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10話 いつか時が流れても

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「エイドリック、貴方のことを…怒っているわけでも、嫌っているわけでも、許せないわけでもないの。憎んでいるわけでもないの」

 フォルトゥナの言葉には、深い葛藤と痛みが混ざり合っていた。

「私が怖いのは、私の力。私の気味の悪い能力のせいで、貴方を傷つけてしまったこと」

「それは」

 違うと言いかけようとするエイドリックに、フォルトゥナは困ったように微笑む。

「いいえ。普通の人なら、気味が悪いと思って当然だわ。私だってきっとそう思うもの。見えないものが視え、見たものをそっくりそのまま絵に描く能力。この力は私にとっては呪いなの」

 フォルトゥナの言葉は、まるで彼女の心の中の恐怖そのものを表しているようだった。

「私が見たもの、私が描いたもの、それが貴方を苦しめたんだと思うと…どうしても、怖くて、避けてしまいたくなる。こんな風にして、また貴方に会うことができたことは嬉しいけれど、同時に、私がまたあなたをあの時のように傷つけてしまったのだと思うと」

 彼女の目は少し潤んでいた。

 声を震わせながら、フォルトゥナはエイドリックを見つめる。

「ごめんなさい、エイドリック。……っ、私、貴方を傷つけたり、困らせたかったわけじゃなかったの」

 小さな子供のようにしゃくりあげて泣き始めたフォルトゥナの様子に、エイドリックはゆっくりと近づいて優しく抱きしめた。

 ぽん、ぽん、と宥めるように背中をさすれば、こらえきれなくなった嗚咽が少し大きくなる。

「フォルトゥナ、君は僕を傷つけるためにここに来たんじゃない。君の力を、僕はもう決して恐れたりしない。むしろ、君のその力が今の君を形作っているのだと思っている。―――君と会わない間の一年間、僕は本当になんて愚かなことをしたんだと、ようやく気付いたんだ。フォルトゥナ、僕は君を愛している」

 彼は深い呼吸を一つしてから、さらに力を込めて抱き寄せると、少しだけ赤く染まった耳に唇を寄せて静かに続けた。

「君の能力は人の心の本質を見通すことのできる、素晴らしい宝物だと僕は思う。君のその力が、もし僕に何かを与えるのだとしたら、それは君の心から湧き出るもので、決して僕を傷つけるものではない。だから、もう怖がらないでほしい」

 フォルトゥナはその言葉をじっと聞きながら、震えが少しずつ収まっていくのを感じた。

 彼の手が温かく、力強く自分を支えてくれるようで、心の中の恐れが少しずつ解けていくのを感じる。

「僕は、君のその能力も含めて君を愛している。君がどんな人間でも、どんな力を持っていても、それが僕の君に対する愛を変えることはない。君が抱えているものを、僕も一緒に背負いたいと思っている」

 その言葉に、フォルトゥナの心は揺れた。

 彼の言葉の重みを感じながらも、彼女の心の中にあった戸惑いと不安が、少しずつ解けていくような感覚を覚えた。

「フォルトゥナ、僕ともう一度婚約をして欲しい。そして、僕の妻になって欲しい。そのことを告げに、今日はここに来たんだ」

 顔を上げて、と頬に手が添えられ、フォルトゥナは触れ合うような距離にあるエイドリックのダークアンバーの瞳を見上げた。

「君を失うことが、もう二度とないようにしたい。君と共に歩む未来を、心から望んでいる。だから、どうか…僕にチャンスをくれないか?」

 その問いかけは、彼の深い愛と誠実さが込められたものだった。







**************



 夕暮れ時、柔らかな光が古城を照らし出し、そのシルエットが丘の上に長く伸びていた。

 風が穏やかに吹き抜ける中、子供たちが丘を駆け回っていた。

 琥珀色の瞳を輝かせた少年が、楽しそうに笑いながらよく似た面差しの少女と一緒に走り回る。黒曜石のように深い瞳を持つ少女は、兄を追いかけながら、時折はしゃいで声高く笑った。

 その後ろを、彼らの父親が楽しそうに追いかけていく。

 足元を気にせず駆け抜ける子供たちに笑顔を浮かべ、時折その手を伸ばして追いかける姿は、まるで時間がゆっくり流れているかのようだった。

 母親は、その光景を微笑みながら見守り、キャンバスに向き直った。

 筆を取り、静かに絵を描き始める。

 子供たちの無邪気な笑顔、父親の優しい眼差し、そして広がる風景—すべてを丁寧に写し取るように、心を込めて筆を走らせる。

 丘の上で駆け回る子供たちの笑い声が、夕日とともに静かに溶け込んでいった。





 Fin
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