異世界犯罪対策課

河野守

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第三章 異世界転売ヤー

第二話

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「ふーむ」
 異犯対の部屋で、明善は手に持った透明なパケ袋を睨みつけている。袋に入っているのは、火災現場から証拠品として持ち帰った小さな金属製のカンテラ。今はガラスが割れ所々焦げてしまった無惨な姿であるが、光沢のある薄鈍色うすにぶいろに細かな草木を模った装飾が施されている。購入者である家主は一目惚れと言っていたが、なるほど確かに中々美しい外装だ。購入したくなる気持ちもわかる。
 明善はパケを机の上に置いた後、手元にあったA四サイズ紙束を広げた。紙にはカラー写真が印刷されており、写真には懐中時計や鏡、ブローチなどが写っている。これらは件の家主がカンテラの他に、『マー君の個人輸入』というサイトで購入したもの。万が一を考え、これらの品も家主から預かった。実物は駐車場の覆面パトカー、そのトランクに保管してある。仮に爆発しても車一台の被害で済む。まあ、税金で購入したものであり、こんなことを言ったら納税者は怒るだろうが。品物については、異締連に現在確認中。回答はまだ来ていない。
「サイトを直接見てみるか」
 明善はノートパソコンを開き、インターネットに接続。
 家主から聞いた話だと、サイトに行き着くにはがいるらしい。まずはアンティーク品を紹介する個人グログにアクセス。そこからいくつかバナーを踏んでいくことで、ようやく辿り着ける。この時点で怪しさ満点である。おそらく簡単に見つかると、警察などに目をつけられると考えたのだろう。
「うわ……」
 サイトを開いた明善は思わずそうこぼした。
 まず最初に目に入ってきたのは、巨大なフォントで書かれた『ようこそ マー君の個人輸入へ!』。過剰な演出で眼がチカチカとする。まるでインターネット黎明期のWEBサイトだ。一言で言うと、クソダサい。
 明善は目のチラつきを我慢しながら、商品一覧の項目をクリック。『マー君の今月のおすすめ!』という言葉と共に、一枚の写真が出てきた。
「これか」
 写真には薄暗い雰囲気の中、テーブルの上で煌々と怪しくも神秘的な緑色の光を放つカンテラが映っている。サイトのデザインは古いが、商品紹介の写真については抜群のセンスがあるようだ。明善も一瞬欲しいと思ってしまった。
「一つ一万円か。意外と安いな」
  見た目の良さとお手頃な価格から購入者は結構多いようだ。このサイトでは購入した商品にレビューをつけることができ、五十以上は書き込まれている。文章をよくよく見てみると、言葉遣いや表現が同じものが見受けられる。中にはレビューの文章そのものをコピペしたものも。いわゆるサクラだろう。この手のサイトではよくある。だが、サクラらしきモノを抜いても、実際に購入した人間は多いようだ。レビューを書かない購入者も含めると、かなりの数が売れていると考えられる。
 他の商品もざっと見てみるが、結構売れているようだ。
「これは本当にまずいかもしれない」
 あのような危険物が多く出回っているのだ、速やかに販売元を突き止め、商品を回収する必要がある。
「えっと、会社名はと」
 サイト内を探すが会社名や住所は記載されていない。一応メールアドレスは記載されているが、フリーメールのもの。いわゆる捨てメアドである。
「何かトラブルがあったら、逃げるつもりだな」
 以前、サイバー犯罪対策課の相山から、商売でフリーアドレスを使っている場合は警戒したほうが良いと教えてもらったことがある。詐欺とかでよく使われているらしい。
「はい、アキくん、コーヒー」
「うん、ありがとう」
 愛美はコーヒーが入ったマグカップを明善の机に置いた後、まじまじとパソコンの画面を覗き込む。
「これが例のサイト? 中々派手なサイトだねー」
「そ。色々売っているんだけど、明らかに異世界の品もある。もしかしたら、扱っている商品は全部異世界産かも」
「マジで。でも、どうやって異世界から仕入れているんだろ? ……もしかして、ヤタガラス商会?」
「それは最初俺も考えた。ただね、なんか違和感があるんだよね」
「違和感?」
「そう。今までの話から商会は色々な世界の商品を扱っていて、それらを売っていた。例のストーカーの証言覚えている?」
「エリト君? 彼の証言がどうしたの?」
 エリトがレーネと呼ばれる女商人との取引を始めて、間もない頃の話。エリトはまだレーネとヤタガラス商会のことを信じ切っておらず、ある時「これらの商品って、大丈夫なんですか?」とつい聞いてしまったそうだ。すると、レーネは大きな目を吊り上げ、地団駄を踏む。色白の美しい顔の般若のように変貌させ、それはそれはかなり怖かったらしい。
「失礼ね! ウチの商品が信用できないっていうの! 言っておくけどね、きちんと本物であるか審査しているし、安全性を確認しているわよ。実際に商会の人間が使って、良い商品だけ取り扱ってる。欠陥品などは一つも売ってないわ! 全部安心安全な商品!……お客の要望では兵器や薬品なども売るけど……」
