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6.魔女は侯爵令息の婚約を祝福する?
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「アル―――」
「僕はね、できうる限り君に協力したいし、君の力になってあげたいと考えてはいるんだけど。どうしても譲れないものというのもあるんだ」
「なに」
「いつまでもこのままの状態ではいられないということだよ」
アルバートは悲し気に目を伏せて、思い切ったようにルシアンを見下ろした。
「僕に婚約の話がある」
「は、あ。それ、は、おめでとうございます?」
青天の霹靂、などではなく当然想定されうる事柄だったのだが、何故からが今この瞬間、この場で自分に突き放すように告げたのかがわからずルシアンは小首を傾げた。
アルバート・エイワーズ・ランディルセント。
貴族の中でも最も古く格式高い侯爵家が彼の家名だ。
ランディルセント侯爵号は現当主である父親が名乗っているため、彼は社交界では一般的に儀礼称号であるエイワーズ伯爵を名乗り、そう呼ばれている。とはいえ、儀礼称号であるため彼の身分自体は侯爵子息となる。
アルバートの祖母は先代国王の妹。現ランディルセント侯爵は現国王の従弟にあたる。アルバートには二人の姉がおり、一人は隣国ニルドヘイムの国王に嫁ぎ、今一人は三大公爵家の一つであるヴィランベルーシュに嫁いだ。
王家に連なる古く名のある家系であるランディルセントをいずれ継ぐことになるのが、この目の前のアルバートという人物なのだ。
血の繋がりと歴史を何よりも重視する貴族社会にとって、ランディルセントが持つ影響力は大きすぎる。数多ある伯爵家の一つに過ぎないホーネット家などランディルセントとは釣り合いがとれなさすぎる。
現王妃の生家である侯爵家、または大公家の姫君か、または隣国の高位貴族からの輿入れが囁かれていたはずだが、と思考を巡らせているとアルバートは思いつめたような表情をして窓の外を見つめていた。
「僕は、いつまでも君の一番の味方でいたいとは思っていたけれど、周囲がそれを許してくれない。僕は家名を継ぐ義務と責任がある」
それはそうだ。
彼には領地があり、領民があり、高位貴族として王家を支える義務と責任と仕事がある。
アルバートがルシアンによくしてくれるのは、兄の親友の妹というだけで直接的な繋がりはそれを除けばほぼ存在しない。こうして彼が時々様子を見に来てくれるのは、兄がこの森に入れないからであり、彼の事業の一つにルシアンの作り出す特殊な魔女の薬が必要だからという他ない。
ある意味生きる上での生命線の一つであった彼の訪問が、これ以上難しいのは非常に悲しいが、いつまでもアルバートに甘えて生活してばかりはいられないのだ。
「そう。…ですよね。とてもよくわかります」
今日が最後の訪問になるのだろう。
これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。
ルシアンはできるだけ笑顔に努めて、片手を差し出した。
「アルバート様。これまで長きに渡り、兄の妹である私を助けて下さり、本当にありがとうございました。どうか婚約者の方と末永くお幸せになさってください」
ルシアンの片手をアルバートは数秒躊躇したのち、何かを諦めたように握り返し、その手をぐっと自分の方に引き寄せた。
「わっ」
思いもよらない力にルシアンは抗うことができず、気づけばすっぽりとアルバートの腕の中に閉じ込められる格好になってしまう。
一瞬のうちに何が起きたのか判然としないまま、頬にあたる弾力と手首を掴む大きな手の感触に目を白黒させていると、頭上から盛大な溜息と共に優しい声が落ちてきた。
「さすがにこのままだと可哀想だから、僕は一つ賭けをすることにしたんだ」
「はい?」
話が全然見えないのですが、賭けとは何のことかと反駁しようとすれば、唇にアルバートの指先が触れる。言葉を制すように触れられた指先が少し熱い。
「駆け出し魔女のルシアン・ホーネット。君に仕事がある」
