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第三章 カーナ王国の混迷
パン屋に来襲、綿毛の羽のドラゴン
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と話していると、皆のいるパン屋の駐車場に大きな影が落ちた。
「?」
美味しいパンとコーヒーで歓談していたアイシャたちが顔を上げると、何とそこには。
ギャオーン!
「「「!????」」」
真っ白の羽毛に覆われたドラゴンがいた。
大きさはパン屋の屋根ほど。なぜか翼だけが透明で、広げた翼からは冬の薄い陽光がキラキラと透けている。
「ど、ドラゴン? 何でこんな街中に!?」
慌てて騎士たちが剣を抜いて構えた。
だがアイシャが彼らの前に腕を伸ばして押し留めた。
「必要ないわ。私が今もこの国に張ってる結界は、外から邪悪なものを侵入させない」
「で、ですがドラゴンがっ」
「あら、驚かせたみたいね。悪かったわ」
聞き覚えのある冷静な少女の声がする。
と同時に、ポンっと音を立てて真っ白のドラゴンが消失した。
「ピュイッ」
いや仔犬サイズに小型化して、その場の宙に浮かんでいた。
真っ白で見るからにふわふわ柔らかそうな羽毛を全身に持ち、ガーネット色の深みのある、大きく丸い目をした愛らしいドラゴンだった。
小型化したからか、腹部が幼体のようにぽんぽんふっくら膨れていて丸っこい。
背中の翼はガラスのように透明だったが、細い血管が張り巡らされていて、装備などではなく自前の翼であることがわかる。
「ジューア様。街中でドラゴンに乗るのは皆を驚かせてしまいます。ご自重ください」
「はいはい、わかったわよ」
カーナ王国に滞在中の神人ジューアだった。
青銀の腰まである長い髪を翻らせ、白いワンピースと、毛皮のポンチョコートを羽織った麗しの美少女である。
「おや、ルシウスさんのお姉さんじゃないか。焼き立てパンあるよ、どう?」
「おすすめは? 軽めのやつがいいわ」
「今朝はクリームパンかな」
「甘すぎるのは苦手なの」
「うちのクリームパンは甘いの嫌いな男どもでも大好きだよ」
「じゃあそれ、ひとつ」
「毎度あり!」
コートの上から提げていた革のポシェットから財布を取り出して支払っていた。
「お金持ってたんだ、ジューアさん……」
いつも弟のルシウスが払っていたから、てっきり手ぶらかと思っていたトオンだ。
神人というぐらいだから浮世離れしているかと思えば、案外そうでもない。
ささっとトオンがセルフサービスのコーヒーを紙コップに入れて、アイシャはジューアをストーブのあるテーブルへ促した。
周りの人々は、突然ドラゴンに乗って現れた美少女の様子を窺っている。
「む。美味しいわね」
小さな口でクリームパンを一口。
この店のは最初の一口目からクリームぎっしりなのが嬉しい。
手作りのカスタードクリームは全卵と牛乳で作った柔らかなタイプで、ほんのりバニラビーンズが香る優しい味がする。
とそこへ、遠くから駆けてくるグレーのロングコート姿の麗しの男前の姿があった。
「姉様! まだ周知させてないドラゴンを乗り回すのはやめてくださいとあれほど言ったのに!」
「うるさい」
口に半分食べかけのクリームパンを突っ込まれ、喉に詰まらせて悶えるルシウス。
慌ててアイシャが手持ちのコーヒーを差し出すと、一気に飲み干して喉に詰まったパンを流し込んだ。
ようやく一息ついたところで、皆に頭を下げた。
「姉が! 姉が申し訳ない!」
「あ、いや……うん、驚いたけど大丈夫、うん」
「姉弟だって? ルシウスさんが兄じゃなくて?」
「でもよく似てるなあ~。美人姉弟!」
ともあれ、全力疾走して姉を追ってきたルシウスが落ち着いたところで、白い羽毛のドラゴンが紹介された。
仔犬サイズに変化して浮いていたドラゴンをひょいっと大きな片手で掴んで、
「この竜は綿毛竜という竜種で。賢く優しい種族なので人間に危害を加えることはありません、安心してください」
「名前はあるのかい?」
「ユキノと言います。私の随獣でね。見かけたら声をかけてやってください、喜ぶので」
よくよく見ると、首元に名前の刻印されたタグが見える。
「ピゥ……」
その綿毛竜ユキノは、羨ましそうに皆が食べているパンを見ている。
「ユキノ君は草食だから人間の食べるパンはお腹を壊してしまうぞ?」
「アップルパイの仕込みで出た皮や芯ならあるよ。食べるかい?」
「ピュアッ(おねがいします! リンゴだいすき!)」
「「「ん?」」」
ドラゴンの鳴き声に重なるように頭の中で響いた声に、皆は首を傾げた。
