ゆきち創作短編集

ゆきち

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人魚姫

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 ある日、日光浴をしようと、セイレーンのエイシアちゃんは海から顔を出しました。
 ぷかぷかと浮いていると、遠くに大きな船があることに気が付きました。

「船とか、久しぶりに見た」

 エイシアちゃんは、船に近づいてみることにしました。
 甲板の隙間から、こっそり様子を窺うと、船の中はパーティーをしていました。にぎやかな音楽の中、きれいに着飾った人たちが踊ったり、おしゃべりしたり。

 しばらく目の前の光景を眺めていたエイシアちゃん。
 ふと、1人の青年が甲板に近づいてきました。
 エイシアちゃんは慌てて海に戻り、甲板を見上げました。そこにいた青年は、他の人とはなんだか雰囲気が違いました。なんとその人は、このパーティーの主役である王子だったのです。

(なんてすてきな人だろう)

 エイシアちゃんは王子に一目ぼれしてしまいました。
 王子を自分のものにしたいと思ったエイシアちゃんは、海の中で作戦を立てることにしました。

 さて、夜になって、エイシアちゃんは再び船の近くに顔を出しました。そして、すぐさま得意のお唄を唄い始めました。
 すると、海の様子が変わってきました。雲がたくさん出てきて雷が鳴り、波が高くなりだしたのです。
 嵐はどんどん強くなり、とうとう船は横倒しになってしまいました。船に乗っていた人たちは海に投げ出されてしまいました。
 けれど、エイシアちゃんにとってはそんなこと、知ったことではないのです。

 エイシアちゃんは、海に沈んでいく人たちの中からお目当ての人を探し出し、浜辺に運びました。 

「しっかりして!私の王子様!」

 王子はなかなか目を覚ましません。なんとか目覚めさせようとがんばっていると、いつの間にか朝になっていました。
 その時、こちらに近づいてくる若い娘がいました。驚いたエイシアちゃんは、近くの岩に身を隠しました。
 娘は、王子を見てびっくり。慌てて人を呼びました。
 その声のおかげなのか、王子はちょうど目を覚ましました。

 エイシアちゃんは、しまった!と思いました。案の定、王子はその娘を命の恩人だと勘違いしてしまったのです。

「作戦が台無しだわ!」

 エイシアちゃんはしょんぼりして海に戻りました。が、すぐにピンときました。

「そうだわ、直接お城に行けばいいのよ!」

 どうやら想い人はこの国の王子のようです。エイシアちゃんはすぐに準備を始めました。

 さっそく海の魔女のところに行ったエイシアちゃん。

「おばあちゃん、足生やすお薬ちょうだい!」
「あんたはいつも突然だねぇ」

 エイシアちゃんと魔女のおばあちゃんはとっても仲良しなのです。
 無事に薬をもらえたエイシアちゃんは、王子のいるお城に向かいました。

 エイシアちゃんは薬の副作用で口がきけません。しかし、王子はエイシアちゃんをひと目みて気に入り、妹のように可愛がりました。
 けれど、王子はエイシアちゃんをそれ以上の存在としてみてくれません。それどころか、命の恩人と思いこんでいる例の若い娘に心を奪われている様子です。

 なかなか思い通りにいかないエイシアちゃん。
 どうしたものかと考えているうちに、なんと、王子と娘は結婚式をあげることになってしまいました。
 これにはエイシアちゃんも大慌て。

(王子様を助けたのは本当は私なのよ!)

 そう叫びたかったけれど、悔しいことに、今のエイシアちゃんは声が出せないのです。

 どうすることもできないまま、王子と娘は船に乗り込み、結婚式の披露宴が開かれます。

(これじゃあ、人魚姫そのまんまだわ!)

 「人魚姫」の物語では、王子と結婚できなかった姫は、次の日の朝、海の泡になってしまうのです。
 けれどもエイシアちゃんはセイレーン。人魚姫とはちょっと違います。
 だってエイシアちゃんが欲しいのは"王子様"ではなく、"王子様の魂"なのですから。結婚できなくても泡にはなりません。

 エイシアちゃんは、厳密には"自分を好きになってくれた王子様の魂"が欲しいのです。
 でも、王子はあの娘に夢中。だからオプション無しの"王子様の魂"で我慢です。

 さて、得意のお唄が唄えないとなると、どうやって王子の魂を手に入れようかとエイシアちゃんは考えます。華やかな披露宴をよそに、船の手すりにもたれているばかりでした。

 そのとき、波の上にエイシアちゃんのお姉さんたちが姿を見せました。
 久しぶりに会うお姉さんたちにエイシアちゃんはびっくり。

「何やってるのよ。ほら、このナイフをあげるから、サクッと殺っちゃいなさい」
(さすがお姉様!ありがとう!)

 エイシアちゃんはお姉さんたちに手を振り、ナイフが見つからないように気をつけながら披露宴の人ごみの中に消えていきました。

 エイシアちゃんは、娘が王子から離れた瞬間を見計らい、王子のそばに行きました。
 そして、王子に口付けをしたのと同時に、心臓にナイフを突き刺しました。そのまま王子の魂を食べてしまったのです。

 一瞬のことでしたから、人々が王子が殺されたのに気が付いたのは、エイシアちゃんが王子から離れて船の手すりに寄りかかった時でした。
 船に乗ってる人たちはみんな大騒ぎ。娘はショックのあまり、気を失ってしまいました。

 成り行きを見つめる上機嫌なエイシアちゃん。しばらくすると、人々はエイシアちゃんを指差してなにやら叫んでいます。
 それもそのはず。エイシアちゃんはすでにもとの姿に戻っていたのです。
 騒ぎ立てる人々をよそに、エイシアちゃんはにこにこしています。そして、得意のお唄を唄い始めました。
 すぐに風が吹き始め、嵐は瞬く間に船を襲いました。

「じゃあね~、ばいばーい!」

 そしてエイシアちゃんはそのまま海に帰っていきました。
 船は激しい波風に煽られて転覆してしまいました。
 でも、乗っていた人たちの誰がどうなろうと、エイシアちゃんにはもう知ったことではないのでした。
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