上 下
26 / 44

ご主人様へまっしぐら!(※ユキレラ的に生き別れの兄ちゃん1号の兄伯爵様と!)

しおりを挟む
 スラム街へと向かう馬車の中で、ユキレラはご主人様の兄、リースト伯爵のカイルから書類の束を渡された。

「『ユキレラ報告書』……えっ、こ、これは!?」
「身上調査をせずに、子爵のあいつの側に他人を置けるわけがない。お前のことは、我がリースト伯爵家の調査員が調べ上げている。……最後の数枚を見てみろ」
「は、はい」

 慌てて言われた通りに書類を後ろからめくってみると、そこにはユキレラがど田舎村を出奔してからの、義妹アデラの足跡が追加資料として簡潔にまとめられている。

「アデラ……あいつ、いま王都にいるんですか」
「どうやらお前を探しに来たらしいな」
「探しにったって……」

 義妹アデラはユキレラを探すため、労働者ギルドのネットワークでユキレラの行方を照会したらしい。
 その後、たちの悪いゴロツキたちと意気投合してユキレラを見つけ次第、拉致する計画を立てたと報告書には書かれている。

「男娼館にオレを売り飛ばすって……そんな馬鹿な」

 ユキレラは報告書の内容が信じられず、思わず二度見、三度見してしまった。
 だが、報告書には「アデラの発言」として記入されている。



「ルシウスも当然、この報告書のことを知っている。我が家の調査員を使ったのはあいつだし、許可を出したのはこのオレだ」
「……はい」


(もう即座に土下座して、迷惑かけてすまね、許してけんろって言いたいけんどもおおおお!)


 何となくこのご当主様には、口数は多くないほうが良い気がするユキレラだった。
 大人しく聴き役に徹していれば必要なことを話してくれそうな感じもする。

 顔はルシウスにそっくりだ。
 ということは、ユキレラともよく似ている。むしろ違うところは装束と髪型ぐらいか。
 ユキレラは青みがかった銀髪を切りっぱなしで整髪料も付けていないが、カイル伯爵はビシッと前髪を後ろに撫で付けていて、しかも何だか良い匂いがする。

 ぱっと見、とても冷たい印象の男だし、以前ルシウスを殴ったところを見てしまったユキレラは正直許したくないところだ。
 だが、こうして弟ルシウスの危機に慌てて駆けつけようとするところを見ると、見た目ほど冷たいお人ではないのかもしれない。

「状況から察するに、あいつはお前と間違われて誘拐されたってことだろう。居場所も宿屋から動いていない。コンディションも良好のようだ、まだ身の危険はないだろ………………っ!??」
「ご、ご当代様、どうしたんです!??」

 本邸から持参していた、対象者の居場所を確認する魔導具のパネルを見て、伯爵の顔色がどんどん紙のように真っ白になっていく。

「おい、急げ! もっとスピードを出せないか!」

 慌てて御者に指示を出していた。
 馬車が走る道はこの王都では指定されていて、他に走る馬車がなければスピード制限などもない。
 人々が忌避するスラム街へと向かう道だ。幸い、前にも後ろにも馬車はいない。

 ぐん、と一気に馬車のスピードが上がり、後部座席に座っていたユキレラは背もたれに身体が押し付けられるのを感じた。

「る、ルシウス様にまさか危険が!?」
「シグナルが一気に警戒水準まで上がった。……くそ、多少の暴力ぐらいでやられる子ではないはずだが」
「ふぁっ、ぼ、暴力ー!??」

 と馬車が急停車した。

「おい、どうした!?」
「カイル様、スラム街は馬車が乗り入れられるほど広い道がないようです。入口のここまでになります」
「……わかった。すぐに後続の我が家の騎士団も来る。それまで待機!」
「畏まりました!」



 馬車を降りたカイル伯爵は手に持った魔導具のパネルで、ルシウスが捕えられているだろう宿屋の位置を確認した。
 そして魔導具をポイっとユキレラに放ってきた。

「わわわ、危ないですって!」

 落として割りでもしたら、ユキレラのおちんぎん如きでは弁償できないでしょこれ!

「先に行く。お前はそのパネル表示を見ながら付いて来い」

 言うなり、全身に青い魔力を立ち上らせて、次の瞬間には風のように走り去った。

「し、身体強化の術だべ……」

 魔力があると常人の何倍、何十倍もの身体能力を発揮することができる。
 そう、先日、ルシウスやその甥っ子、王弟が壁走りエンジョイしてたものなど最たるものだ。

 ユキレラはパネルに目を落とした。
 魔導具とはいうが、魔力で作った透明な樹脂の手のひらサイズの板だ。
 見ると、赤い丸ボッチが強く明滅している。

「おっといげね、オレも行がねど!」

 忠犬ユキレラ、ご主人様までまっしぐら!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生に脇役はいないと言うけれど。

月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。 魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。 モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。 冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ! 女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。 なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに? 剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので 実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。 でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。 わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、 モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん! やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。 ここにはヒロインもヒーローもいやしない。 それでもどっこい生きている。 噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。    

婚約破棄が始まる前に、割と早急にざまぁが始まって終わる話(番外編あり)

雷尾
BL
魅了ダメ。ゼッタイ。という小話。 悪役令息もちゃんと悪役らしいところは悪役しています多分。 ※番外編追加。前作の悪役があんまりにも気の毒だという人向け

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

なぜか第三王子と結婚することになりました

鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!? こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。 金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です ハッピーエンドにするつもり 長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です

婚約破棄されたから伝説の血が騒いでざまぁしてやった令息

ミクリ21 (新)
BL
婚約破棄されたら伝説の血が騒いだ話。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

捕まえたつもりが逆に捕まっていたらしい

ひづき
BL
話題の伯爵令息ルーベンスがダンスを申し込んだ相手は給仕役の使用人(男)でした。

どうも。チートαの運命の番、やらせてもらってます。

Q.➽
BL
アラフォーおっさんΩの一人語りで話が進みます。 典型的、屑には天誅話。 突発的な手慰みショートショート。

処理中です...