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第三章 カーナ王国の混迷
番外編 聖女様と綿毛竜1
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普段、どちらかといえばアイシャは淡々とした性格と言動の女の子だ。
聖女として育ち、過酷な環境に晒されたことが原因で、感情を激しく動かすことも少ない。(元婚約者のクーツ王太子から追放された直後を除く)
そんなアイシャは周囲からは大変頼もしく見えているらしい。
本人も他者が抱く『超然とした聖女様』のイメージを壊さないよう気をつけていたのだが。
トオンとユーグレンが忙しく動くようになって、古書店にアイシャ一人だけになってしまうため一時的に世話になることにしたルシウス邸にて。
南地区のパン屋で出会ったとき神人ジューアを乗せていた、ルシウスの随獣である綿毛竜のユキノと再会した。
そしてフレンドリーに抱き締められ、そのふわふわ、もふもふの純白羽毛の感触には陥落してしまった。
特にいちばん、羽毛が密なのが胸元だ。
ぽふっと正面から抱きつくと顔から全身まですっぽり羽毛に埋もれる。
背中を預けると、良い感じにこれまたもふもふの両手で受け止めてくれて、極上のソファと化す。
「私、もうここから出たくない」
「ピュイッ(こんど仲間に新しい仔が産まれたら、聖女様が面倒見てみる?)」
「いいの?」
綿毛竜は随獣になると、飼い主の能力を一部継承する。
ユキノも聖者のルシウスが持つスキルをいくつか獲得したようだ。
聞けば、ユキノは同じ綿毛竜のお嫁さんと仔がいるそうなのだが、今ちょうど一人立ちの時期で別の地域で暮らしているそうだ。
「ピューイッ(東南の暖かい地域だよ。魔力を高めるのに適した魔石がとれる大きな山があるの)」
「東南の山というと、アヴァロン山脈かしら」
アイシャの頭に世界地図が浮かんだ。
円環大陸の東南部は、永遠の国で教会本部の長、神人アヴァロニス由来の地域だ。医聖とも呼ばれる偉大なハイヒューマンで、生まれ故郷の山から取った名前を持っている。
あいにくまだアイシャは会ったことがないのだが、同じ教会本部所属の大司祭だった聖者ビクトリノの話だと、『聖女投稿事件』で虐げられていたアイシャをとても心配してくれているらしい。
アイシャはルシウスの姉の神人ジューアから、永遠の国への通行証代わりの万年筆を貰っている。
(この国がもっと落ち着いたら、永遠の国に行って、神人の皆様にもご挨拶をして……)
ちなみに東南部は環創成の魔術師フリーダヤの生まれ故郷としても知られている。
機会があれば、アイシャは同じ系列の環ファミリーとして会ってみたかった。
まだトオンはユーグレンと一緒に、共和制実現会議のメンバーとの話し合いに熱中しているようだ。
翌日、アイシャは朝の時間帯に南地区のミーシャおばさんのパン屋を訪れた。
少し遠かったが徒歩で散歩のつもりだったところ、綿毛竜のユキノが「ピュイッ(へい、乗ってきなよ彼女!)」と言ってくれたので、ふわふわの背に乗って。
魔法を使う竜種のユキノの背は、冬の空を飛んでいても風も当たらず寒さも感じない。
乗っているアイシャを保護する魔法をかけてくれているところが優しい。
綿毛竜は全身が鱗の代わりに羽毛が生えて覆われた、羽竜に属する竜種だ。
ただしユキノだけはルシウス邸にいる他の個体と違って、背中の翼に羽毛はなく、全体が透明な魔法樹脂でできている。
肩甲骨の辺りで血管や神経が繋がっていて、透明な翼には血管の赤い血が透けて見えていた。
「これ、義肢……ううん、義翼ね。ルシウスさんに着けてもらったの?」
「ピュイッピュイッ(そうだよ。生まれたばかりの頃に悪いやつに翼をむしり取られちゃったんだ。ルシウスくんとロータスさんが新しい翼を作ってくれたんだよ)」
「ロータスって、まさか聖女ロータス様?」
円環大陸の最強聖女にして、環ファミリーの魔術師フリーダヤのパートナーの聖女だ。まさかここで名前が出てくるとは思わなかった。
「ピュイッピュア!(カッコいいでしょ、ハイカラでしょ!)」
「うん。ルシウスさんと随獣契約してるんでしょ? 同じネオンブルーの魔力を帯びた透明な翼、とても綺麗だわ」
「ピュアア!(アイシャちゃんわかってるう!)」
パン屋の屋根が見えてきた。
大型化したままでは皆を驚かせてしまうから、地上に降りる前にユキノは仔犬サイズに変化した。この小型化はできる竜とできない竜がいるらしい。
アイシャも同時にユキノの背から飛び降りた。
「いらっしゃい、アイシャちゃん。ユキノ君もね」
今日もパン屋の出戻り女のミーシャおばさんはハキハキして元気だ。モスグリーンの瞳に赤毛を引っ詰めのまとめ髪にして、赤いワンピースと白いエプロン姿。
