異世界犯罪対策課

河野守

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第五章 異世界不法就労

第六話

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 明善達に質問を促した郁恵は「ただし!」と付け加える。
「私も仕事があって忙しいの。作りかけの染め物もあるし、週末の体験教室の準備もしなきゃいけない。いくら刑事さんでも、くだらない質問したら迷惑だから。最低限のことしか答えないから」
 郁恵の言葉に明善は苦笑。気難しい人と聞いてはいたが、確かにその通りだ。警察相手でも物怖じせず、無愛想に自分の言いたいことを言う。気難しいというか、とっつきにくい印象の、仕事第一の職人気質の女性である。
「お時間は取らせません。ただ、二、三質問をさせてください」
「では、早速どうぞ」
「ありがとうございます。まず一つ目ですが、大河社長の工場では海外の方を多く雇っており、一ヶ月ほど前にその内の一人が行方不明になった、それはご存知ですか?」
 郁恵は「知ってる」と即答。
「郁恵さんはその行方不明になった作業員のことについて、何かしっていますかね? どういう人物か、もう見つかったのかなど」
 今度は少し間を置き、「……いいや」と郁恵は答える。
「確かに作業員がいなくなったということは知ってる。会社が大騒ぎして、村中を探し回っていたから。だけど、その話もいつの間にか、聞かなくなったね。私はその子が誰でどうなったかはわからない。見つかったのか、今も見つからないのか」
 郁恵は探るように自身の三白眼を明善に向ける。
「まさか、刑事さんはその子が大河社長を殺したと。そんなはずじゃない。皆、大河社長のこと慕ってたし、いい子達だったよ。が社長を殺すなんてあり得ないよ」
 早口で捲し立てる郁恵を、明善は「まあまあ」と宥める。
「別にその作業員が殺したと、決めつけているわけではありません。ただ、警察としてはあらゆる可能性を考え、それらを一つ一つ潰していく必要があるんですよ。それはご理解ください」
「……わかったわ。というか、その話は会社の方に聞けばいいじゃない」
「はい、それについては後ほど会社に聞くつもりです。ただ、一応、確認のために住民の方々にも聞いてまわっているんですよ」
「そ」
「それで次の質問です。大河社長を殺害した人物に心当たりはないですか? 具体的な人物名でなくてもいいです。何かトラブルがあったとかでも」
「いいえ。あの人は善人のような人だし、恨みを買うような人には見えないわ。トラブルも聞いたことない」
「そうですか」
「ええ。だから、なんて、惨たらしい殺され方をされたと聞いた時は驚いたわ」
「……」
 郁恵はじっと自分を見つめてくる明善に気がつき、「何か?」と尋ねた。
「……いえ、なんでもないです」
 明善は人差し指を立てて見せる。
「最後に一つだけ。その包帯どうしました?」
 明善は立てた人差し指をそのままに、郁恵の右手に巻かれている包帯を指差す。
「何か、お怪我を?」
「……ああ、これね。昨日、ちょっと転んじまって」
「大丈夫ですか?」
「少し擦りむいただけ、すぐに直るよ」
「それは良かったです。さて、聞きたいことはこれで全部ですね。もし、何か聞きたいことがあったら、また訪ねますので。では、我々はこれで」
 明善はすっかりぬるくなってしまった湯呑みの中のお茶を一気に煽り、腰を上げる。イーリスとシルフィーも明善についていく。
「ん?」
 外に出ようとした明善は、イーリスが玄関の中で立ち止まっていることに気がついた。彼女は売り物のハンカチを熱心に見てみた。
「イーリス、いくぞ」
「あ、ああ」
 慌てて明善達の元に駆け寄ろうとしたイーリスを、郁恵が「お嬢ちゃん」と呼び止める。郁恵は並べられている品物の中から、ハンカチを一つイーリスに手渡した。
「ほら、これあげるわ」
「いいのか?」
「ええ。随分と熱心に見つめていたし、気に入ってくれたんでしょ? 職人冥利に尽きると言うものよ」
 イーリスはハンカチを受け取り、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、郁恵」
「どういたしまして」
 郁恵は呼び捨てにされたことも気にせず、イーリスの頭を優しく撫でた。
 明善はハンカチのことも含め、郁恵に改めて礼を言ってから、郁恵の家を後にした。


 明善達は郁恵の家から離れたところで一度立ち止まった。
 最初に口を開いたのはシルフィー。
「明善さん、あの郁恵さんという女性、おかしくなかったですか?」
 明善は首肯。一方のイーリスは訳のわからないといった表情。頭の上にクエスチョンマークを浮かべるイーリスに、明善は説明してやることに。
「郁恵さんは、行方不明になった作業員をこう呼んだ。と。つまり性別が男性ということを知っていた。なのに、郁恵さんは作業員が誰かすらわからないと言った。つまり、嘘を吐いたんだよ。まずはこれが一つ目」
「一つ目ということは、他にもあるのか?」
「ああ。彼女は大河社長の死因を、によるものといった。警察が住民に聞き取りをしているから、住民は大河社長の殺害を知っている。だけど、まだ確定していないから、警察が死因については教えていないはずだ。それなのに、彼女は死因を口にしたんだ。そして、これについて更に奇妙なことがある」
「更に奇妙なこと?」
「大河社長の死因は、高所からの転落による全身打撲。彼の遺体は現在司法解剖に回していて、より詳細な結果は待ちだけど、転落死の可能性がかなり高い」
 明善の話を聞き、イーリスは「あれ?」と片眉を上げる。
「でも、郁恵は頭を殴られたと言っていたな?」
「そう、それなんだよ。彼女は死因を頭部打撲だと勘違いしている。なぜ、どういう経緯で勘違いしたのか。そして、三つ目が彼女の腕にあった包帯。包帯の端からはみ出ていた傷、あれ引っ掻き傷だ。誰かと争ったな」
 イーリスは俯き、表情を暗くする。
「明善は郁恵が犯人だと思っているのか? でも、郁恵はハンカチくれたぞ。悪い人間とは思えない」
 その点については、明善も同意だ。曲がりなりにも警察官をしているのだ、ぱっと見でその人物が善人かどうかわかる。中には巧妙に悪意を隠す人間もいるが、先ほどの言動から郁恵にはそれは無理だ。あの女性は良くも悪くもわかりやすい。時折言い淀んだり、明善に訊かれた包帯を掘り炬燵の下に隠すなど、挙動不審だった。涼しい顔で腹芸をできる性格ではない。
 異能を持たないこちらの世界の住人であること、そして、死因を勘違いしていたことから、郁恵が大河を殺害した可能性は低い。だが、今回の事件に対して、何か後ろめいたことがあることは確かだ。
「明善さん、これからどうしますか? 郁恵さんについて、更に調べますか?」
「……いや。怪しいところはあるけど、これ以上の詮索は厳しい。証拠がないから。今は件の行方不明の作業員について、もっと情報を集めよう。だから、大河社長の会社に行こうと思う」
「承知しました」
 三人は大河社長の工場へと足を向けた。
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