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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中
2.トオンの飯マズ対策
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カーナ神国の首都、南地区の外れにある古書店の店主、トオンの朝は早い。
いつどの季節でも、陽が昇る頃には起床する。
身だしなみを整えて寝台もさっと整えてから、その日入荷する古書の目録や、作業リストを確認するのが彼のルーチンだ。
新聞の配達人とは必ず挨拶して、手渡しで受け取る。
そのとき、必ず配達人にニヤッと笑いかけられるのは、トオンがあの『聖女投稿』の立役者だと知られているからだろう。
新聞はすぐには読まない。
食堂のテーブルに置いて、まず厨房でお湯を沸かす。
その間に棚からコーヒー豆とコーヒーミルを取り出して、コーヒースプーンで数杯分の豆をミルへ。
今日は朝から友人たちが訪れる予定だ。そろそろ皆、集まってくるだろう。彼らの分も多めに挽くのだ。
ガリゴリと中細挽きにコーヒー豆を挽いていく。
豆はいつも焙煎したてをその週に飲む分だけ、地元の専門店で購入している。食料品店で粉を買うより割高だが、ここは譲れない贅沢だ。
ミルのハンドルをひと回しするごとに香る、コーヒーの香ばしさ。
お店であらかじめ粉に挽いてもらうこともできるが、この楽しみのために豆で買っていると言っても過言ではない
「おはよう、トオン。お、いい匂いだ。僕にも一杯くれるか?」
「私にも」
二階の宿屋の部屋から、先日久方振りに客となった魔術師カズンと、ユーグレンが一緒に降りてきた。
どちらも黒髪黒目の端正な顔立ちの男前で、親戚というだけあって兄弟にも見える二人だ。ただしユーグレンのほうが一回り身体が大きくて、カズンが少し悔しがっているのを親しい者たちは知っている。
トオンは微笑んで、マグカップに入れたコーヒーを差し出した。
「おはよう。ちょうど淹れたてだよ、どうぞ」
「トオン君さあ。わざわざ豆からこだわりのコーヒー挽くような如何にも『意識高い系ムーブ』かまして、最後の最後にそのオチって何なの?」
ルシウス邸から朝食用の食事パイを届けてくれた秘書ユキレラが、呆れたように言った。
ルシウスそっくりのちょいワル系イケオジもドン引きなぐらい、トオンの淹れたコーヒーは凄まじかった。
「これは、何という……」
「相変わらずのクソマズ……」
吐き出しそうになるのを必死に堪えて、何とか一口目を飲み下したユーグレンとカズン。
だが、その顔は青ざめて今にも倒れそうだった。
「あはははは、なにこれ! 何ですかこれは、すごい! 不味い! こんなに不味いものがこの世にあるなんて!」
一人だけ大受けしている者がいる。
ユキレラと一緒に来ていた怖いもの知らずの鮭の人ヨシュアだ。爆笑してはまた一口啜り、を繰り返している。
どうやら本人、なかなかのゲテモノ好きのようだ。
「お店で飲むとあんなに美味しいコーヒーなのに。砂糖やスパイスを入れても、もう全然駄目なのよね」
一口でもう断念して、後から食堂にやってきていたアイシャはそっとコーヒーの入ったカップを自分から遠ざけ、顔を背けた。
先日ダンジョンで喰らった飯マズ被害の苦痛がフラッシュバックしそうだった。
「いやはや、話には聞いていたけど。こりゃすごい代物だ」
本日最後のゲストは、ルシウス邸の料理番、料理人のゲンジである。
一口だけ飲んで、衝撃を受けたように固まるも、すぐ飲み込んで溜め息を吐いている。
トオンの作ったブリトーがアイシャどころか、一部をこっそり拾い食いした神人ピアディまで撃沈させたあのダンジョン内事件の後。
「まさかそこまで強烈だったなんて……」
些細な悪戯が大惨事になりかけて、トオンがものすごく自分を責める方向に落ち込んだ。
そんなトオンを見かねたアイシャが、飯ウマ持ちのカズンに「何とかならないか」と相談したところ。
「ならば僕以外の飯ウマ持ちにも協力をお願いしよう」
とルシウスとゲンジに声をかけて、本格的にトオンの飯マズ改善に乗り出すことになったのだ。
むしろなぜ今までやらなかったという話だが。
まずは、トオン本人の飯マズ体験をというわけで二人を朝食に招いたわけだ。
「ルシウス様は二度とトオン君のメシは御免だそーです」
そのルシウスは旧カーナ王国時、最初にトオンの古書店にやってきた日にトオンの作る飯マズ料理の洗礼を受けて撃沈したことがある。
逃げた主人の代わりに、手土産の食事パイを持たされてやってきたのが秘書ユキレラだ。
