの騎士団長マチルダは、騎士ランクSSの魔法剣士だという。
 僅かとはいえ聖なる魔力持ちだった彼女は訓練で魔力を伸ばし、女騎士として鍛錬を積んで騎士団長にまで登り詰めた。この事実だけで実力者なのは間違いない。

「もうカーナ王国はカーナ神国になったことだし。ピアディちゃんと聖女の私の連名で帰還命令を出しましょう」
「うん。今ならマチルダ様の事情を国民に説明しても良い頃合いだよね」
「ぷぅ(われも、われもお手紙かくのだー)」




しおりを挟む
感想 1,045

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。