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chapter.5-1 / 女神たちのお茶会(1)
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デルフィーネが取り仕切るのかと思っていたお茶会の進行を、エヴァンゼリンがふわふわと綿菓子のように雑談を挟みながら進めていくのを横目に、アンテリーゼは次々になくなっていく茶菓子の山をハラハラしながらどうすることもできず注視していた。
尚、まだ本題には触れられておらず、その一番の理由はフィオナにあった。
まるで穴の開いた袋のような胃袋を持つ白銀の君は、スコーンがなくなるとサンドイッチが食べたい、と呟きはじめ、呆れかえったデルフィーネが部屋の隅に控えていた使用人に声をかけ新しい皿を持ってこさせるということが数度繰り返されていた。
「あなた、まだ食べる気ですの?その胃袋はいったいどうなってるのかしら?」
大きなため息を履いてエヴァンゼリンに同意を求めるよう肩をすくめれば、友人は翡翠の瞳を眇めておっとりと笑った。
「たくさん食べるのはいいことですよ」
「それにしても食べすぎではないこと?いくら我が家の料理人の腕前が素晴らしいからと言って、まさか材料が全てなくなるまで食べつくす気ではないでしょうね」
「デルフィーネ様、さすがに人間の体には限界があるかと思うので、大丈夫なのではないですか?」
新しい茶器で別の種類の茶葉で淹れた紅茶が用意されはじめる音に交じって、リエリーナが笑顔を引きつらせて答える。
「大丈夫ですよ、妃殿下。先ほどもフィオナ様が言っていらした通り、長く何も食事をとっていらっしゃらなかったから空腹なだけですわ。ですわよね、フィオナ様」
「あ、そんな感じです」
エヴァンゼリンの助け舟を軽く受け流して、薄くジャムを塗ったサンドイッチを口の中に押し込んでもごもごと何か言っている。
「フィオナ!いくら友人同士の心砕けるお茶会だと言っても、あなた、無作法すぎますわよ!」
フィオナは一瞬動きを静止させ、目をぱちくりと丸くさせると、沈黙する面々を視線で一周して口の中のものを飲み込み、うーんと腕を組んだ。それから、薄い水色のドレスの膝の上に散った粉や欠片をささっと払うと、鳥と花が彫刻された白い陶器のお皿に残された最後の一つのチェリーのジャムが詰められた焼き菓子に手を伸ばそうとした。
「あっ」
それをデルフィーネがさっと指先で攫い、アンテリーゼの皿に乗せると、ふふん、と鼻で笑う。
「アンテリーゼ、あなたほとんど手を付けていないのではなくて?しっかり召し上がってくださいな。フィオナ、あなたは食べすぎよ。お分かり?」
「あ、え、っと。ア、アリガトウゴザイマス、殿下」
フィオナは薄い金色の瞳を潤ませると、名残惜しそうにアンテリーゼの皿の上に載ったチェリーの焼き菓子を見つめている。軽く尖らせた唇が「好物だったのに」と音にならない言葉をこぼしたせいで、もらい事故に巻き込まれたアンテリーゼは自分がまるで悪いことをした気持ちになり、何とも言えない表情になる。
「あ、あの。フィオナ様、よかったら」
「あっ!甘やかしてはなりませんわ、リエリーナ!」
空になったお皿に残ったざらついた砂糖を悲しそうに見つめるフィオナの横で、やや焦ったように自分に取り分けられた焼き菓子を差し出すリエリーナ。そのリエリーナに感激して、思いっきり抱き着いたフィオナをデルフィーネが机の向こうから叱責する。
エヴァンゼリンからデルフィーネの館に訪問すると言われた時も驚いたが、それにも増して何とも奇妙な状況だった。
アンテリーゼが困惑していると、デルフィーネは椅子から身を乗り出してリエリーナがフィオナに差し出そうとしている別のお菓子を阻止し始めた。漆黒の髪の美女の後ろからエヴァンゼリンがひょっこりと顔を出し、翡翠の瞳をアンテリーゼに送る。
「さて、そろそろ本題に入りましょう」
エヴァンゼリンは一つ大きくも小さくもない声で玲瓏とした声でつぶやいた。そのまま流れるような動作で新しく用意されたカップを手に取りそっと口をつける。彼女が目を閉じて、少し開いた時、騒がしかった茶会は終了を告げ、デルフィーネは貴婦人然とした完璧な姿で椅子にゆっくりと座り直した。
