上 下
2 / 2

1話.邪神女神って誰のことよ。

しおりを挟む
「ここで会ったが百年目!世界を創り給いし万能の女神リーリフェルネ=アリスティアの権威を陥れ成り代わった邪神女神!この勇者である僕、アリムラケイタが成敗してくれる!」

「あ゛?」

 百年も前にお前なんぞと会ったことなんてないわよ。

 つーか邪神女神って誰のことよ。

 お前の目の前にいるこの白銀の髪の美女であるこのわたしこそが、この世を創り給いし万能の女神であるリーリフェルネ=アリスティアだってば。

 お前、このわたしに、喧嘩売ってんの?

「くっ。なんて禍々しいオーラなんだ。さすがは邪神と呼ばれるにふさわしい」

 ただ眦を吊り上げて睨みを利かせただけなのに、怯んだように顔を背けてじり、と後ずさるこいつは何言ってんだ。

「ゆ、勇者様?どうかおやめ下さい」

「ここは女神の神殿。神域です。剣をお納めください」

「女神さまの御前です。ご無体な真似はなさりませぬよう」

「お前たちは騙されている。こいつは女神の皮をかぶった邪神なんだぞ!」

 だから、どこの、誰が、邪神だっての?

 千年ぶりにようやく現れた人間が、コレ、って何の冗談なわけ?

 事前の訪問許可の申請もなく、天空の自分の住まいに足を踏み入れるなんてどこのすっとこどっこいよ、と怒り心頭で神殿の正面門に出てみれば、追いすがって止めようとする神位神官達や眷属たちを無理矢理に退けながら剣を片手に花を踏む男達がいた。

「邪神よ。僕は騙されないぞ。女神そっくりの姿に化けても、この勇者である僕の目は誤魔化せない!」

 びし、と細身の剣をこちらに向けながらドヤ顔で前髪をかき上げるこのバカを拳で殴ってもいいですかね?

 背後にいる仲間と思しき魔術師風の少年に屈強な体躯のモンク風の男、神官衣装に身を包む少女も一緒になって「そうだそうだ」と耳障りな声を発している。

 こいつら、いったい何なん?

「は?邪神?あんた、誰の事言ってるの?まさか、このわたしのことじゃないでしょうね?」

「しらばっくれる気か」

 ていうかマジで誰よこいつ。

 あたしの創った世界に、こんな色彩の人間いたっけな。

 うーん、まったく記憶にない。

 ここ三千年ほどの記憶を探ってみても一件も検索に引っかかる人間はいなかった。

 それにコイツら、わたしの許可なくどうやって女神の神殿に足を踏み入れることができたのだろうか。

 わたしが定めたルールによれば、地上からは加護を与えた大神殿の通路でなければこの天空の女神の居住に足を踏み入れることはできないはず。

 万年色とりどりの花が咲き乱れる、時間と空間から隔絶された女神の神殿は、女神の許しを得た特別な印がないと入ることができなかったはずだが。

 茶色っぽい髪の毛に黒っぽい瞳の、人間の子供に目を向ければ、ソレはたじろいだ様に視線を逸らす。

 女神である自分の躰を納める器からは、いくら隠そうとしても隠せない、滲むような神気が漂っている。ただの人間では直視することはおろか、対峙することなどできないはずなのだが。

「ふぅん。精神力だけはいっぱしなのか。それとも何か影響を緩和する装備を持っているのか」

 紅いマントに獣の顔が彫り込まれた防具のプレートに、青い宝石が埋め込まれた細身の長剣。鈍色の脛当てに使い古された編み上げブーツ。装備品と肉体を透過し、魂を観測すれば、なるほど。珍しい形をしている。

「んー?」

 目を眇めて見やれば、ちょうど胸部分に茶色の革ひもに引っかけられて揺れる青色の宝石が見える。光が当たると黄色い炎のような色が内側で揺らめいて、金粉のようなものを湧き上げながら細やかな文字を描いている。

「ああ!大神官の紋章か!」

 合点がいったわ。

 ぽん、と手を打ってなるほどねぇと観察する。

 このアリムラとか言う一行がわたしの許可なく女神の神殿に足を踏み入れることができたのは、今から六百年前に女神の神殿の通路を護る大神官の一族に神殿に至るための許可証として手づからこの紋章付きのペンダントを与えたからだった。

