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第二章 お師匠様がやってきた

番外編1前編

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※全2話、タイトルは後半にて
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 以前、カズンがトオンの古書店の赤レンガの建物に滞在していたとき、アイシャの恩人でもある聖者ビクトリノを招いて焼き鳥を振る舞ったそうな。

「あの褐色のタレを付けて焼いた焼き鳥、美味かったよなー」
「ショウユ、だったかしら? 珍しい調味料だったわよね。カズンの手持ちの調味料だったとかで」

 いつもの食堂で雑談しているとき、カズンが作った料理の話になった。
 話をしたところ、その焼き鳥なる料理は、カズンの料理の師匠である麗しの男前ルシウスから伝えられたものだったことが判明する。

「醤油は大豆を塩に漬けて発酵させたものでな。異世界からの転生者が持ち込んだものと言われている」

「「異世界からの転生者?」」

 これは初めて聴く話だ。

「たまにいるんだ。我々のいるこの世界の外に、また別の世界があって。そこで暮らしていた人間の魂がこの世界に生まれ変わるとき、前の人生での記憶を持ち越していることがある」
「まさか」
「カズンもその転生者だったり?」

 ルシウスは頷いた。

「ちょうど、醤油を使う米食文化圏の出身だったらしい。まあもっとも、朧げな記憶があるぐらいで、食の好みが前世に引き摺られているぐらいの影響しかなかったようだが」

 次にカズンに会えたときは、ぜひその話も聞いてみたいものだった。



 カーナ王国では、チキンスープをよく作って飲む。
 畜産の養鶏が盛んで、卵も肉も国民の貴重なタンパク質だ。

「卵を産まなくなった年取った鶏は安いんだよね。廃鶏っていうんだけど。肉は固いけどスープの出汁にする分には問題ないから」

 とトオンから話を聞いて、さっそく彼やアイシャと市場に出てきたルシウスだ。
 廃鶏の肉の使い方ならルシウスも心得ている。

「私の故郷の領地も養鶏をやっていてな。最近では便利な濃縮スープも開発していて」
「へえ~。鮭だけじゃないのねえ」

 廃鶏は確かに安かった。
 皮をむしって内臓を取り除くなど下処理したもの一羽で、通常の鶏の約半分の値段しかしない。
 試しに三羽購入し、他に夕飯と明日の朝食の材料になりそうな野菜類も買って帰路につくことに。



 安かった廃鶏三羽のうち、二羽分は魔法樹脂に封印して保存。
 残りの一羽はせっかくなので、カズンが作ったという焼き鳥にしてみることにした。

「む。やはり固いな」

 平飼いの上に、卵を産まなくなった老いた鶏の肉だ。皮を剥いで骨から肉を削ぐ時点で、ふつうの鶏と比べて明らかに指で触る肉質が固い。
 これだと、普通に肉を切って焼いただけだと固過ぎて食べにくいだろう。

「どうする? ルシウスさん」
「調味液に漬け込ん柔らかくしても良いだろうが、今回はミンチにしてみようか」

 生姜があったので、ざっとすりおろして、ミンチにした鶏肉に、ネギリーキのみじん切りや塩少々と一緒に混ぜ込んだ。

「これを小さなハンバーグのように丸めて串に刺して焼くのだが……」
「串、数が足りないわ。買ってくる?」
「いや、足りない分は骨を串代わりに使おう」

 後でスープストック用に使おうと取っておいた鶏の骨を串に見立てて、軽く捏ねてあった鶏肉ミンチを楕円に細長く成形して差し込んでいく。
 アイシャも見よう見真似で鳥のつくねを作っていく。まだ作業にぎこちなさはあるが、調理スキルを獲得しただけあって失敗などはなくなっていた。

「これを油を引いたフライパンで両面焼いて、タレを絡めるわけだ」

 厨房の冷蔵庫の中には、カズンの置き土産と思しき醤油の瓶が入っていた。
 アイシャもトオンも気になってはいたが、聞けばカーナ王国にない調味料なので使い方がわからず放置状態だったらしい。

「醤油、ライスワイン、それにみりんという餅米で甘く作った酒を同量混ぜておく」

 ライスワインはカーナ王国にも嗜好品として他国からの輸入品で流通している。
 みりんはアイシャは知らなかったが、これまたカズンの置き土産が残っていた。

 つくねを焼いているフライパンへ、タレの合わせ調味料を投入。
 じゅわーと醤油入りの合わせ調味料が一気に沸騰していく。この時点でもう美味しいのが丸わかりの良い匂いがする。

 あとは煮詰めながらつくねに絡めていく。



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