「綿毛竜は知性の高い竜種でな。信頼関係を築いた相手とは意思の疎通が取れるのだ」
「信頼関係って……」
「ごはんをくれたらもうお友達ってことかねえ」
笑いながらミーシャおばさんが、ボウルに入ったリンゴの皮や芯を持ってきた。
新鮮なのか、まだほとんど変色もしていないそれに、綿毛竜は喜んで飛びついた。
ひらり、と竜の身体から小さな羽毛が数枚落ちた。
それを拾ってトオンが陽に透かした。
ふんわりした真っ白い羽だ。
「アイシャ、さっき言ってたローブの素材の羽竜って」
「このドラゴンと同じ……かしら。私も実物を見たのは初めてだわ」
しゃくしゃくと嬉しそうにリンゴの皮を齧るユキノをもふるルシウスを見ると、頷きを返された。
「綿毛竜は分類上、羽竜で間違いない。それがどうかしたのか?」
「アイシャの使ってた聖女ローブの素材が羽竜の羽毛だったんですって」
話を聞き終わったルシウスが、ユキノに何やら話しかけている。
仔犬サイズの真っ白なドラゴンは、ふんふんと興味深そうに話を聞いている。
「ピューイッ(換毛期に抜けた羽ならあげてもいいよ!)」
「春と秋の終わり、年に二回ある。……新しいローブが作れるぐらい出るぞ?」
もふっとどっさり。
ルシウスは毎年、ユキノと番や子供たちから大量に出る抜けた羽毛を詰めた枕を作らせて、家族や親しい者たちに配っているそうだ。
安眠が約束された超高級枕である。
「朝ごはんにミーシャおばさんの美味しいパンで英気を養って……今日も頑張ろうか、アイシャ」
これから例の共和制実現会議なのだ。
「あ、忘れてた。あたし、調理師ギルドの製パン部門のまとめ役になったんだよ。神殿での祈願のご利益がさっそく出たみたいでさ」
「すごい出世じゃないか、ミーシャおばさん!」
ルシウスやジューア姉弟と一緒に綿毛竜の背に乗ろうとしたところを呼び止められ、めでたい話を聞かされた。
「でしょ? そんで、製パン部門の皆で会合したとき酵母の話になってさ。聖女様に新しい聖別酵母の開発依頼をしてもいいか聞いてくれって言われてて」
「喜んでさせてもらうわ。美味しいパンやお菓子が増えるのは皆も喜ぶでしょうし」
ミーシャおばさんからの打診はそのまま受けることにした。
それを知った調理師ギルドの醸造部からは酒や調味料の新酵母開発も頼まれることに。
更に酪農部からは、カマンベールチーズやブルーチーズなどのカビを使ったチーズ製品用の酵母まで、どんどん芋づる式に依頼が増えた。
※本作でもようやくユキノ君を出せました😃
初出は「家出少年ルシウスNEXT」の後半あたり~
「?」
美味しいパンとコーヒーで歓談していたアイシャたちが顔を上げると、何とそこには。
ギャオーン!
「「「!????」」」
真っ白の羽毛に覆われたドラゴンがいた。
大きさはパン屋の屋根ほど。なぜか翼だけが透明で、広げた翼からは冬の薄い陽光がキラキラと透けている。
「ど、ドラゴン? 何でこんな街中に!?」
慌てて騎士たちが剣を抜いて構えた。
だがアイシャが彼らの前に腕を伸ばして押し留めた。
「必要ないわ。私が今もこの国に張ってる結界は、外から邪悪なものを侵入させない」
「で、ですがドラゴンがっ」
「あら、驚かせたみたいね。悪かったわ」
聞き覚えのある冷静な少女の声がする。
と同時に、ポンっと音を立てて真っ白のドラゴンが消失した。
「ピュイッ」
いや仔犬サイズに小型化して、その場の宙に浮かんでいた。
真っ白で見るからにふわふわ柔らかそうな羽毛を全身に持ち、ガーネット色の深みのある、大きく丸い目をした愛らしいドラゴンだった。
小型化したからか、腹部が幼体のようにぽんぽんふっくら膨れていて丸っこい。
背中の翼はガラスのように透明だったが、細い血管が張り巡らされていて、装備などではなく自前の翼であることがわかる。
「ジューア様。街中でドラゴンに乗るのは皆を驚かせてしまいます。ご自重ください」
「はいはい、わかったわよ」
カーナ王国に滞在中の神人ジューアだった。
青銀の腰まである長い髪を翻らせ、白いワンピースと、毛皮のポンチョコートを羽織った麗しの美少女である。
「おや、ルシウスさんのお姉さんじゃないか。焼き立てパンあるよ、どう?」
「おすすめは? 軽めのやつがいいわ」
「今朝はクリームパンかな」
「甘すぎるのは苦手なの」
「うちのクリームパンは甘いの嫌いな男どもでも大好きだよ」
「じゃあそれ、ひとつ」
「毎度あり!」
コートの上から提げていた革のポシェットから財布を取り出して支払っていた。
「お金持ってたんだ、ジューアさん……」
いつも弟のルシウスが払っていたから、てっきり手ぶらかと思っていたトオンだ。
神人というぐらいだから浮世離れしているかと思えば、案外そうでもない。