すべてが全く唐突で繋がらないまま。
仕事、という言葉の響きにだけ反応したルシアンは目を見開いた。
「僕はね、できうる限り君に協力したいし、君の力になってあげたいと考えてはいるんだけど。どうしても譲れないものというのもあるんだ」
「なに」
「いつまでもこのままの状態ではいられないということだよ」
アルバートは悲し気に目を伏せて、思い切ったようにルシアンを見下ろした。
「僕に婚約の話がある」
「は、あ。それ、は、おめでとうございます?」
青天の霹靂、などではなく当然想定されうる事柄だったのだが、何故からが今この瞬間、この場で自分に突き放すように告げたのかがわからずルシアンは小首を傾げた。
アルバート・エイワーズ・ランディルセント。
貴族の中でも最も古く格式高い侯爵家が彼の家名だ。
ランディルセント侯爵号は現当主である父親が名乗っているため、彼は社交界では一般的に儀礼称号であるエイワーズ伯爵を名乗り、そう呼ばれている。とはいえ、儀礼称号であるため彼の身分自体は侯爵子息となる。
アルバートの祖母は先代国王の妹。現ランディルセント侯爵は現国王の従弟にあたる。アルバートには二人の姉がおり、一人は隣国ニルドヘイムの国王に嫁ぎ、今一人は三大公爵家の一つであるヴィランベルーシュに嫁いだ。
王家に連なる古く名のある家系であるランディルセントをいずれ継ぐことになるのが、この目の前のアルバートという人物なのだ。
血の繋がりと歴史を何よりも重視する貴族社会にとって、ランディルセントが持つ影響力は大きすぎる。数多ある伯爵家の一つに過ぎないホーネット家などランディルセントとは釣り合いがとれなさすぎる。
現王妃の生家である侯爵家、または大公家の姫君か、または隣国の高位貴族からの輿入れが囁かれていたはずだが、と思考を巡らせているとアルバートは思いつめたような表情をして窓の外を見つめていた。
「僕は、いつまでも君の一番の味方でいたいとは思っていたけれど、周囲がそれを許してくれない。僕は家名を継ぐ義務と責任がある」
それはそうだ。
彼には領地があり、領民があり、高位貴族として王家を支える義務と責任と仕事がある。
アルバートがルシアンによくしてくれるのは、兄の親友の妹というだけで直接的な繋がりはそれを除けばほぼ存在しない。こうして彼が時々様子を見に来てくれるのは、兄がこの森に入れないからであり、彼の事業の一つにルシアンの作り出す特殊な魔女の薬が必要だからという他ない。
ある意味生きる上での生命線の一つであった彼の訪問が、これ以上難しいのは非常に悲しいが、いつまでもアルバートに甘えて生活してばかりはいられないのだ。
「そう。…ですよね。とてもよくわかります」
今日が最後の訪問になるのだろう。
これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。
ルシアンはできるだけ笑顔に努めて、片手を差し出した。
「アルバート様。これまで長きに渡り、兄の妹である私を助けて下さり、本当にありがとうございました。どうか婚約者の方と末永くお幸せになさってください」
ルシアンの片手をアルバートは数秒躊躇したのち、何かを諦めたように握り返し、その手をぐっと自分の方に引き寄せた。
「わっ」
思いもよらない力にルシアンは抗うことができず、気づけばすっぽりとアルバートの腕の中に閉じ込められる格好になってしまう。
一瞬のうちに何が起きたのか判然としないまま、頬にあたる弾力と手首を掴む大きな手の感触に目を白黒させていると、頭上から盛大な溜息と共に優しい声が落ちてきた。
「さすがにこのままだと可哀想だから、僕は一つ賭けをすることにしたんだ」
「はい?」
話が全然見えないのですが、賭けとは何のことかと反駁しようとすれば、唇にアルバートの指先が触れる。言葉を制すように触れられた指先が少し熱い。
「駆け出し魔女のルシアン・ホーネット。君に仕事がある」
すべてが全く唐突で繋がらないまま。
仕事、という言葉の響きにだけ反応したルシアンは目を見開いた。
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