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第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン
エピローグ2 雛竜裁判
しおりを挟むアイシャがトオンやユーグレン、カズンを連れて打ち合わせのためルシウス邸を訪れると、何やら庭で作業着姿の秘書ユキレラがDIYをやっていた。
傍らにはラフなシャツとスラックス姿の、ユキレラより数歳ほど年下と思しき、銀髪で銀縁眼鏡の青年がいる。
談笑しながらあれこれユキレラのDIYに突っ込みを入れているようだ。
随分と大柄な男性である。誰なのかなとアイシャが思うのとほぼ同時に彼から声をかけてきた。
「ルシウス様の同級生なんです。聖女様、正式なご挨拶はまた後日」
ユーグレンやカズンが頷いている。二人は彼を知っているようだ。ということはアケロニア王国からの人物か。
ユキレラはどうやら手製のブランコを作っているらしい。
サイズ感からすると大人でも遊べるほど、しっかりした造りに仕上がりそうに見える。
業者に頼まないのかとアイシャたちが首を傾げていると、同じことを当初ユキレラも考えていたそうなのだが「それくらいリースト家の男が作れずして何とする」とルシウスからお叱りを受けてしまったらしい。
この国にルシウスを追ってやって来てから、図面をようやく引き終わり、制作に着手したとのこと。
思えばこの秘書ユキレラはなかなかフットワークが軽い。
ルシウスの 従者で秘書、レストラン・サルモーネのマネージャー。この屋敷の家令と執事も兼任している。
更には今回のような物作りまで。
「ルシウス様とほとんど同じ見た目なのに、オレと来たらこの隠しきれねえ下っ端チンピラ臭。ルシウス様は大人になって貫禄と威厳が出てきたけど、オレにはまーったく身につきませんでしたねえ」
木材を魔法剣でスパスパとカットしながらのユキレラの言葉だった。
「雛たちにブランコ作ってやるって約束してたのを思い出しましてね。まあもう五体まとめておっ死んじまいましたが、約束は約束なんで。ユキノ君はまだ残ってるし。それに……」
作業にひと段落付けて、流れる汗を首元に巻いたタオルで拭いながら、アイシャたちを邸内に案内した。
「その雛竜たち殺害の裁判結果、出ましたよ」
そう、今日はその話を聞きにやって来たのだ。
ルシウスを傷つけたノーダ男爵の仲間の実行犯のうち、アイシャが拘束させた冒険者の男一人だけが生存したまま確保されている。
男はカーナ王国の国民だったため、王都の裁判所で裁かれることになった。
罪状は、まず冒険者ギルドが侵入禁止にしていた地下ダンジョンへの不法侵入罪。
これは冒険者ギルドの定める規則による罰金刑と、冒険者ランクの一段階降格となった。男はAランクからBランクに落ちた。
本命は雛竜五体の殺害についてだ。
罪状は他者所有の有体物〝動産〟の器物損壊罪。
アイシャたちにとって、あの愛らしい雛竜たちは大切な仲間だった。
けれど竜種の彼らは随獣扱い。即ち〝ペット〟枠だ。
五体すべてにルシウスの名前でタグが装着されていたことから、『他人の持ち物を損壊させた』ことの罪は問えた。
だが、それだけだった。悪質ではあったが罰金刑だけで終わってしまったのだ。
簡易裁判のため、裁判所から裁判結果のペラペラの書類一枚だけが送られてきたルシウスは怒りに震えていた。
「卵のときから大事に大事に育てていた、私の綿毛竜たちが……!」
滝のような涙を流して、悲嘆に暮れている。
「聖女の私の権限で、彼を国外追放にならできる。でも冒険者に追放って、あんまり罰にはならないのよね」
話を聞いてアイシャは溜息をついた。
サロンにはお茶とショコラが用意されていたが、楽しむどころではない。
冒険者証に犯罪歴は記録されるものの、国によっては多少の犯罪なら冒険者に箔がついた程度に捉えるモラルの低い場所も多かった。
「まあ多少、溜飲の下がる話の続きがありまして」
ユキレラが、裁判が出た後の出来事を教えてくれた。
