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第三章 カーナ王国の混迷
ルシウス様は怖いひと
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ユーグレンは出奔した後しばらくは、薬師リコなる人物を頼って身を寄せていたそうだ。
「薬師リコって、料理人のゲンジさんのお師匠様の?」
ゲンジはルシウスの古い友人で、レストラン・サルモーネのレシピ開発をしている飯ウマ料理人のことだ。
「ゲンジのオヤジさんまでここにいるのか!?」
名前を聞いて、ユーグレンが黒い目を見開いてびっくりしている。
その辺までは把握していなかったらしい。
薬師リコは円環大陸の北部を拠点にしている環使いで、聖女ロータスの直弟子にあたる有能な薬師だ。
「私とヨシュアは、カズンの敵から受けた虚無魔力の被害で長い間動けなかったんだ。その治療をしてくれたのがリコ殿だったのだ」
カズンだけが単独で旅に出ていた理由でもある。
それさえなければ、鮭の人もユーグレンもカズンに同行していた。
薬師リコは同じ環使いのアイシャやトオンからは、魔術師フリーダヤと聖女ロータスから始まる環ファミリーでの先輩になる。
世代的にルシウスやビクトリノ、それにゲンジと同列と聞いていた。
「元々、リコ殿からは環を発現できたなら弟子にしてやるし、国を出る手伝いをしてやると言われていたんだ。だが私にはあまり向いてなかったようで、なかなか上手くいかなくて……」
大きな身体でしょんぼりしている。
提示された条件を満たさないまま出奔してやって来てしまったユーグレンを、薬師リコは渋々ながら弟子にしてくれたという。
「ただ、あまり長くリコ殿の元にもいられなかった。ファミリーの占い師が、私は旅に出たほうが吉と言い出したんだ。リコ殿からは旅先で環使いに会えたら習うよう厳命された」
「環使いって」
「私たち?」
揃って首を傾げたトオンとアイシャに、ユーグレンは力強く頷いた。
「いまカーナ王国にはルシウスさんがいるってご存知でしょう? 同郷人だしこれからお屋敷に行って……」
だが、ルシウスの名前を出すなりユーグレンが震え出した。額に冷や汗のようなものまで浮き出ている。
「で、できたらルシウス様ではなくアイシャ様にお願いできないだろうか?」
「どうしてです? 元々あなたはルシウスさんと親しかったのでしょ?」
不思議そうなアイシャに悪気はない。
そしてユーグレンから語られたのは、故郷アケロニア王国でのルシウスの魔王っぷりだった。
ルシウスは甥っ子の鮭の人だけではなく、彼やカズンといった王族の子供たちの体術、特に防御術の教師だったそうで、地獄の特訓を施されたそうな。
本気のルシウスの指導に、何度吐いて気を失ったことかと。
「さすがに私はまだ死にたくない……」
カズンとよく似た顔で項垂れるユーグレンに、アイシャもトオンも半信半疑だった。
「ルシウスさんってそんな厳しい人だっけ?」
「愉快で面倒見の良い人だと思うけど……」
ちょっとうっかり屋で空気の読めないところがあるが、アイシャもトオンも彼から厳格さを感じたことはなかった。
気遣いの方向がズレてることも多かったが個性の範疇だろう。
とはいえルシウスとの付き合いは彼のほうが長い。まだまだアイシャたちの知らないルシウスの側面があるのだろう。
「俺たちへのルシウスさんの指導は甘々だったんだなあ」
「本場の魔法魔術大国の修行、ちょっと興味あるわよね」
呑気に話していたら、ユーグレンが怖いくらい真剣な顔になって「そんな甘いものじゃない」と釘を刺してきた。
ルシウスの兄はもう何年も前、悪質な後妻親子のお家乗っ取りで毒殺されている。この話は以前、アイシャたちも本人から聞かされていた。
ルシウスが大好きだったという、リースト家の前当主だった兄の話だ。
その犯人の関係者は全員、犯行の判明後、家屋敷や敷地ごと聖剣によって蒸発させられている、と硬い口調で語られた。
「蒸、発……?」
「後には何も残らず更地になっていた。あの『魔王の審判』は未だに伝説になっている……。今のアケロニア王国では子供の悪戯を叱るときに『良い子にしてないと魔王が来るぞ』と言うぐらいで」
「「魔王って(笑)」」
「いや、本当なんだ。誇張もしてないし、笑いごとじゃないんだ!」
このときユーグレンから聞いたルシウスの魔王っぷりは、それから意外なことでアイシャたちも知ることになる。
さて、このような経緯でやってきたカズンの親戚ユーグレンを、どう扱ったら良いものか。
「カズンに連絡したほうがいいのかしら」
「いや、彼は自分の使命で手一杯のはずだ。心配かけさせたくない」
本人がそう言うのでアイシャたちは頷いた。
食堂で事情を聞いていて、冷めてしまったお茶を入れ直すことにした。
そしてまだ旅装も解いてなかったユーグレンの前にマグカップを置いた。
そのついでに、自然な仕草で椅子に座るユーグレンの胸元を指先でトンと突いた。
「はい、環覚醒ね。おめでとう」
「!?」
ユーグレンの胸元に光の円環が輝いている。
白い環は真紅の魔力を炎のように帯びていた。
※お助けキャラというよりお助けられキャラになっている……
※ルシウスの聖剣のお仕置き話はムーンライトノベルズ版の王弟カズンの冒険前夜、番外編「聖者の審判」にて。魔王?いいえ聖者です!
