異世界犯罪対策課

河野守

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第四章 異世界から来た小さな暴君

第二話

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 青空を仰いでいた明善はイーリスに視線を戻す。彼女は勝気そうな大きな目を明善に向けている。
「あ、あのイーリスちゃん」
「ちゃん付けするな。気持ち悪い」
「じゃあ、なんてお呼びすればよろしいでしょうか?」
 目の前の少女が王族と聞き、明善の口調はつい改ったものとなる。
「だから名前で良いといっておろうに」
「だけど、君、王族なんでしょ、ですよね?」
「なんだ、 私のことを知っているのか?」
 イーリスの視線は明善の耳、そこに当てられたスマートフォンに向く。
「なるほど。それは確かこっちの世界の通信機器だな。大方、異締連の者から私の話を今聞いたのだろう? 違うか?」
 イーリスの推測に明善は内心舌を巻いた。明善の言動とスマートフォンを見て、異締連から自分のことについて連絡が来たのだと言い当てた。この子の年齢は小学生中学年程度。年齢の割に頭が良い。知能が高いのは王族としての血筋か教育か。
「確かに私は王族だ。だが、それはトリスタでの話だ。こちらの世界の人間にまで敬えとは言わん。私はそこまで狭量ではないぞ」
「では、イーリスと呼ばせてもらうよ」
 明善は半ば開き直ったように砕けた態度を取る。この子の性格だと、ここで王族扱いしていては話が進まない。
「君の言う通り、今異締連と話しているの。君のことを向こうに喋っても良いかな?」
 てっきりと駄目だと拒否されるかと思ったが、返ってきたのは意外な返事。
「構わんぞ」
「え? いいの?」
「ああ。どうせ私がこちらに来ているのはバレている。ここで嘘をついたところで意味はない。お主の立場も悪くなるだろう」
「じゃ、じゃあ遠慮なく。あの、ルル」
「なんだい?」
「その子いる」
「え?」
「そのお姫様、今の前にいる」
「どういうこと!」
「だから、いるんだよ。須賀川署に」
「本当なの!」
「本当」
 電話の向こうから安堵の息が聞こえてきた。
「よかったー。どうしようかと思ったよ。下手すればトリスタの関係が拗れるところだった」
「とりあえず、こっちで預かってるよ」
「お願いね。僕、すぐそっちに行くから」
「了解」
 通話を切った明善はイーリスに向き直る。
「イーリス、これから異締連が迎えに来るそうだよ」
「だろうな」
「だろうなって……」
「ところでお主、名をなんという?」
「俺? 明善だけど」
「ふむ。では明善、この詰め所に案内してくれないか? 外は暑くて敵わん。こちらの世界はここまで暑いとは思わなかった」
「まあ、今日は夏日だしね。わかった。ついておいで」
 明善は異世界から来た小さな姫君をエスコートしてやることに。エスコートと言っても、警察署の異犯対の部屋に連れ行っだけだが。
「ここに座って待ってて」
「うむ」
 明善が空いている机を指定すると、イーリスはそこに遠慮なく座る。物怖じしないこの豪胆さ、さすが王族だ。明善は部屋に備え付けの冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、コップに注ぐ。ジュースのパックには『暁』とマジックで書かれており、これは明善が自腹で購入したものだ。
「はい、どうぞ」
 受け取ったイーリスはコップに口をつける前に鼻を近づける。
「この匂い、柑橘系の搾り汁か?」
「そうだよ。オレンジという果物」
 イーリスはコップを明善に突き返す。
「あれ、気に入らなかった?」
「飲め」
「へ?」
「まずはお前が飲んでみろ」