いつも変わらないが、最近は調理師ギルドの製パン部門のまとめ役に就任したことで、キツめの性格がちょっとずつ柔らかくなってきている。
ギルドで年下の男性と良い仲になりつつあるとの噂もあるが、まだアイシャは詳しく教えてもらっていない。
「ミーシャおばさん、今日のおすすめはなんですか?」
「サンドイッチはチキンとツナサラダ。菓子パンはココナッツフレークのシュガーパイ」
「ツナサラダサンドとシュガーパイ一個ずつください」
「まいど!」
買った後はこの季節のお楽しみ、店の横手のイートインスペースでサービスのコーヒーを飲みながら地元の人たちと歓談だ。
皆も慣れてきたのか、聖女のアイシャが来ても大騒ぎすることもなくなった。軽く挨拶だけして去って行く者も多いし、雑談も他愛ない内容を楽しめるようになってきた。
「ユキノ君。これトウモロコシの芯と、あとこれ食べられないよね?」
ミーシャおばさんが、惣菜パンに使う実を取った後のコーンの芯と、木箱に入ったココナッツの実を持ってきた。
だがココナッツのほうは殻を薄く剥かれたクリーム色の表面に、ぽつぽつと青緑の小さな斑点がある。
「あら、カビてしまってるのね」
「旬の時期に収穫して硬い外の殻だけ剥いて保存してたやつなんだけどね。中身は無事だから菓子パンに使えたけど、これじゃユキノ君も無理だよね?」
ココナッツは硬い殻を割ると中には水分のココナッツウォーターと、白くてかための胚乳がある。
胚乳は乾燥させて砕けばココナッツフレークになって菓子材料になるし、生のまますり潰して絞ればココナッツミルクやクリームになる。
「カビは聖なる魔力だと難しいのよね」
試しに指先にネオングリーンの魔力を集めて、一個だけココナッツの実を覆った。
「うわっ?」
「げっ」
見る見るうちに、青緑のカビが濃く広がってしまった。失敗だ。
「じゃあ浄化魔法ね」
今度は環を腰回りに出してから、ルシウスに習っていた魔法をココナッツと木箱全体にもかけた。
瞬時にココナッツからカビが消える。ミーシャおばさんと一緒に十数個あったそれを一個一個裏返して確認したが、もうカビはどこにもなかった。
「はい、おひとつ」
「ピュイッ」
ミーシャおばさんがユキノにココナッツを放ると、仔犬サイズからパン屋の建物の半分ほどの高さまで大きくなって、ぱくっと加えてカシュッと噛み砕いた。
「ピュアーン(じゅーしー。おいしい!)」
お気に召したようである。
聖女として育ち、過酷な環境に晒されたことが原因で、感情を激しく動かすことも少ない。(元婚約者のクーツ王太子から追放された直後を除く)
そんなアイシャは周囲からは大変頼もしく見えているらしい。
本人も他者が抱く『超然とした聖女様』のイメージを壊さないよう気をつけていたのだが。
トオンとユーグレンが忙しく動くようになって、古書店にアイシャ一人だけになってしまうため一時的に世話になることにしたルシウス邸にて。
南地区のパン屋で出会ったとき神人ジューアを乗せていた、ルシウスの随獣である綿毛竜のユキノと再会した。
そしてフレンドリーに抱き締められ、そのふわふわ、もふもふの純白羽毛の感触には陥落してしまった。
特にいちばん、羽毛が密なのが胸元だ。
ぽふっと正面から抱きつくと顔から全身まですっぽり羽毛に埋もれる。
背中を預けると、良い感じにこれまたもふもふの両手で受け止めてくれて、極上のソファと化す。
「私、もうここから出たくない」
「ピュイッ(こんど仲間に新しい仔が産まれたら、聖女様が面倒見てみる?)」
「いいの?」
綿毛竜は随獣になると、飼い主の能力を一部継承する。
ユキノも聖者のルシウスが持つスキルをいくつか獲得したようだ。
聞けば、ユキノは同じ綿毛竜のお嫁さんと仔がいるそうなのだが、今ちょうど一人立ちの時期で別の地域で暮らしているそうだ。
「ピューイッ(東南の暖かい地域だよ。魔力を高めるのに適した魔石がとれる大きな山があるの)」
「東南の山というと、アヴァロン山脈かしら」
アイシャの頭に世界地図が浮かんだ。
円環大陸の東南部は、永遠の国で教会本部の長、神人アヴァロニス由来の地域だ。医聖とも呼ばれる偉大なハイヒューマンで、生まれ故郷の山から取った名前を持っている。
あいにくまだアイシャは会ったことがないのだが、同じ教会本部所属の大司祭だった聖者ビクトリノの話だと、『聖女投稿事件』で虐げられていたアイシャをとても心配してくれているらしい。
アイシャはルシウスの姉の神人ジューアから、永遠の国への通行証代わりの万年筆を貰っている。
(この国がもっと落ち着いたら、永遠の国に行って、神人の皆様にもご挨拶をして……)
