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十七話 戦うな、マゾーガ 上下
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灰のかかった青いシャツの襟や袖には大ぶりのレースがあしらわれ、既製品ではあるものの悪くはない。
白いズボンも足をほっそりと見せてくれて、地味に尻が気になる私としてもまぁ許せる範囲だ。
王都の騎士の間で流行っている装いだが、全身を写す鏡で見てみれば布地を押し返す胸元と腰の豊かさが色気として表に現れている。
ああ、今日も私は美しい……。
何故か頭に桃色をした猫の耳が生えているが、まぁ特に困った事があるわけでもない。
神鳥をむしった時、何かに使えるかと思って取っておいた風切り羽を刺した黒のマスケット帽を被り、赤の外套を羽織る。
これから部屋を貸していただいた方に礼をしに行くわけだが、少しくらいは派手にやりたい。
外套も縁こそ金糸で飾られているが、いまいち手がかかっていない辺り、むしろ見苦しいのではないだろうか。
だが旅をしていると、動きやすさを中心に考えてしまい、あまりこういう格好はしにくい。
隙あらばしていくべきだな、うん。
「お嬢様、入ります……って、なんできっちり着替えちゃってるんですか」
「見苦しい格好をしていくわけにはいかんだろう」
入ってきた爺は、私を見て顔をしかめた。
最近、いまいち着道楽が出来なかったせいで、鬱憤が溜まっているのだ。
これくらい快く許すべきだろうに。
「だからってですね」
「まぁ待て、挨拶をしに行くのにお待たせしては失礼だ」
「む、そうですね。 ……ところでどうしてマゾーガがベッドで寝てるんですか?」
「色々あったんだ」
「……そうですか」
私の言葉に何か感じる物があったのか、爺はそれ以上は追及して来なかった。
暇な時など私をほっぽりだして、二人でぶらぶらしているようだし、考える事も多いのだろう。
「さ、淑女の寝顔をいつまでも見ているものではない」
「そうですね、ではご案内します」
爺の先導で歩く通路は、それなりに広く長いゆったりとした作りだ。
「……なあ、爺。 私達を泊めてくれた方は、どういう方だ」
しかし、窓から見える庭は荒れ果て、石畳も屋内だというのにあちこち剥がれたままになっている。
「……し、質素な生活をしている方です」
屋敷の規模こそ、それなりの爵位のある貴族を思わせる大きさだが、人影がまったくない。
そもそも爺が先導している事もおかしな話だ。
爺が執事とはいえ、他家の者を使うなど家の恥と言われてもおかしくない。
「……まぁ助けてもらった恩がある。 何も言わんさ」
「そうしてください」
爺は扉の前で立ち止まると、こちらに向き直った。
「少し失礼します」
こちらの返事を待たず、私の胸元に手を伸ばす。
「いやらしい小僧め」
「何を言い出すんですか。 リボンが曲がっていますよ」
首もとに巻いておいた赤いリボンを、爺が手早く直した。
相変わらず細かい奴だ。
「いいですね、お嬢様の恥はお家の恥です。 たまには淑女らしく」
「失礼する」
長ったらしくなりそうな説教を無視し、私は扉を叩いた。
「どうぞ、お入りください」
中から聞こえてきたのは、力の欠片も感じられない弱々しい声だ。
扉を開けると、やっと立ち上がりました、といった様子の老人の姿があった。
杖で体重を支えなければ、ぽっきりと折れてしまいそうなほどに弱々しい姿で、顔は皺で埋め尽くされ、表情は伺いにくい。
「ネート辺境伯が娘、ソフィア・ネートです。 このたびは」
「ま、まぁまぁおかけください。 立っているのが辛くてですな。 あ、私はジャン=ジャック・ドワイト男爵と申します」
「……はあ」
帽子を取り、一礼をした私を遮り、ドワイト男爵は腰を下ろした。
「まぁおかけくだされ。 クリスくん、お客様にお茶を出しておくれ」
「かしこまりました」
かしこまるなよ、と言いたくなったが、ぐっと抑える。
何故、彼は平然と私の執事を使っているのか、と言いたくなるが、さすがに言いにくい。
「ネート伯の娘さんがこんなにもお美しくね。 いや年は取りたくないですな。 私もあと十年若ければ放ってはおかないのですがね」
老人特有のぼそぼそとした喋りは、非常に聞き取りにくかった。
しかし、不愉快とはいえ命の恩人だ。
適当に話を聞いたら、礼金を渡してさっさとお暇しよう。
「我がドワイト家はかの中興の祖イセリナ姫をですな、守りきった騎士の家柄で、私も若い頃には」
「はあ」
適当に聞き流していると、いい気持ちで我が家自慢が始まっていた。
先祖が偉いからと言って、自分が偉くなるわけではあるまい。
私の父は貧しい領地を開墾し、産物を産み出そうとしているが、私はこうしてふらふら遊び歩いている盆暗娘だぞ。
そしてドワイト家といえば、数百年前に五百かそこらの兵で百万の兵を追い返したという逸話があったはずだ。
王妃との禁じられた愛のため、命を賭けて戦う姿は、まさに騎士の中の騎士……といった筋立てで吟遊詩人が歌っているのを聞いた覚えがある。
そんな家がこうも零落するとは、何とも残酷なものだ。
「そういう事でですな、よろしいですかな?」
「はあ」
「お嬢様!?」
「ん?」
こういう会話に爺が割り込んでくるのは、初めてですらある。
今、私は何に返事をしたのだろう。
「いやぁ、この年寄りの頼みを聞いてくれる大徳の持ち主がおられるとはありがたい事です」
にこやかなドワイト男爵、呆れた様子を隠す気もない爺。