 毒味しろということらしい。王族ともなると暗殺に気をつける必要がある。特にイーリスは第一王女という立場。そこらへんは幼少期から教育を徹底しているのだろう。正直日本人の明善には理解できないが、これも文化の違いというもの。
「わかったよ」
 明善はイーリスの前でジュースを一口飲んで見せる。
「ほら、大丈夫でしょ」
「うむ。そのようだな。では頂こうか」
 イーリスはジュースに口をつけると、「おお!」と感嘆の声を上げガブガブと一気に飲み干した。
「ふむ。やはり、この世界の飲み物は美味だな。我が国も果汁の飲み物はあるが、酸っぱかったり、苦かったりと癖がある」
「気に入ってくれた? もう一杯飲む?」
「頂こう!」
 イーリスは満面の笑顔を向ける。王族といっても、やはりまだまだ子供。明善は可愛らしい様子につい笑みが溢れる。
「ちょっと待ってて」
 コップにジュースを注いでいると、落合と愛美が部屋に入ってきた。
「おっす」
「アキくん、おはよう。……ん?」
 二人は部屋にいる幼い客人を見つけて、目を丸くした。
「その子、どうしたの? ……はっ! まさかアキくん、誘拐……」
「そんなわけないだろう!」
 明善はイーリスについて手短に説明。異世界の王女様と聞いた二人は、当然のように驚いていた。
「今、ルルがこっちに向かってる。それまでこの子にはここにいてもらう。もう一度言うけど、王族だからね。粗相はしないように……」
 明善の言葉を無視し、愛美は座っているイーリスをひょいと抱き上げた。
「本物の王女様なんだ。それにしても、この子めちゃくちゃ可愛くない⁉︎ 美形だよ、美形! これも王族の血か。羨ましい。肌も白いし、ほっぺもモチモチしてる」
 愛美はイーリスに頬擦りし、その柔らかさを堪能している。イーリスは少し迷惑そうな顔をしているが、抵抗することなくされるがまま。その様子に明善は戦慄。
「俺の話聞いてた⁉︎ その子、王族なんだよ! 失礼なことをするな!」
 慌てて止めようとする明善を、イーリスは手で静止。
「気にするな。これは単なる友愛の表現だろう? この程度許そう」
「やーん、喋り方も古風で可愛い。王女様のお許しも出たし、では遠慮なく」
 愛美はしばらくの間イーリスの柔らかさを堪能した後、ようやく解放した。
「ふー、可愛い成分を補充できたぜ。これで今日一日頑張れる。そうだ、お礼しなくちゃ。イーリスちゃん、お菓子食べる?」
「お菓子⁉︎」
 愛美の言葉にイーリスは瞬間的に目を輝かせる。が、すぐに我に返り「ごほん」と咳払い。
「この世界の菓子は非常に美味だと聞いている。我が世界にも少しだが取り寄せているらしいな。城下でもよく話題になっている。異世界の食文化を勉強し、国民の関心を把握するのも、王族の役目。勉学の一環として頂こう」
 長ったらしい前置きだが、要は個人的に食べたいということだ。愛美はカバンから板チョコを取りだし、膝を床につきながら仰々しく渡す。その姿はまるで珠玉の品を王族に渡す家臣だ。イーリスもノリノリで受け取った。
「どうぞ。チョコレートでございます。王女殿下、お納めくださいませ」
「うむ!」
 包紙を破りチョコレートを一口齧ると、イーリスは「おお!」と感嘆の声を上げる。王族の威厳を出そうした演技はどこへやら。頬を緩ませながら味わう姿は年相応の幼さである。
 彼女の相手は谷家ちゃんに任せるか。
 愛美の態度は王族に対し慣れ慣れしいものだが、イーリスは気にしていない。むしろ、楽しんでいる節がある。普段は敬われる彼女にとって、愛美の距離の近さは新鮮なのだろう。少々不安であるが、ここは子供の相手が得意な愛美に任せておこう。
 落合も同意見のようで、彼は自分の机ですでに仕事を始めている。
 じゃあ、俺も溜まってる書類を片付けないと。
 明善は自分の机に戻り、戯れ合う女性二人を横目に書類仕事に精を出すことに。

