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第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン

聖剣再び

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 さて改めて、ダンジョンを確認してみると。

「このダンジョンがルシウス様の陣地テリトリーになってるな」
「結局、ラスボスに変わりはないってことでは?」

 ぽん、と肩を甥っ子に叩かれた。
 振り返ると、自分によく似た麗しの容貌でにっこり微笑まれた。

「もうアケロニア王国には帰れませんね。叔父様」
「のおおおお……!」

 少年となったルシウスの悲鳴が庭園に響き渡る。
 だがそこにもう悲壮感は誰の中にもなかった。

「そういう細かいことは後から考えればいいわ」

 今はルシウスが無事ダンジョンから解放されたことだけで充分だった。



 誰もが疲れきっていたが、ようやくルシウスを救えたことで心は晴れやかだった。

 ひとまずビクトリノが冒険者ギルドに向かって報告してくれるとのことなので、残りの全員はルシウス邸に帰還することにした。

「一時はどうなることかと思ったが、弟から聖剣を引き剥がせたのは精々するな」
「アッ!? そうですよ、聖剣を失ったルシウス様はどうなるのですか?」
「別に聖剣など無くても困らん」


「いいや。世界のためにも君には聖者でいてもらう」


「!?」

 落ち着いた若い男の声に、一斉に振り向いた。

 庭園の中、初代国王と聖女の像の台座に腰掛ける人物がいる。
 聖職者の白い聖衣ローブ姿の、ミルクティ色の癖毛を持った若い青年だ。瞳は鮮やかな緑色で、まだ十代後半ぐらいに見える。
 だが実際は、深い叡智を感じさせる瞳からして、見た目よりずっと年上だと思われる。どちらにせよかなり童顔の男だ。

「貴様、アヴァロニス!」
「えっ! アヴァロニスって、教会本部の長の!?」

 咄嗟に警戒したジューアとヨシュアが前に出たが、聖衣ローブの男のほうが速かった。
 素早い動きで手の中に魔法樹脂の透明な剣を創りだし、背後に庇われていた子供姿だったルシウスの胸の中央に向けて投げ、貫いた。

「く……は……ッ」
「アヴァロニスぅ! 一度ならず二度までも我が弟に……! もはや勘弁ならん、この場でその息の根を止めてくれようぞ!」
「待って、ジューアお姉様。叔父様はピンピンしてますよ?」
「なに?」

 剣で刺されたルシウスの胸元からはネオンブルーの魔力が吹き出している。だがそれも、すぐに収束して、後に残ったのは一本の光り輝く剣だ。

「うええ……せっかく手放せたと思ったのに、また聖剣だあ……」

 外見に引きずられたか子供っぽい口調でルシウスがげんなりしている。

 ルシウスの手の中の聖剣は、やがてネオンブルーの魔力に還元されて体内へと吸収された。
 その様子にアヴァロニスと呼ばれた青年は満足そうに頷いている。

「君みたいに魔力に溢れた存在を野放しにはできない。〝聖者〟という枷は絶対に必要だ」

 言うだけ言って、永遠の国の教会本部の長、神人アヴァロニスはすぐに消えた。空間転移術だ。

「おのれ、おのれアヴァロニス! どうしてあの野郎はこうも余計なことばかり!」

 ジューアが虹色を帯びた夜空色の魔力を撒き散らして、地団駄を踏んでいる。その剣幕に誰も口を挟めなかった。

 と思ったら、空気を読まなかった弟ルシウスが遠慮なく突っ込みを入れていた。

「姉様と聖者アヴァロニスは犬猿の仲なんだよなあ。まだ彼氏なんですか? 姉様」
「そんなわけがあるか! 奴とは一万年前に切れている!」
「そっかあ」

 神人姉弟が何やら怖い会話をしている。

「な、何も聞いてない。俺は何も聞いてないからね。なあカズンっ?」
「……これはもしや、円環大陸の機密事項なのでは?」
「ひいいい」

 トオンとカズンがこそこそ話している横で、ユーグレンは平然としているヨシュアに気づいて訊ねた。

「ジューアお姉様の元彼が、その……神人アヴァロニス様だと?」
「ええ。一時は結婚まで決まってたそうですよ。でも赤ん坊の頃の叔父様を聖剣で封印しろって言い出して、破局したんですって」

