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第三章 カーナ王国の混迷

投稿記事「聖女アイシャへの懺悔」

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 クーツ王太子の婚約者時代、誰も彼もがアイシャを貶め虐げたわけではない。
 首謀者のクーツ王太子や恋人の公爵令嬢ドロテア、彼らの取り巻きの貴族たちが中心だ。

 聖女とともに国境近くに向かう騎士団や兵団の将校、騎士、兵士たちはむしろアイシャの境遇に憤り、同情的だった者が多い。
 もしアイシャが魔物の大侵攻スタンピードを殲滅した後、将校の誰か一人でも一緒に連れて王都に帰還していたなら、クーツによるアイシャへの偽聖女の断罪や追放はなかったかもしれない。

 王都の王城内では、アイシャを虐げ敵視するクーツ王太子派閥が中心だったが、聖女を虐げる彼らに反発している派閥も当然あった。
 宰相などは現場を見かけるたび、冷静に彼らを嗜める立場だった一人だ。

 多数の者は中立派だった。
 アイシャを虐げることもしない代わりに、それを諌めることもせず傍観するだけの者たちだ。

 最近、新聞にある匿名の投稿記事が掲載された。
 王城務めの文官によるもので、タイトルは『聖女アイシャへの懺悔』。
 王城内でアイシャが王太子の取り巻きたちに囲まれ、理不尽な言いがかりをつけられている場所を通りかかったときのことが記されている。
 彼は集団に一礼してすぐ通り過ぎたが、そのとき詰られているアイシャの茶色の瞳と目が合った。
 飴玉のように透明感のあるその茶色の虹彩が、やけに印象に残ったのだそうだ。



『聖女アイシャは私に助けてくれとも何も仰らなかった。
 たとえ言われたとしても、一文官に過ぎない私に何ができただろう。

 だが、あのとき確かに私は彼女を見捨てた。
 彼女が自分より年上で背も高い貴族の男たちに囲まれ困惑し、手を上げられやしないかと震えているあの場面で、彼らの気を逸らすことすらしなかった。』


『聖女アイシャの目はいまだに私の中に焼き付いている。
 私はあのとき、自らを誤魔化し、国を護る聖女を見捨ててしまった』


『今さら懺悔など遅いと自分でも思う。
 だが、どうしてもこの胸の内の重苦しさを吐き出したかった。

 聖女アイシャよ、どうかこの愚かな男を許し給え』



 先を越された、とミズスィーマ氏は新聞を握り締めて震えた。
 今朝の商会の事務所では、商会員たちがちらちらと彼を見てきたのだが、この新聞記事を先に見て知っていたせいだろう。

(お前は懺悔しないのかと。そう言いたいのか)

 この記事の後でミズスィーマ氏が聖女アイシャに謝罪する手紙を投稿しても二番煎じになるだろう。
 『あの記事が出たからあいつも慌てて書いたのだ』と人々は思うはずだ。

 この事態をルシウスに相談したかったが、彼がミズスィーマ氏の元に来ることはなかった。大通りに出店した自分の店にかかりきりのようだ。
 何より、彼の助言は『聖女アイシャに謝罪し、懺悔を新聞投稿せよ』だ。
 書きかけの手紙があるとはいえ、まだ投稿も何もしていない。なのに先を越されてどうしたらいいかわからないなどと相談するのは、ミズスィーマ氏の矜持が許さなかった。

 重苦しい気分がつきまとって、気分がどんどん沈み込んでいった。

 このまま自分は低迷したまま人生を終わるのだろうか、とミズスィーマ氏が沈みながら街を歩いていたのは新聞に『聖女アイシャへの懺悔』が掲載された翌日だった。

 そこで何と、街中でばったりアイシャ本人と遭遇することになろうとは。


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