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第二章 お師匠様がやってきた

宰相に聞いた初代聖女の話

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 初代聖女エイリーの話題を出すとトオンが使い物にならなくなるので、彼女絡みの調査はアイシャとふたりで行っていたルシウスだ。
 自分とていつまでカーナ王国にいられるかわからない。
 一緒に暮らしている間に、感情の問題に端緒を開いてやれたらと思っていた。

 初代聖女エイリーについては、実はアイシャも、実の息子のトオンも、国民が一般的に知る以上のことは詳しくなかった。
 ふたりに対して彼女が見せていたのは、老婆の下女マルタの姿だったためである。

 それでもアイシャのほうは、歴代の聖女聖者から伝わる四つ葉のブローチ型の魔導具に記憶されていた情報で、ある程度の実像を把握している。
 それ以外のこと、特に客観的な視点から見た初代聖女エイリーのことをルシウスは知りたかった。



 そこでアイシャが紹介してきたのは、前国王アルター、そしてクーツ元王太子に扮して即位したトオンの宰相だった人物だ。

 名前をルーファス・ベルトランという。

 建国期から代々宰相職や王族の側近を務めている侯爵で、年は七十代と高齢。髪も、長い顎髭も真っ白だ。
 見た目から受ける印象は、『穏やかながら切れ者』といった感じだろうか。

 既にカーナ王国は王政国家から共和国制へと転換することが決定している。
 その中核人物のひとりとして、まだ王宮に留まって、革命派の人物と新しい国家の方針策定に動いているという。

 そしてこのルーファスのベルトラン侯爵家こそが、500年前に初代国王から初代聖女エイリーを『下げ渡し』された家だった。
 それだけあって、彼のベルトラン侯爵家にはカーナ王家とは違った建国期の真実を現在まで伝えてきている。

 ベルトラン侯爵家が伝える初代国王トオンと聖女エイリーの話は、一般の国民には知られていないエピソードが満載だった。



 エイリーが後の建国の祖トオンと出逢ったのは、トオンがまだ少年の頃だったらしい。
 他国を追われてきたトオンとその一族が、聖女エイリーと偶然出くわした。
 エイリーはその頃、現在王都のある地域で、地下にある邪悪な古代生物から発せられる魔力や穢れで調子を崩す人たちを自分の修行を行う傍ら、聖なる魔力や自分の創る魔導具で助けていたという。

 最初、エイリーはトオンを弟のように思って世話を焼いていた。
 後にトオンが成人したとき、彼は聖女で魔導具師でもあったエイリーの奉仕の姿勢に、最初は本気で惚れ込んでいたらしい。

 ただ、彼女は文盲で、しかも自分のやりたいことを優先させる性質のため、王妃としての資質が決定的に欠けていた。
 これでは国体の安定維持にかえって邪魔な女だと判断したトオンは、離縁して彼女を保護できる信頼できる臣下に下げ渡し、新たに他国の姫を娶り直した。

 当時のベルトラン家当主は初代国王の幼馴染みから側近になった男で、そんな二人の関係を最も近くから見ていた人物の一人という話だった。



 宰相は高齢ながら忙しい男だったが、アイシャが連絡を入れると自宅のほうで面談の時間を取ってくれた。
 そこで、建国期からの資料のある当主の執務室で、主だった話を聞かせてもらうことになった。

 ルシウスの疑問はただひとつ。
 なぜ、初代国王トオンは、初代聖女エイリーに寄り添わず、彼女を利用するだけで不当に扱ったのか?

「我が家に伝わる伝承では、聖女エイリーは文盲だったそうです。文字が書けない、読めない。それでは王妃として国王の国政を助けられない。聖女ではあっても王妃の品格はなかった。それが初代聖女エイリーだと」

 文盲のまま育った者が大人になった後で文字を覚えるのはとても難しい。
 それでもエイリーは後に、何とか努力して必要な読み書きだけは覚えただろうことが、本人の遺している日記や手紙からわかる。

「それに、本人は魔導具師でもありましたが、初代国王トオンの好む武具の形では一切作らなかったのですよ。ほとんどが、そう、そういった髪留めやブローチなど庶民の好むような装飾品ですね」

 と今はアイシャの黒髪を留めている、透明な魔法樹脂やフローライトの緑の石の嵌った髪留めを指差す。
 元婚約者だったクーツ王太子に奪われ売り払われたものだったが、魔女でもあった元王妃ベルセルカの働きによって無事回収できたもののうちの二つだ。

「初代国王陛下は、王の権威を示す宝剣の作成を依頼したようなのですが、聖女エイリーは己が聖女であることを理由に、人を傷つける武器の作成は無理だと断ったそうですよ。そういう意見の相違から、初代国王は彼女に見切りを付けたと」

 宰相ルーファスからは、彼の家に建国当時から伝わる、初代国王の側近だった祖先本人の日記を見せてもらうことができた。
 500年前の日記だが、状態保存の魔法がかけられているらしく、冊子も特に崩れてはおらず、中に書かれたペンのインクも鮮やかだ。それが十数冊。
 ルシウスが知りたかった内容はあらかじめ宰相側に伝えてあった。
 日記には、その箇所に宰相家の者が付箋を貼ってくれている。
 付箋の部分だけまず内容をざっと読んで、ルシウスは何ともいえない顔になった。

「これはトオンには伝えぬほうがいいな」

 いつか本人が母親のことを詳しく知りたいと思ったときは、渡してやってほしい。
 そう宰相に頼んで、ルシウスはアイシャとともに宰相宅を辞した。



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