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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中
クシマ公爵夫人マチルダ
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クシマ公爵夫人マチルダは旧カーナ王国の王侯貴族の中では、聖女アイシャに次ぐ要人と言える。
ただし、アイシャもトオンも、元宰相を含む共和制実現会議のメンバーたちも、そして真実を国民に伝えることに熱意を持つ新聞社すらも彼女に関しては口をつぐんでいた。
なぜか? まず、彼女が騎士団長として知られていたことと、女性ながら強く、国民人気の高い人物だったことが大きい。
ただ彼女は王侯貴族の間では、死んだアルター国王の愛人、公妾扱いの女性として知られている。
そして、あのアイシャを虐げたクーツ王太子とドロテア公爵令嬢の実の母親である。
本来なら真っ先に新聞で槍玉に挙げられそうな人物のはずだったのだが。
「……マチルダ様はね、騎士団長である前に元々、私の前の聖女候補で国王の婚約者だった方なんだけど……」
「僅かだけど聖なる魔力を持ってたんだって。でも」
「聖女として犠牲にしたくなかったアルターに婚約破棄された後、女騎士として騎士団幹部の道を選んだからクシマ公爵家の令息と結婚することになったのね」
元々旧カーナ王国では騎士も兵士も女性に開かれた職業の一つだ。
ところがだ。アルター国王は彼女を諦めきれず、公爵家の嫁になるはずだったマチルダに夜這いを仕掛け、貞操を奪った。
結果、たった一夜で身ごもり生まれたのがあのクーツ王太子である。
「王家とクシマ公爵家の間で利権の融通があって、マチルダ様はそのままアルター国王の公妾になったの。でも本人はその立場を嫌がって、最初の希望通り騎士団に所属したわ。でもまたすぐにご懐妊……」
次に国王との間に生まれたのが、クーツと一緒になってアイシャを虐げたクシマ公爵令嬢ドロテアである。
「ドロテアが生まれた後は、もう国王とも一切没交渉ね。軍事演習や国家行事で顔を合わせれば嫌々挨拶はするけど、そのぐらい」
「自分の子供のクーツ王太子や令嬢のドロテアには関わっていなかったみたいなんだ」
この辺りは、クーツに扮してごく短期間だけ国王を演じたトオンもアイシャや元宰相から聞いて知っていた。
「婚約者時代には恋愛関係だったみたいだけど、公爵家に嫁ぐ直前に襲われた時点で愛想が尽きてたみたい。クーツは王家に、ドロテアは嫁ぎ先の公爵家に任せて放置だったと聞いてるわ」
ほぼ騎士団の宿舎で寝起きして、王城にも婚家のはずのクシマ公爵家にもほとんど赴くことはなかったという。
「一般にはクシマ公爵家の家名は出さないで、名前だけでマチルダ騎士団長って名乗ってた方なの。でも『聖女投稿事件』の余波で彼女がクーツとドロテアの母親だと漏れてしまったようで……」
「魔物の大侵攻がひと段落ついた後も魔物の残党を討伐してたから新聞の聖女投稿を知るのが遅れたみたいなんだ。本人は王都に速攻帰還するつもりだったみたいだけど、危ないから話し合って、アイシャと元宰相で特別任務を出して国外に退避してもらってたんだ」
これにはユーグレンもカズンも、初めて聞いたというルシウスも呆気に取られていた。
神人ジューアやカーナ姫、ピアディも何ともいえない複雑そうな顔になっている。
「何という泥沼……」
「私が新しい聖女として王都に連れて来られた頃には、もう騎士団長になられてたわ。国王もマチルダ様を諦めてはいなかったみたいだけど、新しい愛人を何人も作ってた。亡くなったまだ幼かった王女や王子は愛人との間の子供ね」
恐る恐る、カズンは気分を落ち着かせるように黒縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、皆を代表して訊ねた。
「その、アイシャと騎士団長は?」
「カーナ王国の聖女と国軍は一心同体。悪いわけがないわ。それに私に戦闘技術の基本を教えてくれたのはマチルダ様なの。ある意味、お師匠様と言えるわね」
ただ、長く騎士団中心に活動していた人物のため、アイシャが王宮でクーツやドロテアに虐げられていたことは知らなかったという。
新聞記事の聖女投稿を読んだマチルダからは、その後、国外からも何通も謝罪の手紙を受け取っている。
彼女自身はアイシャへの虐待に何も関わっていないというのに。
「元王妃候補だけあって、優秀な方ですよ。ただ国外退避するだけでなく、聖女虐待の事件裏に他国のスパイの存在を疑って、独自で調査を進めてたようです」
「私の持ち物だったアミュレットを奪って売り払うのに、他国のスパイが関与してたことがわかってるの。そのルートを洗ってくれてたんですって」
ちなみにこの騎士団長マチルダは、騎士ランクSSの魔法剣士だという。
僅かとはいえ聖なる魔力持ちだった彼女は訓練で魔力を伸ばし、女騎士として鍛錬を積んで騎士団長にまで登り詰めた。この事実だけで実力者なのは間違いない。
