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774 近江の国へ

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 味方の兵に見られて騒がれてしまうと近江軍に異変を察知されてしまうので、俺達はあえて森の中を移動していた。

 しかし近江へ入るには、まず尾張側の防壁を越えなければならない。


「偉いぞ!ちゃんと防壁の上で近江を監視してるじゃないか。しかしゼーレネイマス、どうやって尾張の兵士に気付かれず壁を越えたんだ?」
「闇魔法で眠らせただけだ」
「はあ?闇魔法まで使えたのかよ!それならなぜ俺と闘った時使わなかった?」
「闇魔法は小賢しくて好かぬ。勝ちたくて貴様と闘ったのではない。斬り合いが目的だというのに闇魔法など使ってどうする?」
「あ~、それもそうか。じゃあまた眠らせてくれ。あっちの兵士もだな」


 ゼーレネイマスが闇魔法で味方の兵士二人を眠らせてくれた。

 その後どうしたのか聞いたら氷の階段を作って防壁に上がったというので、また氷の階段を作ってもらった。

 ちなみに前回ケンちゃん達と来た時は、弟子二人を此処に置いて、一人で偵察したらしい。近江側の防壁の上にいる兵士に見られたらアウトなので、目立ちたがりで隠密行動に適さないツッパリ傾奇者コンビは足手纏いだったようだ。

 すなわちゼーレネイマスが近江の兵士を殺った姿をあの二人は見ていない。だから今までと同様の純真無垢な二人だったんだな。


 ―――――近江に入ることで、初めて世界の汚さを知るのだ。


 それは親父もだ。
 平和になった尾張にやって来たので、それ以前の最低最悪な姿を知らない。

 本当はそんなモノ一生知らなくていいんだけど、親父にはミスフィート軍の仲間達を守ってもらいたい。だが汚さを知らなければ本当の意味で理解出来ないんだ。

 厳しい試練だが乗り越えてくれ!
 こんな俺でもやれたんだ。大丈夫、この三人は辛い現実から逃げない。


 氷の階段なので滑りそうで怖かったが、そんな事はゼーレネイマスもちゃんと考えていたようで、表面がザラザラしていてまったく滑らなかった。

 防壁の上から顔を出すと青い空しか見えなかったので、普通に防壁の上に着地。
 どうやら近江側の防壁の方が低いらしく、向こうからは見えないハズだ。

 身を低くしながら近江側に移動して顔だけ出すと、ようやく近江の国の防壁が見えた。


「ゼーレネイマスの言う通り、防壁の工事中みたいだな」
「元々の高さは5メートルくらいか?たぶん、こっちの防壁と同じ高さにするつもりなんだろな~」
「つーかミスフィート領の防壁、城壁かってくらい高すぎだろ!これ絶対10メートル以上あるだろ!」
「清、いや、スピルバーンのせいだ。尾張を手に入れた直後の話なんだけど、美濃との国境にスピルバーンが防壁を造ってくれたんだ。それがこの高さだったんで、ミスフィート軍の防壁の高さの基準となったのだ」
「犯人はコイツか!」
「そういやそんな事もあったな。でも低い防壁造ったってしゃーねえだろ」
「また階段を作ってこの人数で降りたら敵に気付かれるぞ。どうする?」
「ゼーレネイマスは前回どうしたんだ?」
「無論眠らせた」
「ここからか!?」
「スゲーーーーー!流石大魔王だな!」


 ゼーレネイマスが前方に手を伸ばし、目に見える敵兵をパタパタと眠らせていく。かなり距離があるのに闇魔法が届くとは、正真正銘の化け物だ。


「行くぞ」


 また氷の階段を作って尾張の防壁から降り、普通にゾロゾロと原っぱを歩いて、近江の防壁の上まで移動した。


「あっさりと近江の国に入ったな」
「スヤスヤ寝てるコイツらはどうする?」
「必ず戦う事になるだろうが放っておけ。まだ二人の心の準備が出来ておらぬ」
「なるほど。確かに始まってもいないのに寝ている兵士を殺るのはダメだな」

 ケンちゃんとセイヤのデビュー戦が暗殺じゃ、さすがにちょっと可哀相すぎる。
 それにそのやり方では完全に悪者側だもんな。少なくとも今の段階では。

「んじゃとっとと降りようぜ!」
「うむ」


 四つ目の氷の階段を使い、イロモノ集団はとうとう近江の国へと降り立った。


「もうここからはコソコソしなくていいな!」
「だが貴様等は脇役だという事を忘れるな。少なくとも最初くらいは自重しろ」
「わかってるって!」
「ケンちゃん、セイヤ、それとギャラバーン。近江に入ったからにはもう今までの常識は通用しない。ここからは闇の世界だ。心を強く持て」
「それほどなのか・・・」
「おそらく想像以上だ」


 もう隠れて歩く必要は無いけど後ろの防壁から見られると面倒な事になるので、とりあえず目の間の森に入った。

 そして1時間ほど歩いたところで、ようやく森を抜けて原っぱに出た。
 少し歩くと荒野となり、早速異様な空気となった。


「臭えな・・・」
「一体何の匂いだ?」

 ケンちゃんとセイヤが悪臭に気付いて眉をひそめている。
 だが俺はこの匂いを知っている。

「左だ」

 ゼーレネイマスの素っ気ない一言で、全員左前方に視線を向けた。

「杭?・・・チッ。そういうことかよ」


 虎徹さんは何かに気付いたようだ。
 しかし俺も杭には心当たりが無かったので、嫌な予感はしたが近寄っていった。

 そして次の瞬間、匂いの原因が判明した。


「・・・処刑場かよ」

「「ひいいいィィィィッッッ!!」」


 デカい杭に縛り付けられている死体を発見した。
 死んでからもう何日も経っているのか、半分ミイラだ。

 そしてすぐ向こうにも同じような死体があったが、槍が何本も刺さっており、いかにも処刑されましたって状態だった。

 生きている人がいないか探したが、結局六つの死体が見つかっただけだった。
 比較的新しい死体もあったが、奥にあった二つの死体は白骨化していた。


「惨いな・・・」
「まだ地獄の始まりだ。死体があるのは処刑場だけじゃない」
「だろうな。昔、三河でもこれと同じモノを見たぞ」
「相変わらず胸糞悪い光景だ。おそらく槍で殺された者は犯罪者ではない。軍に反抗的だったせいだ。いや、抵抗すらしていないのかもな」
「くだらぬ。まあせめてもの手向けだ。これを行った者共も死体に変えてやろう」


 初っ端から処刑場を見つけてしまうとは、マジで最悪な気分だ。
 さっき脇役だって言われたばかりだけど、俺我慢できるかな?
 
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