「ありがとう。ご馳走様」
フィオナが皿の上で指先を軽くこすって、指についた砂糖を落とし居住まいをただすと、眠たげな表情がすっと引き締まり、令嬢と呼ぶにふさわしい佇まいに移り変わっていた。
尚、まだ本題には触れられておらず、その一番の理由はフィオナにあった。
まるで穴の開いた袋のような胃袋を持つ白銀の君は、スコーンがなくなるとサンドイッチが食べたい、と呟きはじめ、呆れかえったデルフィーネが部屋の隅に控えていた使用人に声をかけ新しい皿を持ってこさせるということが数度繰り返されていた。
「あなた、まだ食べる気ですの?その胃袋はいったいどうなってるのかしら?」
大きなため息を履いてエヴァンゼリンに同意を求めるよう肩をすくめれば、友人は翡翠の瞳を眇めておっとりと笑った。
「たくさん食べるのはいいことですよ」
「それにしても食べすぎではないこと?いくら我が家の料理人の腕前が素晴らしいからと言って、まさか材料が全てなくなるまで食べつくす気ではないでしょうね」
「デルフィーネ様、さすがに人間の体には限界があるかと思うので、大丈夫なのではないですか?」
新しい茶器で別の種類の茶葉で淹れた紅茶が用意されはじめる音に交じって、リエリーナが笑顔を引きつらせて答える。
「大丈夫ですよ、妃殿下。先ほどもフィオナ様が言っていらした通り、長く何も食事をとっていらっしゃらなかったから空腹なだけですわ。ですわよね、フィオナ様」
「あ、そんな感じです」
エヴァンゼリンの助け舟を軽く受け流して、薄くジャムを塗ったサンドイッチを口の中に押し込んでもごもごと何か言っている。
「フィオナ!いくら友人同士の心砕けるお茶会だと言っても、あなた、無作法すぎますわよ!」
フィオナは一瞬動きを静止させ、目をぱちくりと丸くさせると、沈黙する面々を視線で一周して口の中のものを飲み込み、うーんと腕を組んだ。それから、薄い水色のドレスの膝の上に散った粉や欠片をささっと払うと、鳥と花が彫刻された白い陶器のお皿に残された最後の一つのチェリーのジャムが詰められた焼き菓子に手を伸ばそうとした。
「あっ」
それをデルフィーネがさっと指先で攫い、アンテリーゼの皿に乗せると、ふふん、と鼻で笑う。
「アンテリーゼ、あなたほとんど手を付けていないのではなくて?しっかり召し上がってくださいな。フィオナ、あなたは食べすぎよ。お分かり?」
「あ、え、っと。ア、アリガトウゴザイマス、殿下」
フィオナは薄い金色の瞳を潤ませると、名残惜しそうにアンテリーゼの皿の上に載ったチェリーの焼き菓子を見つめている。軽く尖らせた唇が「好物だったのに」と音にならない言葉をこぼしたせいで、もらい事故に巻き込まれたアンテリーゼは自分がまるで悪いことをした気持ちになり、何とも言えない表情になる。
「あ、あの。フィオナ様、よかったら」
「あっ!甘やかしてはなりませんわ、リエリーナ!」
空になったお皿に残ったざらついた砂糖を悲しそうに見つめるフィオナの横で、やや焦ったように自分に取り分けられた焼き菓子を差し出すリエリーナ。そのリエリーナに感激して、思いっきり抱き着いたフィオナをデルフィーネが机の向こうから叱責する。
エヴァンゼリンからデルフィーネの館に訪問すると言われた時も驚いたが、それにも増して何とも奇妙な状況だった。
アンテリーゼが困惑していると、デルフィーネは椅子から身を乗り出してリエリーナがフィオナに差し出そうとしている別のお菓子を阻止し始めた。漆黒の髪の美女の後ろからエヴァンゼリンがひょっこりと顔を出し、翡翠の瞳をアンテリーゼに送る。
「さて、そろそろ本題に入りましょう」
エヴァンゼリンは一つ大きくも小さくもない声で玲瓏とした声でつぶやいた。そのまま流れるような動作で新しく用意されたカップを手に取りそっと口をつける。彼女が目を閉じて、少し開いた時、騒がしかった茶会は終了を告げ、デルフィーネは貴婦人然とした完璧な姿で椅子にゆっくりと座り直した。
「ありがとう。ご馳走様」
フィオナが皿の上で指先を軽くこすって、指についた砂糖を落とし居住まいをただすと、眠たげな表情がすっと引き締まり、令嬢と呼ぶにふさわしい佇まいに移り変わっていた。
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