「もうカーナ王国はカーナ神国になったことだし。ピアディちゃんと聖女の私の連名で帰還命令を出しましょう」
「うん。今ならマチルダ様の事情を国民に説明しても良い頃合いだよね」
「ぷぅ(われも、われもお手紙かくのだー)」
ただし、アイシャもトオンも、元宰相を含む共和制実現会議のメンバーたちも、そして真実を国民に伝えることに熱意を持つ新聞社すらも彼女に関しては口をつぐんでいた。
なぜか? まず、彼女が騎士団長として知られていたことと、女性ながら強く、国民人気の高い人物だったことが大きい。
ただ彼女は王侯貴族の間では、死んだアルター国王の愛人、公妾扱いの女性として知られている。
そして、あのアイシャを虐げたクーツ王太子とドロテア公爵令嬢の実の母親である。
本来なら真っ先に新聞で槍玉に挙げられそうな人物のはずだったのだが。
「……マチルダ様はね、騎士団長である前に元々、私の前の聖女候補で国王の婚約者だった方なんだけど……」
「僅かだけど聖なる魔力を持ってたんだって。でも」
「聖女として犠牲にしたくなかったアルターに婚約破棄された後、女騎士として騎士団幹部の道を選んだからクシマ公爵家の令息と結婚することになったのね」
元々旧カーナ王国では騎士も兵士も女性に開かれた職業の一つだ。
ところがだ。アルター国王は彼女を諦めきれず、公爵家の嫁になるはずだったマチルダに夜這いを仕掛け、貞操を奪った。
結果、たった一夜で身ごもり生まれたのがあのクーツ王太子である。
「王家とクシマ公爵家の間で利権の融通があって、マチルダ様はそのままアルター国王の公妾になったの。でも本人はその立場を嫌がって、最初の希望通り騎士団に所属したわ。でもまたすぐにご懐妊……」
次に国王との間に生まれたのが、クーツと一緒になってアイシャを虐げたクシマ公爵令嬢ドロテアである。
「ドロテアが生まれた後は、もう国王とも一切没交渉ね。軍事演習や国家行事で顔を合わせれば嫌々挨拶はするけど、そのぐらい」
「自分の子供のクーツ王太子や令嬢のドロテアには関わっていなかったみたいなんだ」
この辺りは、クーツに扮してごく短期間だけ国王を演じたトオンもアイシャや元宰相から聞いて知っていた。
「婚約者時代には恋愛関係だったみたいだけど、公爵家に嫁ぐ直前に襲われた時点で愛想が尽きてたみたい。クーツは王家に、ドロテアは嫁ぎ先の公爵家に任せて放置だったと聞いてるわ」
ほぼ騎士団の宿舎で寝起きして、王城にも婚家のはずのクシマ公爵家にもほとんど赴くことはなかったという。
「一般にはクシマ公爵家の家名は出さないで、名前だけでマチルダ騎士団長って名乗ってた方なの。でも『聖女投稿事件』の余波で彼女がクーツとドロテアの母親だと漏れてしまったようで……」
「魔物の大侵攻がひと段落ついた後も魔物の残党を討伐してたから新聞の聖女投稿を知るのが遅れたみたいなんだ。本人は王都に速攻帰還するつもりだったみたいだけど、危ないから話し合って、アイシャと元宰相で特別任務を出して国外に退避してもらってたんだ」
これにはユーグレンもカズンも、初めて聞いたというルシウスも呆気に取られていた。
神人ジューアやカーナ姫、ピアディも何ともいえない複雑そうな顔になっている。
「何という泥沼……」
「私が新しい聖女として王都に連れて来られた頃には、もう騎士団長になられてたわ。国王もマチルダ様を諦めてはいなかったみたいだけど、新しい愛人を何人も作ってた。亡くなったまだ幼かった王女や王子は愛人との間の子供ね」
恐る恐る、カズンは気分を落ち着かせるように黒縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、皆を代表して訊ねた。
「その、アイシャと騎士団長は?」
「カーナ王国の聖女と国軍は一心同体。悪いわけがないわ。それに私に戦闘技術の基本を教えてくれたのはマチルダ様なの。ある意味、お師匠様と言えるわね」
ただ、長く騎士団中心に活動していた人物のため、アイシャが王宮でクーツやドロテアに虐げられていたことは知らなかったという。
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彼女自身はアイシャへの虐待に何も関わっていないというのに。
「元王妃候補だけあって、優秀な方ですよ。ただ国外退避するだけでなく、聖女虐待の事件裏に他国のスパイの存在を疑って、独自で調査を進めてたようです」
「私の持ち物だったアミュレットを奪って売り払うのに、他国のスパイが関与してたことがわかってるの。そのルートを洗ってくれてたんですって」
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僅かとはいえ聖なる魔力持ちだった彼女は訓練で魔力を伸ばし、女騎士として鍛錬を積んで騎士団長にまで登り詰めた。この事実だけで実力者なのは間違いない。
「もうカーナ王国はカーナ神国になったことだし。ピアディちゃんと聖女の私の連名で帰還命令を出しましょう」
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