 女神の神力と加護が与えられた通行許可証であるこのペンダントさえ身に着けていれば、わたしの神力に包まれることになり、影響を受けにくくなる。

「断絶したと聞いていたけれど、これだけは残っていたのねぇ」

 懐かしいわぁ、としみじみ思い出に浸りかけ、ハッとする。

 今はそれよりも目の前の異常事態。

 不法侵入者たちに対応することが先決だ。

「で、何の用なの?」

 めんどくさいことこの上ないが、天空の主はこのわたし。

 わたしがこの神殿の責任者であり家主。

 突然の許可ない訪問で守っていた門を突破され傷ついたわたしのかわいいもふもふ獣の眷属たちや、粗暴な振舞いに恐怖を感じ震えている女性神官たちに心的外傷を及ぼした責任は取ってもらわねばなるまい。

 お前、覚悟できてるんだろうなぁ。

 わたしはぶん殴る準備とばかりに指をゴキゴキならしながら目の前のソレに進みよると、アリムラはうっと言葉に詰まったように一歩下がった。

「ここはね。静謐な空間なの。神聖で厳かな女神の居住地なの、おわかり?女神の居住地、つまりわたしの家。わたしの家に不法侵入した挙句、これ以上の狼藉を働こうというのならそれ相応の罰を与えないといけないのだけれど、その意味はお分かり?」

 うふふ、うふふ、とわたしはできるだけ恐怖が滲むように神気を流しながらアリムラを威圧するように一歩、また一歩と進み出る。

 するとアリムラは、吐き捨てるような口ぶりでこう言った。

「やはりお前は邪神だ!その滲み出るような邪気、フェリネス王国から討伐の依頼を受けるまでもなく、お前はこの勇者である僕が、成敗してくれるぅううううう!」

 とやー、と気の抜けるような声がアリムラから発せられると、同時に突き出された何かによって頬に鋭い針のような痛みが走った。

 微かに熱い痛みと共に、人間と物質的に触れ合えるようにとわざわざ魂に寄せて作った器が人間らしく傷つく。

 人体構成も神よりっていうか、人間よりに作ったからなー。

 と脳裏で考えながら、花畑を踏み荒らしながらわたしに対峙する四人の人間を睨みつける。

「堕ちろ」

「え?」

「は?」

「っきゃっ」

「う、わぁああああああああああああ」

 四人の人間のすぐ足下に円形の穴ができた。

 そのままあっという間もなく、地上へ直下コースだ。

 だが問題なのは。

「息の根、止められないんだよね」

 ぽかりと空いた空間の底、地上の地面に向かって四人の人間たちが絶叫を上げながら落下していく。私を呪い、罵るような言葉が聞こえた気がしたが多分気のせいだろう。

 羽虫はうるさいものだ。

「アリスティア様、ご無事でございますか!?ひぃいいいいいい!女神の頬に傷が!!」

「神官長様お気を確かにっ!誰か、女神さまの手当てをっ」

 地上の深く根差した森の方に向かって落ちて小さくなっていく四つ分の人影を認めながら、わたしは面倒くさいことに巻き込まれたと独り言ちる。

 わたしは彼らに文字通り地上に落ちてもらうことにしたのだが、残念なことにわたしがこの世界を創るにあたり、自分で作ったルールによって彼らの息の根を止めることは決してできない。

「女神は人を殺せないってルール、作るんじゃなかったわ」

 あーあ。めんどくさい種が芽吹いたかも。

 わたしは穴が閉じていくのを見つめながら、ぽつりと呟いた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

“元“悪役令嬢は二度目の人生で無双します(“元“悪役令嬢は自由な生活を夢見てます)

翡翠由
ファンタジー
ある公爵令嬢は処刑台にかけられていた。 悪役令嬢と、周囲から呼ばれていた彼女の死を悲しむものは誰もいなく、ついには愛していた殿下にも裏切られる。 そして目が覚めると、なぜか前世の私(赤ん坊)に戻ってしまっていた……。 「また、処刑台送りは嫌だ!」 自由な生活を手に入れたい私は、処刑されかけても逃げ延びれるように三歳から自主トレを始めるのだが……。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

処理中です...