「ではお頼み申しますぞ、我が家の権利であるこの街の徴税権を取り返してくだされ!」
……何だかえらい事を頼まれてしまったようだ。
白いズボンも足をほっそりと見せてくれて、地味に尻が気になる私としてもまぁ許せる範囲だ。
王都の騎士の間で流行っている装いだが、全身を写す鏡で見てみれば布地を押し返す胸元と腰の豊かさが色気として表に現れている。
ああ、今日も私は美しい……。
何故か頭に桃色をした猫の耳が生えているが、まぁ特に困った事があるわけでもない。
神鳥をむしった時、何かに使えるかと思って取っておいた風切り羽を刺した黒のマスケット帽を被り、赤の外套を羽織る。
これから部屋を貸していただいた方に礼をしに行くわけだが、少しくらいは派手にやりたい。
外套も縁こそ金糸で飾られているが、いまいち手がかかっていない辺り、むしろ見苦しいのではないだろうか。
だが旅をしていると、動きやすさを中心に考えてしまい、あまりこういう格好はしにくい。
隙あらばしていくべきだな、うん。
「お嬢様、入ります……って、なんできっちり着替えちゃってるんですか」
「見苦しい格好をしていくわけにはいかんだろう」
入ってきた爺は、私を見て顔をしかめた。
最近、いまいち着道楽が出来なかったせいで、鬱憤が溜まっているのだ。
これくらい快く許すべきだろうに。
「だからってですね」
「まぁ待て、挨拶をしに行くのにお待たせしては失礼だ」
「む、そうですね。 ……ところでどうしてマゾーガがベッドで寝てるんですか?」
「色々あったんだ」
「……そうですか」
私の言葉に何か感じる物があったのか、爺はそれ以上は追及して来なかった。
暇な時など私をほっぽりだして、二人でぶらぶらしているようだし、考える事も多いのだろう。
「さ、淑女の寝顔をいつまでも見ているものではない」
「そうですね、ではご案内します」
爺の先導で歩く通路は、それなりに広く長いゆったりとした作りだ。
「……なあ、爺。 私達を泊めてくれた方は、どういう方だ」
しかし、窓から見える庭は荒れ果て、石畳も屋内だというのにあちこち剥がれたままになっている。
「……し、質素な生活をしている方です」
屋敷の規模こそ、それなりの爵位のある貴族を思わせる大きさだが、人影がまったくない。
そもそも爺が先導している事もおかしな話だ。
爺が執事とはいえ、他家の者を使うなど家の恥と言われてもおかしくない。
「……まぁ助けてもらった恩がある。 何も言わんさ」
「そうしてください」
爺は扉の前で立ち止まると、こちらに向き直った。
「少し失礼します」
こちらの返事を待たず、私の胸元に手を伸ばす。
「いやらしい小僧め」
「何を言い出すんですか。 リボンが曲がっていますよ」
首もとに巻いておいた赤いリボンを、爺が手早く直した。
相変わらず細かい奴だ。
「いいですね、お嬢様の恥はお家の恥です。 たまには淑女らしく」
「失礼する」
長ったらしくなりそうな説教を無視し、私は扉を叩いた。
「どうぞ、お入りください」
中から聞こえてきたのは、力の欠片も感じられない弱々しい声だ。
扉を開けると、やっと立ち上がりました、といった様子の老人の姿があった。
杖で体重を支えなければ、ぽっきりと折れてしまいそうなほどに弱々しい姿で、顔は皺で埋め尽くされ、表情は伺いにくい。
「ネート辺境伯が娘、ソフィア・ネートです。 このたびは」
「ま、まぁまぁおかけください。 立っているのが辛くてですな。 あ、私はジャン=ジャック・ドワイト男爵と申します」
「……はあ」
帽子を取り、一礼をした私を遮り、ドワイト男爵は腰を下ろした。
「まぁおかけくだされ。 クリスくん、お客様にお茶を出しておくれ」
「かしこまりました」
かしこまるなよ、と言いたくなったが、ぐっと抑える。
何故、彼は平然と私の執事を使っているのか、と言いたくなるが、さすがに言いにくい。
「ネート伯の娘さんがこんなにもお美しくね。 いや年は取りたくないですな。 私もあと十年若ければ放ってはおかないのですがね」
老人特有のぼそぼそとした喋りは、非常に聞き取りにくかった。
しかし、不愉快とはいえ命の恩人だ。
適当に話を聞いたら、礼金を渡してさっさとお暇しよう。
「我がドワイト家はかの中興の祖イセリナ姫をですな、守りきった騎士の家柄で、私も若い頃には」
「はあ」
適当に聞き流していると、いい気持ちで我が家自慢が始まっていた。
先祖が偉いからと言って、自分が偉くなるわけではあるまい。
私の父は貧しい領地を開墾し、産物を産み出そうとしているが、私はこうしてふらふら遊び歩いている盆暗娘だぞ。
そしてドワイト家といえば、数百年前に五百かそこらの兵で百万の兵を追い返したという逸話があったはずだ。
王妃との禁じられた愛のため、命を賭けて戦う姿は、まさに騎士の中の騎士……といった筋立てで吟遊詩人が歌っているのを聞いた覚えがある。
そんな家がこうも零落するとは、何とも残酷なものだ。
「そういう事でですな、よろしいですかな?」
「はあ」
「お嬢様!?」
「ん?」
こういう会話に爺が割り込んでくるのは、初めてですらある。
今、私は何に返事をしたのだろう。
「いやぁ、この年寄りの頼みを聞いてくれる大徳の持ち主がおられるとはありがたい事です」
にこやかなドワイト男爵、呆れた様子を隠す気もない爺。
「ではお頼み申しますぞ、我が家の権利であるこの街の徴税権を取り返してくだされ!」
……何だかえらい事を頼まれてしまったようだ。
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