ついでにいえば、トオンの食事はアイシャもカズンも毅然として拒否した。
ならばと、お手軽に飯マズ体験できるドリップコーヒーを用意した。――というのがここまでの経緯である。
いつどの季節でも、陽が昇る頃には起床する。
身だしなみを整えて寝台もさっと整えてから、その日入荷する古書の目録や、作業リストを確認するのが彼のルーチンだ。
新聞の配達人とは必ず挨拶して、手渡しで受け取る。
そのとき、必ず配達人にニヤッと笑いかけられるのは、トオンがあの『聖女投稿』の立役者だと知られているからだろう。
新聞はすぐには読まない。
食堂のテーブルに置いて、まず厨房でお湯を沸かす。
その間に棚からコーヒー豆とコーヒーミルを取り出して、コーヒースプーンで数杯分の豆をミルへ。
今日は朝から友人たちが訪れる予定だ。そろそろ皆、集まってくるだろう。彼らの分も多めに挽くのだ。
ガリゴリと中細挽きにコーヒー豆を挽いていく。
豆はいつも焙煎したてをその週に飲む分だけ、地元の専門店で購入している。食料品店で粉を買うより割高だが、ここは譲れない贅沢だ。
ミルのハンドルをひと回しするごとに香る、コーヒーの香ばしさ。
お店であらかじめ粉に挽いてもらうこともできるが、この楽しみのために豆で買っていると言っても過言ではない
「おはよう、トオン。お、いい匂いだ。僕にも一杯くれるか?」
「私にも」
二階の宿屋の部屋から、先日久方振りに客となった魔術師カズンと、ユーグレンが一緒に降りてきた。
どちらも黒髪黒目の端正な顔立ちの男前で、親戚というだけあって兄弟にも見える二人だ。ただしユーグレンのほうが一回り身体が大きくて、カズンが少し悔しがっているのを親しい者たちは知っている。
トオンは微笑んで、マグカップに入れたコーヒーを差し出した。
「おはよう。ちょうど淹れたてだよ、どうぞ」
「トオン君さあ。わざわざ豆からこだわりのコーヒー挽くような如何にも『意識高い系ムーブ』かまして、最後の最後にそのオチって何なの?」
ルシウス邸から朝食用の食事パイを届けてくれた秘書ユキレラが、呆れたように言った。
ルシウスそっくりのちょいワル系イケオジもドン引きなぐらい、トオンの淹れたコーヒーは凄まじかった。
「これは、何という……」
「相変わらずのクソマズ……」
吐き出しそうになるのを必死に堪えて、何とか一口目を飲み下したユーグレンとカズン。
だが、その顔は青ざめて今にも倒れそうだった。
「あはははは、なにこれ! 何ですかこれは、すごい! 不味い! こんなに不味いものがこの世にあるなんて!」
一人だけ大受けしている者がいる。
ユキレラと一緒に来ていた怖いもの知らずの鮭の人ヨシュアだ。爆笑してはまた一口啜り、を繰り返している。
どうやら本人、なかなかのゲテモノ好きのようだ。
「お店で飲むとあんなに美味しいコーヒーなのに。砂糖やスパイスを入れても、もう全然駄目なのよね」
一口でもう断念して、後から食堂にやってきていたアイシャはそっとコーヒーの入ったカップを自分から遠ざけ、顔を背けた。
先日ダンジョンで喰らった飯マズ被害の苦痛がフラッシュバックしそうだった。
「いやはや、話には聞いていたけど。こりゃすごい代物だ」
本日最後のゲストは、ルシウス邸の料理番、料理人のゲンジである。
一口だけ飲んで、衝撃を受けたように固まるも、すぐ飲み込んで溜め息を吐いている。
トオンの作ったブリトーがアイシャどころか、一部をこっそり拾い食いした神人ピアディまで撃沈させたあのダンジョン内事件の後。
「まさかそこまで強烈だったなんて……」
些細な悪戯が大惨事になりかけて、トオンがものすごく自分を責める方向に落ち込んだ。
そんなトオンを見かねたアイシャが、飯ウマ持ちのカズンに「何とかならないか」と相談したところ。
「ならば僕以外の飯ウマ持ちにも協力をお願いしよう」
とルシウスとゲンジに声をかけて、本格的にトオンの飯マズ改善に乗り出すことになったのだ。
むしろなぜ今までやらなかったという話だが。
まずは、トオン本人の飯マズ体験をというわけで二人を朝食に招いたわけだ。
「ルシウス様は二度とトオン君のメシは御免だそーです」
そのルシウスは旧カーナ王国時、最初にトオンの古書店にやってきた日にトオンの作る飯マズ料理の洗礼を受けて撃沈したことがある。
逃げた主人の代わりに、手土産の食事パイを持たされてやってきたのが秘書ユキレラだ。
ついでにいえば、トオンの食事はアイシャもカズンも毅然として拒否した。
ならばと、お手軽に飯マズ体験できるドリップコーヒーを用意した。――というのがここまでの経緯である。
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