異世界犯罪対策課

河野守

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第五章 異世界不法就労

最終話 夕暮れに佇む絶望の影

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 工場の外でタバコを吹かしていた宮地は歩いてくる明善達に気がつくと、携帯灰皿にまだ長いタバコを押し込んだ後、明善達に駆け寄った。
「やあ、刑事さん、どうしました? 捜査の方進みましたかね?」
 宮地は探るような目を明善達に向けてくる。捜査の進捗状況が気になって仕方がないのだろう。
 明善は宮地に対し満面の笑みを向けてみせる。
「かなり進みました。そのことで会社さんの方に報告をしようと思いまして」
「報告ですか?」
「見つかりましたよ」
「え?」
「行方不明の従業員、ミロさんが見つかりました」
 ミロ発見の一報を聞き、宮地は眼鏡の奥の目を見開く。その顔に浮かぶのは明らかに焦りの色。彼はすぐに笑みを浮かべ取り繕った。
「ほ、本当ですか。いや、見つけるのが早いですね。ちなみにどこで見つけたのでしょうか?」
「申し訳ありませんけど、詳しいことは教えられないです。ただ、近くにいたと言っておきましょう」
「そ、そうですか」
 宮地は「それにしても!」と言葉を繋げる。
「殺人犯が見つかってよかったです。異世界人が捕まり、これで大河社長も浮かばれますよ。本当によかった!」
 宮地は大声で喜んで見せる。実にわざとらしいリアクションだ。
「宮地さん、喜んでいるところ悪いですけど、ミロさんが殺人犯である可能性は低いです。別に真犯人がいるみたいなんですよ」
「し、真犯人?」
「はい。ところで宮地さん、あなたは二日前の夜、どこで何をしていました?」
 その質問に、宮地は明らかに動揺。
「な、なんですか? もしかして、僕が大河社長を殺したと疑っているのですか? 言っておきますけど、僕はアリバイがありますよ。僕はこの村から少し離れたところで友人達と酒を飲んでいましたよ。店に聞いてみてください」
 宮地はスマートフォンの画面を見せる。画面にはとある居酒屋の店名が記載されている。そのウエブページをすぐ開けるように、ご丁寧にブックマークされていた。
 アリバイを聞かれた時のためにあらかじめ用意していたなと、明善はメモする。 
「別に宮地さんを犯人と決めつけているわけではありませんよ。ただ、形式として関係者にアリバイを聞く必要があるんです。これも警察としての仕事なので、そういうものだから仕方ないとご協力ください」
「……わかりました。ですけど、もう一度言いますけど、僕は殺してはいませんよ」
「はい。ところで外国人従業員の方々はどうしました?」
「……どういう意味ですか?」
「あ、失礼。これは言葉が足りなかったですね。今日は外国人の従業員を一人も見なかったのですが、彼らはどうしました?」
 明善が今朝この工場に来た時、あることが気づいた。それは外国人従業員のことだ。彼らは朝誰一人としていなかったし、今も見ない。
「えっと、彼らには全員休暇を取らせました。やはり大河社長のことがショックだったみたいで。昨日は仕事中にミスが多く、このままでは怪我をさせると思ったのですよ」
「そういうことですか。休ませた方がいいですね。ただ、申し訳ないのですが、従業員の方々と話をしたいんです。外国人、日本人含めて。特に外国人の方には詳しく話を聞かなければいけません。……出身地とか」
「……出身地、ですか?」
「ええ。そもそもこちらの会社は雇用の届出が不適切です。もしかしたら、不法滞在の方もいるかもしれません。警察としては見過ごせない。それに、ミロさん以外にも、異世界人がいるかもしれないじゃないですか」
「可能性は……一応、ありますね」
 工場に複数の異世界人が紛れ込んでいることを否定しないのかと思いながら、明善はある要求を突きつける。
「なので、明日従業員の方を全員、工場に集めてください」
「……全員、ですか?」
「はい。申し訳ありませんが、休暇の予定の人も。もちろん、宮地さん、あなたも。特にあなたにはと聞かなけばいけません。お手数ですが、外国人の方々の資料を可能な限り用意しておいてください。わかりましたね?」
 有無を言わせぬ明善の圧に、宮地は「はい」と頷くしかなかった。
「では、明日の午後イチに来ます。それでは」
 明善と愛美は宮地に会釈をした後、工場に背を向け歩き出す。
「ねえ、アキくん。あの人、すごく動揺していたね。焦っているのがわかりやすかった」
「だね。こんなに早くミロさんが見つかるとは思っていなかったみたいだし、俺達警察が従業員のことを調べることにも焦ってた。してほしくないんだろうな」
「署に戻ったらどうするの?」
「まずは郁恵さんとミロさんに話をもっと詳しく聞こう。証言を元に、異世界人の人身売買や外国人の違法就労で捜査令状を裁判所に申請。どんなに遅くても明日の午前中には発行されるでしょ。その令状を持って、工場を徹底的に家宅捜索。決定的な証拠を見つけよう」
「りょーかーい」
 大分事件の謎を解明できたし、このまますぐに事件も解決するだろう。
 明善はそう楽観的な考えを抱いた。
 だが、それは間違いだった。
 今回の事件は単なる始まりに過ぎなかったのだ。