ささっとトオンがセルフサービスのコーヒーを紙コップに入れて、アイシャはジューアをストーブのあるテーブルへ促した。
周りの人々は、突然ドラゴンに乗って現れた美少女の様子を窺っている。
「む。美味しいわね」
小さな口でクリームパンを一口。
この店のは最初の一口目からクリームぎっしりなのが嬉しい。
手作りのカスタードクリームは全卵と牛乳で作った柔らかなタイプで、ほんのりバニラビーンズが香る優しい味がする。
とそこへ、遠くから駆けてくるグレーのロングコート姿の麗しの男前の姿があった。
「姉様! まだ周知させてないドラゴンを乗り回すのはやめてくださいとあれほど言ったのに!」
「うるさい」
口に半分食べかけのクリームパンを突っ込まれ、喉に詰まらせて悶えるルシウス。
慌ててアイシャが手持ちのコーヒーを差し出すと、一気に飲み干して喉に詰まったパンを流し込んだ。
ようやく一息ついたところで、皆に頭を下げた。
「姉が! 姉が申し訳ない!」
「あ、いや……うん、驚いたけど大丈夫、うん」
「姉弟だって? ルシウスさんが兄じゃなくて?」
「でもよく似てるなあ~。美人姉弟!」
ともあれ、全力疾走して姉を追ってきたルシウスが落ち着いたところで、白い羽毛のドラゴンが紹介された。
仔犬サイズに変化して浮いていたドラゴンをひょいっと大きな片手で掴んで、
「この竜は綿毛竜という竜種で。賢く優しい種族なので人間に危害を加えることはありません、安心してください」
「名前はあるのかい?」
「ユキノと言います。私の随獣でね。見かけたら声をかけてやってください、喜ぶので」
よくよく見ると、首元に名前の刻印されたタグが見える。
「ピゥ……」
その綿毛竜ユキノは、羨ましそうに皆が食べているパンを見ている。
「ユキノ君は草食だから人間の食べるパンはお腹を壊してしまうぞ?」
「アップルパイの仕込みで出た皮や芯ならあるよ。食べるかい?」
「ピュアッ(おねがいします! リンゴだいすき!)」
「「「ん?」」」
ドラゴンの鳴き声に重なるように頭の中で響いた声に、皆は首を傾げた。
「綿毛竜は知性の高い竜種でな。信頼関係を築いた相手とは意思の疎通が取れるのだ」
「信頼関係って……」
「ごはんをくれたらもうお友達ってことかねえ」
笑いながらミーシャおばさんが、ボウルに入ったリンゴの皮や芯を持ってきた。
新鮮なのか、まだほとんど変色もしていないそれに、綿毛竜は喜んで飛びついた。
ひらり、と竜の身体から小さな羽毛が数枚落ちた。
それを拾ってトオンが陽に透かした。
ふんわりした真っ白い羽だ。
「アイシャ、さっき言ってたローブの素材の羽竜って」
「このドラゴンと同じ……かしら。私も実物を見たのは初めてだわ」
しゃくしゃくと嬉しそうにリンゴの皮を齧るユキノをもふるルシウスを見ると、頷きを返された。
「綿毛竜は分類上、羽竜で間違いない。それがどうかしたのか?」
「アイシャの使ってた聖女ローブの素材が羽竜の羽毛だったんですって」
話を聞き終わったルシウスが、ユキノに何やら話しかけている。
仔犬サイズの真っ白なドラゴンは、ふんふんと興味深そうに話を聞いている。
「ピューイッ(換毛期に抜けた羽ならあげてもいいよ!)」
「春と秋の終わり、年に二回ある。……新しいローブが作れるぐらい出るぞ?」
もふっとどっさり。
ルシウスは毎年、ユキノと番や子供たちから大量に出る抜けた羽毛を詰めた枕を作らせて、家族や親しい者たちに配っているそうだ。
安眠が約束された超高級枕である。
「朝ごはんにミーシャおばさんの美味しいパンで英気を養って……今日も頑張ろうか、アイシャ」
これから例の共和制実現会議なのだ。
「あ、忘れてた。あたし、調理師ギルドの製パン部門のまとめ役になったんだよ。神殿での祈願のご利益がさっそく出たみたいでさ」
「すごい出世じゃないか、ミーシャおばさん!」
ルシウスやジューア姉弟と一緒に綿毛竜の背に乗ろうとしたところを呼び止められ、めでたい話を聞かされた。
「でしょ? そんで、製パン部門の皆で会合したとき酵母の話になってさ。聖女様に新しい聖別酵母の開発依頼をしてもいいか聞いてくれって言われてて」
「喜んでさせてもらうわ。美味しいパンやお菓子が増えるのは皆も喜ぶでしょうし」
ミーシャおばさんからの打診はそのまま受けることにした。
それを知った調理師ギルドの醸造部からは酒や調味料の新酵母開発も頼まれることに。
更に酪農部からは、カマンベールチーズやブルーチーズなどのカビを使ったチーズ製品用の酵母まで、どんどん芋づる式に依頼が増えた。
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