ちなみに東南部は環創成の魔術師フリーダヤの生まれ故郷としても知られている。
機会があれば、アイシャは同じ系列の環ファミリーとして会ってみたかった。
まだトオンはユーグレンと一緒に、共和制実現会議のメンバーとの話し合いに熱中しているようだ。
翌日、アイシャは朝の時間帯に南地区のミーシャおばさんのパン屋を訪れた。
少し遠かったが徒歩で散歩のつもりだったところ、綿毛竜のユキノが「ピュイッ(へい、乗ってきなよ彼女!)」と言ってくれたので、ふわふわの背に乗って。
魔法を使う竜種のユキノの背は、冬の空を飛んでいても風も当たらず寒さも感じない。
乗っているアイシャを保護する魔法をかけてくれているところが優しい。
綿毛竜は全身が鱗の代わりに羽毛が生えて覆われた、羽竜に属する竜種だ。
ただしユキノだけはルシウス邸にいる他の個体と違って、背中の翼に羽毛はなく、全体が透明な魔法樹脂でできている。
肩甲骨の辺りで血管や神経が繋がっていて、透明な翼には血管の赤い血が透けて見えていた。
「これ、義肢……ううん、義翼ね。ルシウスさんに着けてもらったの?」
「ピュイッピュイッ(そうだよ。生まれたばかりの頃に悪いやつに翼をむしり取られちゃったんだ。ルシウスくんとロータスさんが新しい翼を作ってくれたんだよ)」
「ロータスって、まさか聖女ロータス様?」
円環大陸の最強聖女にして、環ファミリーの魔術師フリーダヤのパートナーの聖女だ。まさかここで名前が出てくるとは思わなかった。
「ピュイッピュア!(カッコいいでしょ、ハイカラでしょ!)」
「うん。ルシウスさんと随獣契約してるんでしょ? 同じネオンブルーの魔力を帯びた透明な翼、とても綺麗だわ」
「ピュアア!(アイシャちゃんわかってるう!)」
パン屋の屋根が見えてきた。
大型化したままでは皆を驚かせてしまうから、地上に降りる前にユキノは仔犬サイズに変化した。この小型化はできる竜とできない竜がいるらしい。
アイシャも同時にユキノの背から飛び降りた。
「いらっしゃい、アイシャちゃん。ユキノ君もね」
今日もパン屋の出戻り女のミーシャおばさんはハキハキして元気だ。モスグリーンの瞳に赤毛を引っ詰めのまとめ髪にして、赤いワンピースと白いエプロン姿。
いつも変わらないが、最近は調理師ギルドの製パン部門のまとめ役に就任したことで、キツめの性格がちょっとずつ柔らかくなってきている。
ギルドで年下の男性と良い仲になりつつあるとの噂もあるが、まだアイシャは詳しく教えてもらっていない。
「ミーシャおばさん、今日のおすすめはなんですか?」
「サンドイッチはチキンとツナサラダ。菓子パンはココナッツフレークのシュガーパイ」
「ツナサラダサンドとシュガーパイ一個ずつください」
「まいど!」
買った後はこの季節のお楽しみ、店の横手のイートインスペースでサービスのコーヒーを飲みながら地元の人たちと歓談だ。
皆も慣れてきたのか、聖女のアイシャが来ても大騒ぎすることもなくなった。軽く挨拶だけして去って行く者も多いし、雑談も他愛ない内容を楽しめるようになってきた。
「ユキノ君。これトウモロコシの芯と、あとこれ食べられないよね?」
ミーシャおばさんが、惣菜パンに使う実を取った後のコーンの芯と、木箱に入ったココナッツの実を持ってきた。
だがココナッツのほうは殻を薄く剥かれたクリーム色の表面に、ぽつぽつと青緑の小さな斑点がある。
「あら、カビてしまってるのね」
「旬の時期に収穫して硬い外の殻だけ剥いて保存してたやつなんだけどね。中身は無事だから菓子パンに使えたけど、これじゃユキノ君も無理だよね?」
ココナッツは硬い殻を割ると中には水分のココナッツウォーターと、白くてかための胚乳がある。
胚乳は乾燥させて砕けばココナッツフレークになって菓子材料になるし、生のまますり潰して絞ればココナッツミルクやクリームになる。
「カビは聖なる魔力だと難しいのよね」
試しに指先にネオングリーンの魔力を集めて、一個だけココナッツの実を覆った。
「うわっ?」
「げっ」
見る見るうちに、青緑のカビが濃く広がってしまった。失敗だ。
「じゃあ浄化魔法ね」
今度は環を腰回りに出してから、ルシウスに習っていた魔法をココナッツと木箱全体にもかけた。
瞬時にココナッツからカビが消える。ミーシャおばさんと一緒に十数個あったそれを一個一個裏返して確認したが、もうカビはどこにもなかった。
「はい、おひとつ」
「ピュイッ」
ミーシャおばさんがユキノにココナッツを放ると、仔犬サイズからパン屋の建物の半分ほどの高さまで大きくなって、ぱくっと加えてカシュッと噛み砕いた。
「ピュアーン(じゅーしー。おいしい!)」
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