 聖者、神人アヴァロニスは秘密の多い永遠の国の住人の中でも、長老格の神人カーナと並んで比較的、人々に名前と存在を知られている。
 教会本部の長のためだ。
 医聖の称号を持つ聖者で、伝説ともいえる究極のポーション〝エリクサー〟の開発者とも言われている。

 聖者としての彼は、絶対直観や忠告の上位スキル〝預言〟を持つ。
 恐らくは預言で見た光景をもとに、聖剣を失ったルシウスに対して、再度新たな聖剣を授けに来たのだ。

「あの方、どこか懐かしい気がするわ。初めてお会いしたはずなんだけど」

 挨拶ぐらいしたかったなとアイシャは思ったが、いつか永遠の国を訪れたときでも良いだろう。

 ともあれここまでが、カーナ王国の地下ダンジョン発生から踏破までの顛末だった。



 その後、ルシウスは故郷の女王上司に事情を説明する長い手紙を書く羽目になった。

 せいぜい数年で戻ってくると思っていたアケロニア王国のグレイシア女王は驚いて確認の特使を派遣してきたが、残念ながらルシウスはカーナ王国から出られない身だ。
 現地の状況を把握した後で特使は帰っていった。

「あれ。ユーグレンさんはまだ残るんですか? 特使の方と一緒に帰還するのかと」
「残るとも! ヨシュアもいるのだ、ここで帰るなんてもったいない。……あ、カズンもだな」

 思い出したようにカズンの名前を付け足すと、当のカズンは黒縁眼鏡のブリッジを押し上げながら、ユーグレンにグイッと迫っていた。

「僕はついでか、ユーグレン。良い度胸だな、王太子殿下よ」
「アッ。い、いや、そんなつもりは。……すまん。お前にもようやく再会できて嬉しく思っている」
「ふーん?」

 信用の無さそうな目で見られてユーグレンは慌てた。

「ほ、本当だ!」
「だがヨシュアに会えたほうが嬉しいのだろう?」
「私は彼のファンクラブ会長なのだぞ! もちろん嬉しいに決まっている!」

 懸命に言い訳を繰り返しているユーグレンたちがいるのは、ようやく戻ってきたルシウス邸だ。

 あれから本当に大変だった。

 ルシウスの聖剣にありったけの魔力を注ぎ込んだ一同は疲れ切って、数日ずっとベッドの中か、起きていてもぼんやりしていた。
 ようやく皆が回復してきたところである。

 〝時を壊す〟を果たして子供に戻ってしまったルシウスは姿が安定せずに、幼児から中年まで何度も姿が変わって落ち着かなかった。
 子供のときは姉のジューアや秘書ユキレラ、料理人のゲンジなどに抱っこされ、撫で撫でと愛でられていた。本人は諦め顔でなされるがままだった。

 深刻だったのは、ルシウスの暴走を止めようとして抱き込んだルシウスの魔力に腹部を焼かれてしまったユキノだ。
 真っ白ふわふわで、もこもこにもふもふだった胸元から腹部にかけての羽毛が無惨に禿げてしまったのだ。

「ユキノ君のもふもふが……」
「ピュイッ(またすぐに生えてくるよー)」

 本人はあっけらかんとしていたが、ユキノの胸元から腹部の広い前範囲はつるっとした白い皮膚が剥き出しになってしまっている。
 その皮膚のあちこちに引きつれた火傷の跡があったが、魔力の高い綿毛竜コットンドラゴンなら時間経過で癒えるので問題ないそうだ。



 アイシャとトオンは、不審者のいなくなった南地区の古書店に今日から戻る予定だ。

 今、ルシウス邸には、主人のルシウスと仲間の料理人ゲンジ、秘書ユキレラなど配下や使用人たちに加えて、ユーグレン、カズンとヨシュアが滞在している。

 ダンジョンボス化したルシウスを救出してから既に一週間以上が経過している。
 もう四月も下旬に入っていた。地下ダンジョン発生から二ヶ月近く。

 事後処理にも目処がついて、今日はレストラン・サルモーネでダンジョン踏破した関係者たちでの打ち上げディナーである。





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