【完結/短編】お助けしましょう、その代わり――。

雲井咲穂(くもいさほ)

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6話「呪われた」力

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 フォルトゥナには、生まれついての「才能」があった。

 ひとつは、幽霊が視えること。

 もうひとつは――目で見たものを正確に描き出すことができるという才能だった。

 小さな頃からこの能力は自然と備わっていて、彼女にとっては呼吸をするのと同じくらい「当たり前」のものだった。

 一度見たものであれば、どんなに細かな部分でも決して忘れない。

 その皺の一本、髪の流れ、光の加減、色の濃淡に至るまで――フォルトゥナの手は、記憶を忠実に再現した。

 初めてその力を褒められたのは、両親が開いた小さなお茶会で、彼女がテーブルの花瓶に挿された花をそっくりそのまま描いてみせた時だ。

「まあ、フォルトゥナったら天才ね!」

 母が嬉しそうに褒め、父も「素晴らしい才能だ」と笑った。

 ――だが、それが何になるのだろう?

 幽霊を見る力も、目にしたものを描き写す力も、どちらも世間からすれば奇妙で、理解されないものだ。

 そして――彼にとっても。




******


 それは幼い頃、エイドリックと過ごしていたある日のことだった。

 彼はいつも通り、フォルトゥナの家を訪れ、彼女の描いた絵を見て楽しそうに笑っていた。

 フォルトゥナも、彼が褒めてくれるのが嬉しくて、花や風景、時には彼の似顔絵まで描いてみせた。

 だが――。

「ここにいるわ」

 彼女がそう言ったのは、彼が大切にしていた犬が死んでしまった時だった。

 悲しみで沈む彼を少しでも慰めようとした彼女は、笑顔で足元を指さし、言ったのだ。

「大丈夫よ。あなたの犬――ここにいるわ」

 その一言が、全てを変えた。

 エイドリックの顔が青ざめ、次の瞬間には彼女の手を乱暴に振り払い、叫んだ。

「こっちに寄るな、幽霊姫! 気持ち悪い、化け物!」

 ――

 その言葉がフォルトゥナの胸に深く突き刺さった。

 彼の目には何も映っていなかったのだ。

 彼女には確かに感じた、足元にまとわりつく犬の存在。――だが、それは彼には「異常」なものだったのだろう。

 その日から、彼女は自分の「奇妙さ」に気づいてしまった。

 何よりも――エイドリックにとって、彼女は気味が悪い存在なのだという事実に。




******




 わたし、は、呪われている。

「家系だからね」

「血筋だから」

 両親に相談しても、彼らは困ったように笑うだけだった。

 パーディントン家は古くから「幽霊を見たり」「声を聞いたり」「姿は見えないけれど触れる」能力や、時折「見たものを正確に書き写すことができる能力」を持つ者が少なからず生まれる家系だったからだ。

 ――それが何になるというのだろう。

 彼女はただ普通の少女でいたかった。

 ただ、エイドリックに「幽霊姫」と呼ばれず、普通に笑ってほしかった。

 しかし、それは叶わない願いなのだと、彼女は次第に理解していった。



*****


 
 成長するにつれて、エイドリックは彼女を避けるようになった。

 当たり前だろう、とフォルトゥナは冷静に思う。

 フォルトゥナの奇妙で異質な才能は、彼にとって「気味の悪いもの」だったのだ。

 だからこそ、彼は――心の癒しや平穏を「普通の女の子たち」に求め始めたのだろう。

 婚約者がいる貴族の男子として、ぎりぎり許される範囲で、彼は多くの女性に言葉をかけ、ちょっかいを出した。

 だが、今年に入ってから――それが次第に「限度」を超え始めた。

 女性に手を出すだけでは飽き足らず、賭場に出入りし、素行の悪い仲間とつるむようになった。

 ファルソン夫妻は心を痛め、彼を領地に呼び戻して監視をつけ、更生させようと手を尽くしたという。

 ――だが、事態は悪化するばかりだった。

 彼の状態を見て、フォルトゥナは「やっぱり」と小さく息をついた。

 これまで彼が周囲に振りまいてきた「何か」を回避するための行動は、当然、強い恨みや念を生んでいた。

 そして、ついにはその念が、彼を呪いという形で追い詰めたのだ。

(これは――私のせいだわ)

 もし、もっと早く婚約を解消していれば――。

 彼にとって自分が「特別」ではなくなっていれば、彼はこんなふうに苦しむこともなかっただろう。

(私が――彼を苦しめている)

 こんなにも「気持ち悪い」私との婚約という「枷」のせいで、彼は自由を得られず、その反動で道を踏み外してしまったのだ。

 ――自分のせいで、彼はこんなふうに呪われてしまったのだ。

 フォルトゥナは、自分の胸の中に広がる後悔を抱きしめたまま、病に伏せるエイドリックを見つめた。

 彼の寝台を囲うように立つ、半透明の女性たち――。

 彼女たちの形相は、恨みに満ちていて、その鋭い視線が何よりエイドリックの体力を削っていた。

(でも――もう決めたのだから)

 だが、それで彼が救われるなら――。

「……ねえ、エイドリック。あなたは私に、何て言うかしら」

 小さな呟きが、誰にも聞こえないように零れた。


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