 夕暮れ時、午後五時を告げる村内放送が響き渡る。
 宮地は村内放送がかろうじて聞こえる村のはずれにいた。ここは森の中で日中も薄暗く、村民も立ち寄らない。秘密のやり取りをするには、まさにもってこいの場所だ。
 宮地は耳にスマートフォンを当てて、誰かと話している。
「警察の捜査が想定よりも早いです。ミロがもう見つかってしまって、警察も彼からすでに話を聞いているようです。明日警察が工場に来る予定で、従業員達から話を聞くと言っています。今回の計画が露呈する時間の問題だと思います」
 捲し立てるように現状を伝えた後、宮地は通話相手の言葉をひたすら待つ。その待ち時間がとんでもなく長く思えた。
 ほんのわずかな沈黙の後、電話の向こうから静かな貫禄ある男性の声が聞こえてきた。
「宮地くん」
「は、はい!」
 通話相手の言葉を一字一句聞き逃さないように、スマートフォンを強く耳に当てる。
「その計画についてなんだがね、少し変更することにした」
「変更、ですか?」
「うん。まずはこっちで預かっている異世界人達は、このまま我々の手元で管理する」
「ですが、明日の警察の事情聴取はどうしますか? なんと誤魔化せば?」
「心配はいらない。聴取を逃れる方法はある」
「おお!」
 宮地は思わず感嘆の声を上げる。やはりこの御方はすごい人だ。
「その方法とはなんでしょう? 私は何をすれば?」
「……宮地君、君は言ったな。この世界を取り戻すためならどんなこともすると」
「はい。その通りです。この世界のため、先生のご命令は全て遂行します」
「そうか。それを聞けて良かったよ。罪悪感を抱かずに済む」
「罪悪感?」
 枯葉と小枝を踏み抜く足音。
 宮地はその音に振り向いた。そこには一人の男。茶色のフード付きのコートを着ている。フードを目深に被っているため、人相は窺い知れない。だが、わずかに覗く目は宮地をすくみ上がらせるには十分な冷たさだった。
 夕日の逆光で黒い影を落とす姿はまるで絶望。宮地には命を収穫する死神に見えた。
「なぜ、彼がここに?」
「無論、仕事をしてもらうためだ」
「どのような仕事を? 先生の仰る作戦のためですか?」
「……君はとても良い仲間だ。この世界のことを真剣に考えている」
「先生?」
「君の今までの働きには感謝しているよ」
「あの、先生?」
「そして、最後にもう一つ仕事をしてもらうおうか」
「最後?」
「そうだ。この純粋な世界を取り戻すための礎となれるのだ。本望だろう。なに、恐れることはない。魂はこの世界に残り続ける。浄化されていく世界の姿をゆっくりと見下ろしているといい」
 宮地はその言葉の意味が理解できず、考え込む。フードの男に目をやり、ようやく自分のこれからの運命を察した。
「まさか!」
「察してくれたようだね。そうだ、警察を撹乱するため、そして、異世界人を悪辣な存在に仕立てるため、大きな事件を起こす必要がある」
「お、お待ちください!」
 宮地は通話相手に懇願。だが、すでに通話は切れていた。
 宮地は恐る恐るフードの男に視線を向ける。すると、男の影が大きく膨らんだ。
 耳障りな甲高い音を立てながら、その影がどんどん大きくなっていき、終いには背にする夕日を遮った。
 影が動きを止めたかと思うと、宮地に殺到。宮地の体を一瞬で飲み込んだ。
 影の中、宮地は体が揺さぶられる感覚を覚えた。内臓と血液が下に引っ張られるような感覚。その衝撃に思わず手にしていたスマートフォンを手放してしまった。
 体の揺さぶりが消え、宮地が目を開けると、地面がはるか眼下に見えた。宮地は影に運ばれ、高度三十メートルあまりの高さで浮いていたのだ。
「ま、待って……!」
 命乞いを無視し、宮地を捕まえていた影が霧散。支えを失った宮地は地球の重力に捕まれ、地面と引っ張られる。嫌な浮遊感が宮地を襲う。
 真っ赤な夕暮れの中、黒い小さな人影が高速で落ちていく。
「ああぁぁぁぁぁ!」
 宮地は叫び声を上げながら、落下。
 迫り来る地面と死への恐怖のあまり、落下の途中で気絶したことがせめての幸福だ。
 痛みを感じることなく、この世から旅立ったのだから。


「終わったぞ」
 フードの男は自身のスマートフォンから、先ほどまで宮地と会話していたとやらにを報告。
「ご苦労。宮地君のスマートフォンも処分しておいてくれ。通話履歴は誤魔化せないけど、痕跡は少ない方がいい」
「承知した」
 通話を切った後、男は地面に転がる宮地のスマートフォンを手に取る。そのスマートフォンは手の平の中でドロドロに溶け、まるで生き物のようにうねりながら、フードの中へと潜り込んだ。
 男は夕日を背に、歩き出す。
 血溜まりの中にいる、おかしな方向に手足を向けた宮地の亡骸など気にもせず。
 男の心にあるのは、ただ一つ。怨嗟。異世界に対する怨嗟。
 そのおどろおどろしく燃え盛る恨みに比べれば、宮地の死などどうでもいい。
 男の望みは、自分を不幸のどん底に叩き落とした異世界人に復讐すること。
 その悲願のためなら、どんな犠牲を払ってでも、どんなに手を汚しても構わない。
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