婚約破棄で捨てられ聖女の私の虐げられ実態が知らないところで新聞投稿されてたんだけど~聖女投稿~

真義あさひ

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第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン

加害者か、それとも被害者なのか?

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 ルシウスが来客セドリックに掛かりきりになっている間、アイシャはトオンとユーグレンを伴って旧王城の牢屋へ出向いた。
 トオンの異母弟、レイ王子とその母親を殺害したノーダ男爵への面会のためだ。

 先に話を通した宰相には渋い顔をされたが、男爵への聴取は進んでいないと聞く。最終的には十分だけとの条件で面会許可を得た。

「トオン、ユーグレンさん。二人は少し離れていてくれる? 私だけなら彼も話してくれるかもしれない」
「心配だけど……男爵はアイシャの信奉者だからね。牢番と一緒にすぐ駆けつけられるとこにいるから」
「うん」



「聖女様! ああ、ああ、私に会いに来てくださったのですね!」
「ノーダ男爵。あなたとは一度、お話をしないといけないと思っていました」

 感極まって王城地下の牢内からアイシャを出迎えた、中年の元文官男性が彼、ノーダ男爵だ。
 彼は前国王アルターやクーツ王太子らが自滅した後、トオンとアイシャがカーナ王家を終わらせる〝お遊戯会〟を一緒に実行してくれた中核メンバーの一人でもある。
 だからこそ、アイシャは彼がレイ王子らを殺害したことが最初は信じられなかった。

(志を同じくする仲間だと思っていたから)

 元から感情的なところのある人物だったが、道理のわからない人物ではなかったはずだ。

「話ですか? 何でも構いません。貴女になら何でもお話し致します」
「それなら嬉しいのですが。……まず、新生カーナ共和国の新代表は宰相令息になるはずです。残念ですけど私は正式に辞退します」
「聖女様。私たちの主張は変わっておりません! あなただ! 貴女こそが女王になるべきだ!」

 共和制実現会議が進まない理由は、蓋を開けてみれば単純だった。
新体制への移行後、誰が新生カーナ共和国の代表者となるかだけが、ずっと決まらなかった。
 むしろ、それ以外のことは万全ともいえた。そもそもカーナ王国は、国の成り立ちは歪だったが、国の組織は規模が小さいこともあって、比較的良好だったのだ。あえて構造を変える必要もなかった。

 ただ、共和制実現会議の中のうち、聖女派や一部の中立派がアイシャを女王にすることを諦めていなかった。多数決を取ろうとしてもそれすら妨害する有り様で、そのたびにアイシャの感情は揺らされて本当に困っていた。
 ユーグレンが相談役として加わるようになってからは、他国の王族の手前、さすがに下火になっていたのだが。

「……男爵。何度も言ってますが、私は為政者になるための教育は受けていないのです。即位したとして、その後どうやって国を回せというのです?」
「そのために我ら聖女派がおるのです。些事はすべて我らにお任せください。聖女様の敵や障害はすべて潰して憂いを取り除くとお約束いたします!」
「聖女であることと、為政者であることは必要な知識も能力もまったく異なります。そんな〝お飾り〟に私を祭り上げることはやめてほしい」
「どうして理解してくださらないのです? その飾りこそが重要なのです。私たちは旧カーナ王家とは違う。貴女を唯一至高の存在として崇め奉るからこそ、玉座に座してほしい。それだけなのに」
「………………」

 駄目だ。やはり話が通じない。
 溜め息をついて、アイシャは牢屋の鉄格子の前でしゃがみ、跪いていたノーダ男爵に目線を合わせた。

「本音を言いますね。……私はもう、聖女の在り方に不要なこの国の中核からは解放されたいのです。確かに私はクーツ元王太子の婚約者だったし、即位させたトオンの王妃となりました。でも、あなただって見ていたでしょう? 名ばかりの準王族で大した淑女教育も受けてなかった私のドレス姿」

 クーツ王太子の隣にいてもそうだったし、彼の恋人だった公爵令嬢のドロテアがいるパーティーで並ばされると、小柄で地味なアイシャは場に映えず、心底惨めだった。
 多少のマナーは学ばされていたが、聖女アイシャの専門は国の守護と戦闘だ。立居振る舞いから表情の作り方から、何から何まで場違い極まりなかった。

「あれはあれで……」
「今後、私が人前で身にまとうのは、女王に相応しい風格や豪奢なドレスではなく、聖女の清潔で質素な白い聖衣ローブです。私を聖女と慕ってくれるなら、もう私を世俗から解放してほしい」
「聖女様、でも」
「この話はここまで」

 男爵の死角にあたる場所から、トオンたちがこちらを心配そうに見ているのが見えた。指を広げて残り時間を示している。――あと五分。

「一番確認したかったのは、レイ王子たちのことです。調査官たちに話していない真実を、私に話す気はありますか?」
「真実、ですか……。はは、やはり聖女様にはお見通しでしたか」

 聖女は嘘がつけない。他人の嘘にも敏感だ。
 だからこそアイシャが来たことで、男爵は諦めたように口を開いた。



 それからノーダ男爵が語ったことは、アイシャが想像していたことと、ほぼ同じだった。
 約一年と少し前、『聖女投稿事件』で虐げられていたことが誰の目にも明らかになったアイシャだったが、あのような愚行蛮行の被害者がアイシャだけのはずがない。

 下位貴族のノーダ男爵はクーツ王太子や取り巻きたちから冷遇され、アイシャほどではなかったが金品を奪われたり、既得権を弄ぶように取り上げられたりしたことが幾度もあったそうだ。
 苦労して軌道に乗せた事業を、国王の命令一つで献上させられたこともある、と。

