異世界犯罪対策課

河野守

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第五章 異世界不法就労

第四話

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 明善達が事件の起きた山に到着すると、山道の入口に東洞が立っており、彼はカップコーヒーを飲んでいた。
 東洞はイーリスの姿を見るとギョッとしたような表情を浮かべ、大きく咳き込む。口元のコーヒーを手で拭い、慌てて明善達に駆け寄ってきた。
「なんで、その嬢ちゃんがここにいるんだよ!」
「実は……」
 驚くのも無理はないよなと思いながら、明善は端的に説明。話を聞いた東洞は「ええ……」と戸惑いの表情を浮かべる。
「そういう訳だ、東洞。私もこの捜査に参加するぞ。さっそくその殺人現場とやらに連れて行ってくれ」
 イーリスの要求に、東洞は困り顔。
「いやあ、流石に嬢ちゃんでもこの先は無理だよ。警察が厳重に管理しててさ」
「ダメか?」
「ああ。いくら嬢ちゃんでも、部外者を入れるわけにはいかない。髪の毛一本でも、捜査に影響が出ちまう。おじさん達、困っちまう。な、物分かりの良い嬢ちゃんならわかってくれるよな?」
「むう」
「ある程度現場のことは教えてやるか、勘弁してくれ」
「まあ、そこまで言うならこれ以上踏み込むのはやめておこう。我々は明善と共に他を回り、情報を集めよう」
「ありがとうな。そうしてくれると助かる」
 イーリスと話をつけた東洞は「ちょっと暁に話がある」と少し離れた場所に明善を連れていく。
「で、暁どうするんだよ? あのお嬢ちゃん」
「流石に本格的な事件の捜査をさせるつもりはないです。とりあえずそれっぽいことをやらせて、ある程度満足したら連れて帰ります」
「まあ、そうするしかないな。それにしてもあのお姫様を捜査に参加させろって、上は何を考えているんだろうな?」
「まったくです」
  そこで明善はある疑問を口にする。
「そういえば、警視庁からの応援は何をしているんですかね?」
 イーリスの警護には警視庁から応援が参加しているはず。はずという表現を使ったのは、その応援がどういうものか明善達にはわからないから。何故か応援の人数やどういう風に護衛しているかという詳細な情報が入ってこないのだ。署長の大槻が警視庁に何度も尋ねても、「心配ない」の一点張り。本来なら彼らが、ここに来る前にイーリスを諫めるべきなのだ。
「まさか、サボっているとかですかね?」
「いや、ちゃんと仕事はしているみたいだぞ。ほら」
 東洞は顎である方向を指す。明善達から少し離れた場所、田んぼの横に一台の黒の軽自動車が停車している。その車の側にはラフな格好の、三十代前半の角刈りの男が立っており、タバコを吹かしていた。一見、タバコ休憩をしているだけのただの一般人に見える。だが、明善にはわかる。顔つき、目の動かし方、雰囲気、歩き方、呼吸法が一般人のそれと違う。そう、同業者だ。
「俺、ちょっと文句って言ってきます」
「おい!」
 東洞の制止を聞かず、明善は大股で車に近寄る。男は明善の接近に気づくも、特に驚くことなくタバコを咥えたまま。その態度が余計明善をイラつかせた。
「ちょっと、あなた!」
「……なにか?」
「何かじゃないでしょ! あなた、警視庁からの応援でしょ! なんであの子を止めなかったんだ!」
 感情的に詰め寄る明善に、男はいかにも面倒くさいといわんばかりの表情を浮かべ、タバコを携帯灰皿に入れた。
「あの王女様は自分の命が狙われていることを知らないんだろ? もし、俺達が慌てて出てきて止めたら、そのことに気づくんじゃないのか? いや、確実に気づく。あの子は一見ただの我儘に見えるが、頭が良いようだ。あんたも王女様が自分の悪状況を知ることは嫌だろ」
「そうだけど……」
「それにあんたにも上からの通達が来ているはずだ。王女様の望むままにしろと。俺達はそれに従っただけだ」
「……」
 男はタバコを新しく一本取り出し、火を点けた。
「わかったか? 我々は忠実に職務を殉じているだけだと。それと我々に不用意に話しかけないでくれるか? に我々も警察官だとバレる。それは警備状況が知られることであり、良いことではない。わかったら、向こうへ行ってくれ」
 男の言う通り、彼らは上からの命令を守っているだけ。感情のまま行動した明善の方がむしろ軽率だ。
 言い負かされた明善は肩を落としながら、東洞の元へ戻って行った。
「なんか言われたのか?」
「自分達は上の命令通りきちんと警備していると。それと自分達が警察官だとバレる、警備の情報がイーリスを狙っている人間に知られるから、話しかけるなと」
「まあ、言い分は向こうが正しいな」と東洞は励ますように明善の叩く。
「でも、それだけお前があの嬢ちゃんのことを真剣に考えているってことだ。それにそもそも俺達とあいつらでは、論理が違う。ありゃ公安だな」
「公安?」
 正式名称は警視庁公安部。公安の使命は国外の過激思想集団やカルト教団、極右など日本を脅かす集団を捜査、逮捕することであり、警察の中でも公安は特異な存在。彼らは秘密主義であり、仲間であるはずの警察官にも情報を渡さない。
「なんで公安が?」
「なんでって、公安が出てくる理由なんてわかりきっているだろ。あいつらの狙いは過激な異世界排斥主義者、テロリストだな」
「テロリスト……」
「公安にとって嬢ちゃんは餌なんだよ、餌。むしろテロリストには積極的に行動を起こしてほしいと思っているんじゃねえかな。だから、嬢ちゃんに好きかってやらせて、あえて目立つようにしている。さすがに見殺しにはしないと思うけど」
「子供を餌にするなんて」
「言いたいことはわかる。だけど、公安には公安の考え、義務があるんだよ。異世界排斥主義者の中には強引な勧誘や、他者とトラブルを起こしている組織がある。極端な人間は異世界人と、その異世界人がこちらの世界にいることを許容する人間を殺すべきだと言ってる。この機を利用して、国内の危険分子を炙り出して潰したいんだ」
 東洞は真剣な顔を明善に近づける。
「いいか、暁。今回の嬢ちゃんの件、色んな奴の色んな思惑が渦巻いてる。気をつけろよ」
「はい。わかってます」
 東洞の言う通り、イーリスの命を狙う人間がおり、更にその悪意を利用しようとする人間がいる。まさに混沌とした事態だ。だが、明善のやることは変わらない。イーリスを守り、悪意ある人間達を捕まえる。それだけだ。
「おい、明善、話はまだか!」
 痺れを切らしたイーリスが大声で明善を呼ぶ。早く捜査に行きたいようであり、いたくご立腹のようだ。
「はいはい。今行くから。じゃあ、東洞さん、俺達はこれから別行動で」
「あいよ。まあ、子守りがんばれよ」
「はい」
「明善、早くしろ!」
「わかった、わかったから」
 子守りをしながら捜査なんて大変だなあと思いながら、明善はイーリスに駆け寄った。


