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第三章 カーナ王国の混迷

トオン、環《リンク》とアイシャの考察

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「うーん……リンクは便利だけど、あんまり思い通りに機能してくれないよね」

 寝る前の日課で、古書店のカウンターに座ってトオンはこれまで使ってきたリンクの使い方をノートにまとめていた。

「元々適性のあるスキルは覚えやすいし、使いこなすための魔力もチャージしてくれる。けど目標達成や願望実現に使うにはかなりの癖がある」

 例えばルシウスから物事を実現するコツを聞いてから、アイシャもトオンも今後のカーナ王国が良い方向に導かれることをリンクを出して意図してきた。
 そのわりに、ほとんど結果が現れなかった。

 ところが先日、神殿に赴任してきた大神官アウロラから祈願時のポイントとして、個人的なことの前により広い世界や人々の幸福をまず願えと教えられて、認識が変わった。

 元々、リンクは我欲の欲望では動かない術式と言われている。
 特定の目的を定めて実現のためにリンクから魔力を引き出そうとしても、それが世界の理と一致しないと必要な力がやってこない。

 だから、本来とてつもないポテンシャルを秘めた術式でありながら、悪用はできない。

 そのせいで術者たちの力量が小さくまとまりがちな傾向もあるようだ。
 比類なき術でありながら、リンク使いには傑出した実力者が少ない。
 突出した能力者はやはり従来の旧世代魔力使いに集中している。

「難しいよな。だとすると、できる努力はリンクを出し続けることだけだ。そんで答えや魔力がリンクや世界から出てくるまで待つだけ。……こりゃ、そりゃあ国の王様や貴族たちが警戒するわけだよ。結局、個人の思い通りになんてならないってことだ」

 目的があっても過程や結果のコントロールができない。
 効果が受け身タイプなのだ。

 リンクは誰でも発現できる術式と言われていて、世に現れてから魔力使いの世界を旧世代と新時代に分断するほどのインパクトだったと言われている。

 ところが開発から八百年経った現在でも、魔力使いは旧世代が優勢のままだ。
 そして、王政国家は王侯貴族など特権階級ほど、リンクリンク使いたちを警戒している。

 トオンが聞いたところでは、あのカズンのアケロニア王国すら、魔法魔術大国と言われていながら、リンクは魔力使い養成に使用しないと何代も前に決定されていたそうだ。
 しかし偶然、王族のカズンがリンクを自然に発現させてしまい、それ以降は少しずつリンク使い手ユーザーが増えているという。

「円環大陸の国の王や代表の中に、リンク使いは公表されていない。リンクを開発した魔術師フリーダヤや聖女ロータスは人に指導するための教導スキルを持ってない。リンク使いの各ファミリーの構成員は多くて数十名……」

 リンク使いには大組織がない。
 アイテムボックスや転移術、転移装置などは個人の術者が開発して、各種ギルドを通して人々に提供しているに過ぎない。

「これって、リンクってやっぱり……」

 集団組織には向かず、個人の自己実現のための側面が大きいわけだ。



 実はアイシャがそろそろ限界だった。

 カーナ王家が倒れた後のアイシャを困惑させたのは、周囲がアイシャに対して、彼女を虐げた者たちに残酷な処罰を期待したことだった。

 既にカーナ王家は解体し、国は共和制への移行が決まった。

 クーツ王太子もその恋人のドロテア嬢も、前国王のアルターももういない。

 アイシャを直接虐げて心と身体を傷つけた者たちはほとんどが自滅している。

 それでもう終わりで良いと思っていたのに、周囲がまだまだこんなものでは済まされないといつまでも憤っている。
 先日など過激派の男爵が、他国に逃げた幼い王子とその母をついに追い詰めて凍死させてしまった。

『きりがないわ。はっきりそう言いたいけど、あまり人々を刺激したくもないし』

 彼らが好意で言ってくれているのがわかるだけに、辛いところだった。

「俺は皆の意見に賛成だよ。アイシャを苦しめた連中なんてとことん潰しちまえばいい。……けど、それは〝聖女様〟の御心に反するんだよなあ……」

 この国は円環大陸に数少ない聖女や聖女が必ず最低一人、属する国だ。
 トオンも、実母マルタが初代聖女エイリーだと判明する前はエイリーにも、当代聖女のアイシャにも国民として強く慕う気持ちがあった。

 だからこそ、まさか国を襲うスタンピードを解決してきたばかりのアイシャをクーツ王太子が婚約破棄して偽聖女と冤罪をきせて断罪し、追放までした事実に憤った。

 聖女の虐待を本人のメモ書きで知らしめた新聞記事『聖女投稿』があれほど大反響だったのは、大半の国民もトオンと同じだったからだ。

 だが、今のトオンには自制が効いている。

 カーナ王族を完全に潰そうとすると、先王の庶子トオンにも関わってくる。それもある。
 この辺の矛盾はアイシャの側にいる限り、ずっとトオンが抱えるべき煩悶でもある。

「俺は『聖女アイシャの世話役』だし、一応恋人なわけで。自分のことより、アイシャの気持ちに寄り添いたいと思うよ」

 その日の思索を日記にまとめ終えて、ぱたんと閉じた。




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