上 下
201 / 296
第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン

デザートにはティラミスを

しおりを挟む
 ランチには最後にデザートが出てきた。

「マスカルポーネっていうチーズで作ったものでね。ティラミスという。カーナ王国にはなかったスイーツらしいから、新鮮じゃないかな」
「ゲンジさんの作るものに間違いはないと思います!」

 これまでアイシャたちは三人の〝飯ウマ〟料理を経験している。
 イケメンお兄さんのカズン、麗しのイケオジルシウス、そしてこのほっこり癒し系おじさんゲンジ。
 三人とも、とても美味しい料理やおやつを作るが、一番安定した料理を作るのはやはり本職調理師のゲンジだ。

 ティラミスは小さなグラスに入って出てきた。ランチの食後のデザートにちょうど良い分量だ。

 エスプレッソを染み込ませた堅焼きの素朴なビスケットと、ホイップした生クリームと砂糖を加えたマスカルポーネチーズを交互に層にして、仕上げにココアパウダーが振りかけられている。

「ティラミス、初めて食べます……」

 アイシャはドキドキしながらスプーンで一口分すくった。
 恐る恐る口へ運ぶと、最初に感じたのはココアと、ビスケットのエスプレッソの苦味だ。その後を追うように、濃厚な生クリームみたいな食感でありながら、しつこさのないマスカルポーネのミルキーさがやってくる。
 チーズというから発酵の酸味があるかと思えばほとんど感じない。複雑な旨みのある生クリームという感じだ。
 素材の組み合わせの妙だ。突き抜けるような美味ではなかったが、癖になる。

「本式だとマスカルポーネに卵黄や泡立てた卵白を加えるんだけどね。今回はマスカルポーネと生クリームだけであっさりめのシンプルに仕上げてみたよ」

 コーヒーを入れてくれながら、明日以降のおやつ用に卵を入れた本式バージョンを作り置きしておいてくれると言った。

「クリームチーズも頂戴したんだ。近いうちにチーズケーキも焼くからね。甘いものが苦手な人もいるから、そっちにはスモークサーモンのサンドイッチ用かな」
「私はそっちで」

 すかさず神人ジューアが手を挙げた。彼女は甘すぎる菓子類が得意ではない。ルシウス邸のリースト一族たちの中にも苦手な者がいるそうだ。



 今日もゲンジのごはんは美味しかった。

 デザートまで食べて満足しながらコーヒーを啜っていると、突然ユーグレンの胸元にリンクが発現した。
 何事か、と皆が注目する中、彼のリンクから一通の手紙が取り出してきた。

「ああ……今日も戻ってきてしまったか」

 ぱしっと封筒を受け止めてユーグレンが嘆息した。
 白い一般用の封筒だ。真紅の封蝋で封がされている。

「ほら、同じファミリー内だとリンクを通じて物品のやり取りができるだろう? 旅先でヨシュアがリンクに目覚めたなら私のリンクから手紙が届くと思って、毎晩手紙を書いて送っていたんだ」
「戻ってきたってことは、宛名不在ね」
「鮭の人、まだダメなのか……」

 親戚のカズンには送らないのか聞いてみると、お前まで国を出て何やってるんだと呆れられそうだからと控えているらしい。

「いや、それ俺やアイシャがもう手紙書いて知らせてますから」
「はは……なのに向こうから私宛に来ないところが、ちょっと怖くて」

 聞けばカズンは近い親戚のユーグレンには遠慮がなく、当たりも強めなのだそうだ。

「学生時代なんて好きな子になかなか話しかけられなくて、チキン野郎だのと散々罵られたものでな……」
「うっ。それ俺も言われたような……」

 顔を見合わせてユーグレンとトオンが溜め息をついた。

「ユーグレンさんの好きな人って?」
「しっ、しー! ですよ、アイシャ様。ハマるとファンクラブなんて作っちまうお人ですよ、話題を振ったら長話になるに決まってます。この後はお出かけでしょう?」
「そ、そうね。そろそろ準備しないとだわ」

 大国の王太子の彼の想い人なら、もしかしたら王太子妃、ゆくゆくは王妃になる人かもしれない。



 食堂で昼食のデザートまで配膳を終えた時点で、ゲンジはまだ来客対応中のルシウスへ食事を渡しに行った。
 まだ話が長引いていると家人に教えてもらったので、今日のオープンサンドを食べやすくサンドイッチにして紙に包んだものと、ポットに入れたコーヒーを。

 部屋に行ってもまだルシウスによるセドリックへのお説教は続いていたが、ゲンジが姿を見せると話を止めて食事を受け取ってくれたのが幸いだった。
 だが、サンドイッチに齧りつきながら、すぐにまたお説教の再開ときた。
 もっとも、内訳は説教4:助言6ぐらいのようだが。

「子供の頃はお説教される側だったのにねえ、ルシウス君。やんちゃ坊主も大人になったもんだ」

 二人はルシウスが十代半ばの頃に他国で冒険者活動をしていたときからの付き合いだった。
 当時、ゲンジはカーナ王国の海を挟んだ対岸にあるゼクセリア共和国の冒険者ギルドの食堂で働いていた。

 確か当時のルシウスは十四歳だったか。年齢を聞いてびっくりしたぐらい、小柄で幼く、可愛いお子さんだった。
 もっとも可愛かったのは外見だけで、あっという間に冒険者ランクを駆け上がるほど強かったのだが。さすがは魔法剣士の家出身、そしてハイヒューマンといったところか。

 厨房に戻る途中、廊下から見える裏庭をふと覗いてみた。
 建物の表側にも庭はあるが、そちらは竜舎や馬車置き場がある。裏庭はルシウスやリースト一族の家人たちが畑を作って、野菜を植えて育てていた。

 が、しかし。
 畑のはずのそこに生えるのは、わさわさと繁茂する雑草、いやハーブだ。
 野菜もあるが、まだ春の終わりから初夏なのに季節外れの野菜がそろそろ収穫時期だ。
 アイシャたちが食べたがったサツマイモも食べ頃かもしれない。旬は秋のはずなのだが。

「そりゃ聖者と聖女が三人も居りゃあねえ」

 聖なる魔力の影響で、植物の生育が良いこと良いこと。
 この影響で、ルシウス邸の住人は誰もがすこぶる調子が良い。

「パンの酵母菌まで元気になり過ぎちゃって」

 仕方ないから日々のパン類はトオンの古書店近くのミーシャおばさんのいる店から定期的に配達してもらっていた。

 アイシャたちはこの国のために毎日一生懸命だが、ゲンジはといえば呑気なものだ。
 料理以外に貢献できるものといえば、薬師スキルで作るポーション薬を提供するぐらい。

「ダンジョン探索を手伝おうにも、俺の手持ちは包丁だもんなあ。武器ですらないし」

 などとボヤいているゲンジは、この世界には包丁の形をした聖剣もあることをまだ知らない。







※その聖剣、北のカレイド王国ってとこの国宝でして……(詳しくは「夢見の女王」へどうぞ!)
そういえば元祖チキン野郎はユーグレンでしたねー😃(そっちは「王弟カズンの冒険前夜」にて。彼の好きな人もそちらでw 多分王妃は無理……)
しおりを挟む
感想 1,045

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。