 商売の基本は信用。信用を失えば、どんな大きな会社も潰れてしまう。それは当然のことである。ヤタガラス商会は各世界の法律を破ってはいるが、商品自体は質の高いもののようだ。そうでなければ、世界を股にかけて手広く商売できるはずがない。
 明善はパケ袋に入ったカンテラの残骸を掲げて見せる。
「だけど、このカンテラは明らかに欠陥品。質にこだわっている商会が売るかな? それにこれ」
 明善はサイトのとある場所を指差す。
「口座? 購入代金の振り込み先?」
 代金の支払い方法は口座振り込みのみであり、口座は東北地方を中心に営業している銀行のモノ。だが、注目すべきはそこではなく口座名。
「そ。これさ、明らかに個人名なんだよね」
 「ほんとだ」
  振り込み先の口座名はヤマグチ ノリアキと書かれている。警察が調べればすぐに口座の持ち主、その住所はすぐにわかる。
「今までの商会は尻尾を掴ませてくれなかった。それなのに今回はこんなわかりやすい情報を残すかな?」
「確かに言われてみれば、色々と杜撰だね」
「でしょ」
 その時、明善のスマートフォンに着信。
「ルルからだ。商品についてだな。はい、もしもし」
「やあ、明善。こんにちは。もう直ぐ秋だけど、そっちはまだ暑いかい? 東京はね、残暑が厳しいよ。異締連の事務所はクーラーをかけっぱなし。電気代が高いって、経理から怒られちゃった」
「あー、はいはい。こっちもまだ暑いよ。それで本題は? 俺がさっき送った画像のこと?」
「そうだね、挨拶もほどほどに本題に入ろうか。あのカンテラ、ちょっと、いやかなりマズイもの」
「マズイって、違法な品ってこと?」
「その通り。あの緑の炎なんだけど、滅魔の炎と呼ばれる魔法」
「滅魔の炎?」
「トリスタという魔法工学が発展した世界のものでさ、元々は魔道具を廃棄する際に使われていたものなんだ。こっちの世界でもゴミを焼却しているでしょ。それと同じ。魔道具に残った魔力や術式ごと焼き尽くすための特殊な炎で、トリスタでちょっと前に生まれたもの。ああ、ちょっと前にって言うのは僕たちエルフの感覚ではなくて、人間のね」
「なんでその特殊な炎がカンテラに使われているの?」
「とあるトリスタの商人が作って売ったのが、事の始まり。あの緑の炎が幻想的で見た目が良いから、売れると考えたらしい。実際、市民の間では瞬く間に人気商品になった。だけど、しばらくして事故が多発したんだよ。当時は滅魔の炎は安全で人間は火傷しない、ただゴミを燃やすだけで燃やし終えたら勝手に消える便利な炎、という認識だったんだ。だけど、一度着火すると、その物体を燃やし尽くすまで消えないということが後からわかった。しかも、特殊な薬剤じゃないと消えないっていうこともね。今日その炎による火災があったようだけど、異能を消せる明善が近くにいたのが不幸中の幸いだった」
「その商品はその後どうなったの?」
「もちろん商品は回収。そして、滅魔の炎は行政機関が厳しく管理することとなり、商品に使うことは禁止となった。その炎は市場から消えた、はずだった。だけど、全ての商品を回収し切ることはできず、多くが闇市場に出回ったんだ。コレクターとかに人気らしい。行政も必死に探しているんだけどね」
「なるほど。そして、その闇市場からこっちの世界に流れてきたと」
「おそらく、ね。あとさ、明善が他にも送ってれた商品の写真」
「もしかして……」
「そう。それぞれの世界で製造販売が禁止となった商品達。写真の中に水時計があったでしょ」
「水時計?」
  明善は机の上に散らばっている写真を確認。一つに鮮やかな水色の液体が入った透明なキューブがあり、おそらくこれだろう。
「その水時計に使われている液体なんだけど、かなりの猛毒。しかも揮発性が高い。絶対割らないように。冗談抜きで大勢の死人が出るよ」
「マジか!」
「とにかく、それら危険物を扱っている商人を早急に捕まえる必要がある。できそう?」
「身元を特定できる情報はすでにある。そう時間はかからないと思う」
 電話の向こうから小さな吐息。ルルが安心して胸を撫で下ろしたのだろう。
「それはよかった。写真の商品の情報について、すぐに異締連からメールで送るから。速やかな事態の解決、がんばってね」
「もちろん、わかってるよ」
 電話を切った明善は愛美を連れ、書類仕事をしている落合の机へ。
「落合さん、今朝の火事についてなんですけど」
 落合はパソコンの画面に視線を固定したまま頷く。
「書類作りながら聞き耳立ててた。かなりヤベーやつなんだろ?」
「はい。すぐに販売元を検挙する必要があります」
「わかった。暁と愛美は販売元を探せ。俺は今ちょうど書類が片付いたし、大柳署長の元にこのことを報告しに行くわ。マスコミを使って商品を警察に届けるよう、市民に知らせる必要がある」
「承知しました。じゃあ、谷家ちゃんは銀行に照会お願い。俺は商品の発送元を辿ってみるから」
「りょー!」
 明善は心の中で気を引き締める。
 市民の安全が脅かされないよう、これ以上異世界産の危険物が出回ることを許してはならない。
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