「ちょうど男の裁判が始まる頃、ここ王都……っと首都に変わったんでしたか、首都に数体の綿毛竜が飛来しましてね」
「ユキノ以外の雛竜たちの親竜だ」
横からジューアが補足した。
その隣のカーナ姫は無言だ。事態を黙認しているといったところか。
「男が旧王城の仮牢から収容所に移送されるタイミングを見計らって、綿毛竜たちが捕捉して飛び去っちまったそうです」
「えっ!?」
予想もしていなかった内容に、アイシャたちはソファから立ち上がりかけた。
綿毛竜たちが向かった先は海だ。
報告によれば、沖合で綿毛竜は男を無造作に投げ捨てたという。
「運が良ければ泳いで岸まで辿り着いただろうけど……」
「そこでまさかのポイ捨て……」
「あの辺りの海域は海も魔物が出る。さて、どうかな」
トオンやカズン、ユーグレンがあれこれ意見を言っていると。
「……ここで怖い事実をお伝えしましょう」
声を潜めて秘書ユキレラが言う。
「その罪人の男なんですけどね。収容所に護送される途中でしたから、拘束されてたんですよ。まあ抵抗できないように両腕に手枷」
「!」
その光景とその後の出来事を想像するのは容易だった。
「野生の綿毛竜がわざわざその手枷を外してから、罪人を海に落としたと思います?」
「………………」
生憎、この雰囲気の中で「ざまぁみろ」と口に出せるほど尖った残酷な気質の者はいなかったのだが。
「ユキレラ、せっかくのショコラと紅茶が不味くなるだろう? もっと面白い話はないの?」
「あーはいはい、申し訳ありません。面白い話? うーん……とりあえず今日はこの後、例の海上神殿で雛竜たちの追悼儀式の予定です」
鮭の人に睨まれるも悪びれず、ユキレラは一同を促した。
雛竜たちの亡骸はユキノが燃やして既に天に還している。
けれどアイシャたちの気持ちの整理をつけるために、大神官に追悼儀式をお願いしてあったのだ。
遊び部屋に残っていた羽毛を袋に詰めて、お焚き上げしてもらうことになっていた。
この頃になると海上神殿ポセイドニアには、官庁となった旧王城、王都神殿、ルシウス邸、そしてトオンの古書店の四ヶ所から転移装置での移動が可能になっていた。
海上神殿には現在、支配者の神人ピアディが兄嫁のカーナ姫と一緒に居城にして住んでいる。
もっとも、普段のピアディはルシウス邸か古書店かのどちらかにいて、夜に寝に帰るだけのことが多い。
アイシャたちが雛竜への冥福の祈りを捧げ終わって神殿の建物を出ると、空に多数の綿毛竜たちが旋回していた。
亡くなった雛竜の、ユキノ以外の親や家族、友人たちだ。
「ピュイッ(ボク以外、まだみんな、小型化できなかったからこの国に来るのは遠慮してたんだ。雛竜たちは幼い頃からルシウスくんのそばで覚えさせるつもりだった)」
「そうだったの……」
綿毛竜たちが翼を翻すたびに、ひらひらと真っ白ふわふわの羽毛が風に吹かれては舞い上がり、そして落ちていく。
陽の光に照らされて、羽毛の表面が光って見える。季節外れの綿雪のよう。
とても荘厳な光景だった。
ああ、と嘆息しながらアイシャは天を仰いだ。その飴のような茶色の瞳からは止めどもなく涙が溢れ出している。
「もふもふちゃんたち……もっと一緒にいたかったわ」
泣いてトオンの胸に縋りついているアイシャを、こっそり建物の柱の影から見つめる視線があった。
「ぷぅ……(ねえや……)」
ウルトラマリンのつぶらな瞳が、心配そうに潤んでいる。
「ぷぅ(このピアディ、本来なら生まれながらに神殿の大神官だったのですぞ。しもじもの悩み相談におやくだちのスキルをたくさんたくさん、ゆりかごの中で付与されていたのだ!)」
キラリとピアディの瞳が光った。
「ぷぅ!(われ看破した。アイシャねえやの四つ葉のブローチは夢見の術の媒体。あれを使って、もふもふドラゴンたちを過去にとりもどしにいくのだ!)」
聖女投稿「第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン」完
→第五章に続く
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