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第二章 お師匠様がやってきた

続・聖女投稿

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 結局、ひとりで抱え込み続けることができなかったトオンは、ひとつの行動に出た。

 聖女投稿と同じカーナ王国新聞社に、自分の胸の内の混乱と憤り、怒り、やるせなさなどを投稿したのだ。

 初代聖女エイリーの建国期から500年後の現在に至るまでの足跡を、功績も被害も引っくるめて、庶民にもわかりやすいようにまとめ上げたものに添えて。
 ここで初めて、国民は初代聖女エイリーが現代までリアルに生き続けていた真実を知ることになる。

 その上で、新聞の読者である国民に問うた。


『私にはどうしても、母であった初代聖女エイリーを許容することができない。

 確かに私は聖女の息子とはいえ聖者ではない。
 彼女の見ていた世界や境地も想像するだけのものでしかなく、自分勝手な義憤に駆られているだけかもしれない。

 ただ、どうしてもこの胸にやるせなさと、つかえが取れず、今も苦しんでいる。

 どうか読者諸賢の賢明なるご意見を賜りたく思い、今回このような手紙を投稿することとした』



 数回に分けられて新聞掲載されたこの投稿が何と、聖女投稿に匹敵する反響を巻き起こした。
 国王夫妻が退位してカーナ王国が共和制に移行することが発表されて以降、目立った国内の出来事がなかっただけに、国民の関心は一気に掻き立てられた。

 一週間もしないうちに、トオンには新聞社から読者より届いた多くの手紙が送られてきた。

 また近所の人々も新聞を見て、次々とトオンのもとへ来るようになった。
 いつもお世話になっているクールなパン屋のミーシャおばさんまで、朝一の焼き立てパンを売り切った後で興奮したように古書店へやってきたのだから余程のことだ。

「ルシウスさんから話は聞いてたけど、本当にマルタさんが初代聖女のエイリー様だったんだね。確かにマルタさんがうちにお茶飲みに来ると不思議なことがたくさん起きるなあって思ってたんだよね!」

 新聞には、初代聖女エイリーが王宮の下女マルタであったとも、その息子が王都南地区の古書店店主トオンであるとも書かなかった。
 もちろん、自分が先代国王アルターのご落胤であるとも、廃嫡されたはずのクーツ王子の身代わりとなって即位していた者だとも書いていない。

 あくまでも『聖女投稿の清書人』という匿名投稿の体裁を崩さないままだ。
 人々は、あの『聖女投稿』の清書・代理人が、まさか現代まで生き続けた初代聖女エイリーの息子だったことにも衝撃を受けた。

 だがご近所さんたちからすれば、元々トオンと退位した“クーツ国王”が同一人物だと薄々気づいていた者たちが多いので今さらだった。



 この事態に呆気に取られたのはルシウスとアイシャだ。

「確かに、メモに書いてみたらとは言ったが……まさか本当に聖女投稿の続編にするとは」
「自分だけじゃ抱えきれなかったのね。トオン」

 アイシャやルシウスだと、聖女聖者として出来の良い清潔な見解を出しがちだった。
 どんな苦境も、すべて俯瞰できるほど自分を大きくさせれば良いのだが、苦しんでいるトオンが聞きたかったのはそんなお綺麗な話ではなかったということだ。

「わかってはいたけど、ねえ?」

 古書店の大して広くもないフロアの床に、木箱が積まれている。
 大人の男がやっと抱えられるサイズの木箱には、みっしりと『聖女投稿の清書人』宛の手紙の束が詰まっている。

 トオンは“続・聖女投稿”が新聞に掲載されてからというもの、ずっと古書店に出ていて、朝から晩までやってくる来客対応に追われていた。
 ほとんどはご近所さんや同じ南地区の住人だが、彼らから話を聞いた他区の住民や、王都以外の都市からやってきた者たちも多い。
 今も、熱狂的に新聞記事について語る来客の対応をしている。

 アイシャたちは食堂のほうから、こっそりそんなトオンを見守っているのだった。



「このままだと認識阻害、剥がれちゃいそう」

 アイシャは自分たちと、トオンの古書店の赤レンガの建物に認識阻害の魔法をかけている。
 街に出れば聖女アイシャと認識されるが、日々生活している中ではどこにでもいる庶民に見えるような類のものだ。

 だが、それもトオンが再び聖女投稿を新聞に掲載したことで、人々の意識の力のほうが強くなってしまって効きにくくなっている。

「では、この建物を出たら認識阻害が再作用するように少々強化しておこう」

 元々、ここ南地区の人々はアイシャがあの聖女にして元王妃のアイシャだと知りながらも、見て見ぬふりをしてくれていた心ある人々が多かった。
 簡易な認識阻害の補強だけで十分だろう。

 人々は、古書店の店主が『初代聖女エイリーの実の息子』だと当たりをつけてやってきている。
 トオンと会話して満足し、赤レンガの建物を出て少ししたら、古書店の位置と店主の実態が本人の中でボヤけていくよう、認識阻害を上書きすることにした。
 この客たちは、本来の古書店の客ではないから、次がなくても売上とは関係がない。
 実際、来てトオンと話して自分の知りたいことだけを質問して帰っていく者が大半で、ほとんど売上に貢献していなかった。



「アイシャ?」

 しばらくトオンを見つめていたアイシャは、ふいっとトオンから視線を外して厨房へ向かった。

 トオンが新聞投稿して以来、ここ最近は三人でゆっくりお茶を飲む時間もない。
 食事こそ食堂で取っているが、トオンは朝は急いで掻っ込んでいつもより早い時間に古書店を開けに古書店フロアに向かってしまうし、昼は来客対応で抜きがち。
 夕飯も短時間で食べ終えて、すぐ自室に引っ込んでしまう。日々大量に届く読者からの手紙に目を通しているようだ。

 ということは、アイシャは彼とデートもできないということだった。

「ルシウスさんからのお菓子課題に集中するわ。トオンが忙しいなら時間ができてちょうどいいもの」
「素直に寂しいと伝えればいいのに」
「……ちょっとだけね」

 喧騒が落ち着くまでの間に、美味しいお菓子を作れるよう練習して気を紛らわせることにしたアイシャだった。



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