「その後しばらくして、レイ王子と母親の娼婦が衣装やアクセサリーを新調しているのを見ました。彼らの予算確保のために私の事業が取り上げられたことも」
「やはり、そうでしたか」

 愛妾の息子でもレイ王子はアルター国王に認知され、王子の身分と称号、当時で王位継承権第二位を持っていた。

「カーナ王家が倒れても、共和制実現会議は旧王族の一族や貴族たちの権利を保障しましたでしょう。それで、被害者の私たちは手が出せなくなってしまった」
「……他にも被害者がいましたか。そうだと思いました」

 クーツ王太子はアイシャにしたように、金品の強奪を。
 その父親のアルター国王は女好き。下位貴族や平民女性に手を出し、被害を受けた者はアイシャが把握していたより多いようだ。実際、トオンの母親の下女マルタも被害者の一人である。

「私の下の娘も被害者です。嫁入り前の娘がですよ。……娘の名誉のために大声を出しては訴えられなかったのです」
「お嬢さんは?」
「自殺しました。あと半年生き延びてくれたら、こんなクソ王家が滅ぶところを見れたのに。……聖女様。カーナ王族なんて一人でも残しておいたら、後々の災いを呼びますよ。ねえ、アイシャ様」
「………………」

 これはもう説得や反省、改心などを求めるのは無理だろう。
 聖女のアイシャと同じ空間にいても、アイシャの聖なる魔力の感化を受けた気配もない。

 トオンたちがまた手を振ってきた。隣に門番がいて、申し訳なさそうに頭を下げてきている。――タイムリミットだ。

「ノーダ男爵。今のこの混乱した国ではあなたのような重犯罪を犯した者を裁けません。同盟国か、――永遠の国に身柄を引き渡して処罰を委ねることになります」

 返事はなかった。跪いたままの男爵はアイシャの言葉を聞いているのだか、いないのだか。
 苦い気持ちを抱えながら、アイシャはそのままトオンたちのところに戻って、牢屋を出た。



 それから三日後。ルシウス邸の来客のセドリックはルシウスからのお説教と助言をまとめた分厚いノートを胸に、深く感謝して灰色の羽竜に乗って円環大陸の東南部へ帰っていった。
 綿毛竜コットンドラゴンたちは仲良くなった灰色の羽竜との別れを残念そうに惜しんでいた。

 その間、アイシャたちは神人ジューアをリーダーにして地下ダンジョンの探索を先に進めていた。

 今日からはルシウスが探索に復帰すると朝食の席で話していると、宰相から早馬の伝令が慌ててやってきた。

「ノーダ男爵が、脱獄ぅ!?」
「そうきたか……。聖女派の中に脱獄の手引きをした者たちがいたようだ」

 事態が判明したのが早かったことが良かった。伝令が持ってきた手紙によると、旧王城に詰めていたベルトラン宰相は脱獄を知った早朝時点で、早急に王都を封鎖した。現状では逃亡したノーダ男爵が外に逃げるのは不可能だ。

「ということは、まだ王都に潜伏してるってことか」

 こうなると、アイシャたちもダンジョン探索どころではない。ルシウス邸に留まって、次の連絡が来るまで待機していた。

 それから丸一日かけて王都の中をくまなく国軍が探し回った。それでも見つからない。匿っている可能性の高い聖女派の者たちの家々にも居なかったそうだ。
 次々届く報告に、ルシウスが手紙を見て嘆息している。

「元々がカーナ王国は吹けば飛ぶような小国だ。隠れる場所などそう有りはしないはずだが……」
「あ。そういえば有るじゃないですか、とっておきの場所が。今この国の王都の下に」
「まさか、ダンジョンに逃げたのか!?」

 秘書ユキレラの床を指差しての指摘に、皆が目を剥いた。

「弟よ。探索スキルは使えないのか?」
「姉様、さすがにこんなに人の多い王都ではノイズが多すぎて無理です。せめてダンジョン近くまで行かないと」
「灯台下暗しってやつですねえ。アイシャ様、トオン君。手分けして宰相と冒険者ギルドの両方にお手紙を。あ、軍のほうにもかな」

 ユキレラに促されて、慌てて手紙を書いた。そのまま発送を任せて、アイシャたちは馬車でダンジョンのある旧王城へ向かった。

「ピュイッ(まってー。ボクたちも一緒にいく!)

 雛竜たちと一緒にユキノが仔犬サイズになって文字通り馬車の中に飛び込んできた。

「ピーピッ(人探しなら数が多いほうがいいでしょ?)」
「そうね。頼りにしてるわね、もふもふちゃんたち」



 旧王城内のダンジョン入口のある庭園に向かうと、一見何も変わりないように見えたのだが。

「入口の結界が一度破られた形跡があるな……」
「中の様子、わかりますか? ルシウスさん」
「ああ、間違いない。人の気配がある。それも一人じゃない、複数人の気配だ」
「!?」

 その頃には連絡を受けた宰相や、冒険者ギルドの女ギルドマスター、ロディオラも駆けつけていた。

「何てこと……まだ踏破もしていないダンジョンに入り込むだなんて、自殺行為だわ」
「まだ奥に一体いるボスの攻略もしていないのです。宰相、ギルマス。私たちはこのままノーダ男爵を探します。あなたがたは、万が一を考えて体制を整えておいてください」

 ルシウスの依頼に二人は頷いた。アイシャたちもしっかり、冒険者用に装備を持参してきている。というより、リンク使いのためアイテムボックス内に常時保管して持ち運んでいるというべきか。

「危険の少ないダンジョンだが、何があるかわからない。皆、覚悟して行くぞ!」

 ルシウスの号令で地下ダンジョンへと一行は降りていく。



 ――この先に待ち受けるものが、皆の心に深い傷を残す災厄であることに、まだ誰も気づく者はいなかった。



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