 ルルが署に到着したのは、正午前だった。
「殿下! イーリス王女殿下!」
 道中走ってきたようで、ルルは息切れしていた。異犯対の部屋に入ると、走った勢いのままスライディングしながらイーリスの前に膝をついた。
「イーリス王女殿下!」
 愛美のスマフォでゲームに興じていたイーリスは顔を上げる。
「おう、ルルではないか。久しいな」
「殿下、心配しましたよ! 何故、こちらの世界に勝手に来たのですか? あなたは一国の王女なのですよ。立場を考えていただきたい」
「勝手に来たのではない。これは……、そう、言うなれば事故や偶然なのだ」
「偶然?」
「そうだ。我が城が貸し出しているお主ら異締連の部屋を尋ねた際、ゲートを見つけたのだ。それでつい、好奇心でゲートを潜ってしまった。こちらの世界に繋がっているとは知らず、迷い込んでしまったのだ」
「わざとではない、と」
「そうだ。不用心にゲートを潜ったことは反省しているがの」
「……嘘ですよね。初めからこちらの世界に来るつもりだったのですよね?」
「私が嘘を吐いていると? 証拠があるのか?」
「殿下の今のお召し物です。それはこちらの世界の服ですよね?」
 イーリスの今の格好は黒のTシャツにデニムのハーフパンツ。動きやすい活発な子供の服装である。それについては明善も気になっていた。
「本当に迷い込んだならば、トリスタの服装のはずですよね? なのに、何故殿下の服装はこちらの世界のものなのですか? ゲートに入る前にわざわざ着替えたのでしょう? こちらの世界に溶け込めるように」
「……」
「殿下は前々からこちらの世界を見てみたいと仰っていましたよね? 機会を常に窺っていたのでは?」
 ルルがそう指摘すると、イーリスはバツが悪そうに顔を背けた。その仕草は嘘がバレた子供そのものである。ルルにしばしの間見つめられるが、その咎めた視線に耐えられなかったのか、ようやく認めた。
「ああ、そうだ! 前々からこっちに来る機会を狙っていたのだ! 興味があったのだ!」
「やはり。殿下、もう十分お楽しみになられたでしょう? 帰りましょう」
「嫌だ。私はまだ帰らん。もっとこっちの世界を見てみたいのだ!」
「そんな我儘を仰らないでください。あなたがこっちにいるだけで、大きな影響を与えるのです。王族としての立場を考えて自重して頂きたい」
「嫌なものは嫌だ!」
 駄々をこねるイーリス。だが、相手は王族。ふん縛って無理やり連れて行くなど、手荒な真似はできない。
 ルルがどうしたものかと悩んでいると、彼のスマートフォンが鳴る。
「失礼」
 断りを入れ、ルルは電話に出る。
「うんうん。……は⁉︎ どういうこと⁉︎」
 彼は電話の相手と何やら深刻な話をしていたが、途中で大声を上げる。信じられないといった表情だ。
「……わかった。僕の方から伝えておくよ」
 しばらく電話で話した後、通話を切りルルはイーリスに向き直る。
「殿下、お父様から伝言があります」
「父上から? なんだ?」
 イーリスの父というと王様だ。明善は書類仕事をしながら、聞き耳を立てる。落合と愛美の二人も同様だ。
「もし、殿下がこちらの世界で見識を広めたいというのならば、お父様の方で必要な手続をすると」
「それはつまり、こちらの世界にいても良いということだな?」
「その通りです」
 イーリスはその言葉を聞き、嬉しそうに破顔する。
「なんだ、いつもはダメだと袖にしていたくせに。許可するなら、最初から素直にそう言えばいいのに。父上も意地悪よのぉ。それでだ、ルルよ、いつまでこちらへの滞在してもよいのだ?」
「殿下の気が済むまで、と」
「ほほう。ならば、存分に堪能させてもらうとしようか。さて、どこから行こうかな。まずはこちらの食文化を体験してみようか。こちらの料理は非常に美味だと聞く」
 ウキウキ気分のイーリスに対し、ルルは暗い表情。彼は立ち上がり明善を手招きする。
 なんだ?
 明善はルルの後を追い、異犯対の部屋を出て廊下へ。
「ルル、どうしたの?」
「今の僕達のやりとりは聞いていたかい?」
「まあね。てっきり今すぐ連れ戻されると思ったよ。あの子のお父様はよく許可したね」
「そのことについて、説明したい。まず王女殿下がこちらに無断で来たことについて。表向きは王族として異世界への見識を広める為に来た、ということになった。あくまで前々から予定されていたことであったと」
「だろうね。こっちの世界に来た時点で、日本の法律に違反しているし」
 イーリスは無許可でこちらの世界に来たため、日本の法律、異世界不法渡航罪違反となる。だが、相手は王族だ。王族を逮捕したとなれば外交上の問題になる。かといって忖度して逮捕しないと、それはそれで騒ぐ人間がいる。だから、イーリスの訪問は事前に決定していたものとしたのだ。今頃、トリスタ、日本政府、異締連の人間が大急ぎで各種手続きなどをしているはずだ。
 警察官なのに犯罪を見逃すのか、王族を特別扱いするのかと言われれば、明善は答えに詰まる。だが、これは外交が絡んでいるのだ。清濁併せ呑まなければいけない。
「それでね、明善達にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「殿下の面倒を見てはくれないかい?」
「面倒を、見る?」
「具体的に言うと、この署の異犯対に殿下の衣食住を確保してほしい。護衛を兼ねてね」
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