「では何から始める?」
 イーリスの問いに、明善は顎に手を当て思案。
「そうだな……。まずは犯人と思われる異世界人について調べるかな。二人はどこの異世界出身かわかる?」
 明善はイーリスとシルフィーに改めて例の動画を見せる。
「こんな風に空を自由に飛べるってことは、やっぱり魔法かな?」
 その言葉に、イーリス達はなんとも言えない微妙な表情を浮かべる。
「俺、何か変なこと言った?」
「うーむ。もしかして魔法使いは自由に空を飛べる、そう思っているのか?」
「違うの?」
「残念ながら」
「どゆこと?」と戸惑う明善にシルフィーが補足。
「飛行魔法と一口に言っても様々です。重力を緩和したり、気流を発生させたりといくつか種類があるのですが、どれも難易度が高い。飛行魔法は自分自身、またはその周囲に魔法を絶えずかけ続けるのですが、自身を傷つけないようにコントロールするのが難しいのです。大抵は飛行魔法の術式を埋め込んだ魔道具を利用するのです。魔道具なしで飛行魔法を制御できるのは、一握りの人間だけ。それはどこの世界も同じです。そして、魔法の制限がかかるこちらの世界では、飛行魔法を発動することさえ難しい」
「ふむ。じゃあ、その魔道具を使っている可能性は? 魔道具があれば、空を飛べるんでしょ?」
 シルフィーは首を横に振ってみせる。
「残念ながら、その可能性も低いです。魔道具を使うためには当然魔力が必要です。大気中の魔力を集めたり、使い手の魔力を注入したり様々な供給方法があります。ですが、こちら側の大気に魔力は皆無であり、使い手の生成できる魔力も少ない。さらに飛行用の魔道具は大型になる傾向があり、この動画を見た限りでは使っているようには見えません」
 シルフィーの言う通り、動画に写っている人影は軽装。何か魔道具を身につけている様子はない。
「あれ?」
 シルフィーは明善のスマホに顔を近づけ、眼鏡の奥の目を細める。
「どうしたの?」
「この人影。肌が……」
「肌?」
「浅黒い肌をしています」
 シルフィーに言われよくよく見てみると、確かに肌が黒い気がする。
「もしかして、エリアスの人間かもしれません」
「エリアス? どんな世界なの?」
「なかなか珍しい世界で、陸地が存在しないんですよ」
「陸地が存在しない? どういうこと?」
「星が全て海で覆われているんです」
「じゃあ、その世界の住民はどうやって暮らしているの?」
「エリアスには浮遊大陸という、文字通り空に浮いている大陸が点在しているんです。その世界で暮らす住人の異能は、『飛行』。文字通り、空を自由に飛び回る能力。精神力と体力を消費し、飛行することができるのです。飛行に特化した彼らなら、こちらの世界でも動画ぐらいの高度を飛べると思います」
「ほう」
「そして、エリアスの人間はこちらの世界のとある人種に似ているんです。確か……東南アジア系と言いましたかね」
「……東南アジア系か。そういうことか」
 シルフィーの言葉を聞き、明善は確信。
 捜査の指針が決まった瞬間である。
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