「薬師リコって、料理人のゲンジさんのお師匠様の?」
ゲンジはルシウスの古い友人で、レストラン・サルモーネのレシピ開発をしている飯ウマ料理人のことだ。
「ゲンジのオヤジさんまでここにいるのか!?」
名前を聞いて、ユーグレンが黒い目を見開いてびっくりしている。
その辺までは把握していなかったらしい。
薬師リコは円環大陸の北部を拠点にしている環使いで、聖女ロータスの直弟子にあたる有能な薬師だ。
「私とヨシュアは、カズンの敵から受けた虚無魔力の被害で長い間動けなかったんだ。その治療をしてくれたのがリコ殿だったのだ」
カズンだけが単独で旅に出ていた理由でもある。
それさえなければ、鮭の人もユーグレンもカズンに同行していた。
薬師リコは同じ環使いのアイシャやトオンからは、魔術師フリーダヤと聖女ロータスから始まる環ファミリーでの先輩になる。
世代的にルシウスやビクトリノ、それにゲンジと同列と聞いていた。
「元々、リコ殿からは環を発現できたなら弟子にしてやるし、国を出る手伝いをしてやると言われていたんだ。だが私にはあまり向いてなかったようで、なかなか上手くいかなくて……」
大きな身体でしょんぼりしている。
提示された条件を満たさないまま出奔してやって来てしまったユーグレンを、薬師リコは渋々ながら弟子にしてくれたという。
「ただ、あまり長くリコ殿の元にもいられなかった。ファミリーの占い師が、私は旅に出たほうが吉と言い出したんだ。リコ殿からは旅先で環使いに会えたら習うよう厳命された」
「環使いって」
「私たち?」
揃って首を傾げたトオンとアイシャに、ユーグレンは力強く頷いた。
「いまカーナ王国にはルシウスさんがいるってご存知でしょう? 同郷人だしこれからお屋敷に行って……」
だが、ルシウスの名前を出すなりユーグレンが震え出した。額に冷や汗のようなものまで浮き出ている。
「で、できたらルシウス様ではなくアイシャ様にお願いできないだろうか?」
「どうしてです? 元々あなたはルシウスさんと親しかったのでしょ?」
不思議そうなアイシャに悪気はない。
そしてユーグレンから語られたのは、故郷アケロニア王国でのルシウスの魔王っぷりだった。
ルシウスは甥っ子の鮭の人だけではなく、彼やカズンといった王族の子供たちの体術、特に防御術の教師だったそうで、地獄の特訓を施されたそうな。
本気のルシウスの指導に、何度吐いて気を失ったことかと。
「さすがに私はまだ死にたくない……」
カズンとよく似た顔で項垂れるユーグレンに、アイシャもトオンも半信半疑だった。
「ルシウスさんってそんな厳しい人だっけ?」
「愉快で面倒見の良い人だと思うけど……」
ちょっとうっかり屋で空気の読めないところがあるが、アイシャもトオンも彼から厳格さを感じたことはなかった。
気遣いの方向がズレてることも多かったが個性の範疇だろう。
とはいえルシウスとの付き合いは彼のほうが長い。まだまだアイシャたちの知らないルシウスの側面があるのだろう。
「俺たちへのルシウスさんの指導は甘々だったんだなあ」
「本場の魔法魔術大国の修行、ちょっと興味あるわよね」
呑気に話していたら、ユーグレンが怖いくらい真剣な顔になって「そんな甘いものじゃない」と釘を刺してきた。
ルシウスの兄はもう何年も前、悪質な後妻親子のお家乗っ取りで毒殺されている。この話は以前、アイシャたちも本人から聞かされていた。
ルシウスが大好きだったという、リースト家の前当主だった兄の話だ。
その犯人の関係者は全員、犯行の判明後、家屋敷や敷地ごと聖剣によって蒸発させられている、と硬い口調で語られた。
「蒸、発……?」
「後には何も残らず更地になっていた。あの『魔王の審判』は未だに伝説になっている……。今のアケロニア王国では子供の悪戯を叱るときに『良い子にしてないと魔王が来るぞ』と言うぐらいで」
「「魔王って(笑)」」
「いや、本当なんだ。誇張もしてないし、笑いごとじゃないんだ!」
このときユーグレンから聞いたルシウスの魔王っぷりは、それから意外なことでアイシャたちも知ることになる。
さて、このような経緯でやってきたカズンの親戚ユーグレンを、どう扱ったら良いものか。
「カズンに連絡したほうがいいのかしら」
「いや、彼は自分の使命で手一杯のはずだ。心配かけさせたくない」
本人がそう言うのでアイシャたちは頷いた。
食堂で事情を聞いていて、冷めてしまったお茶を入れ直すことにした。
そしてまだ旅装も解いてなかったユーグレンの前にマグカップを置いた。
そのついでに、自然な仕草で椅子に座るユーグレンの胸元を指先でトンと突いた。
「はい、環覚醒ね。おめでとう」
「!?」
ユーグレンの胸元に光の円環が輝いている。
白い環は真紅の魔力を炎のように帯びていた。
※お助けキャラというよりお助けられキャラになっている……
※ルシウスの聖剣のお仕置き話はムーンライトノベルズ版の王弟カズンの冒険前夜、番外編「聖者の審判」にて。魔王?いいえ聖者です!
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