剣戟rock'n'roll

久保田

文字の大きさ
上 下
76 / 132

十七話 戦うな、マゾーガ 上下

しおりを挟む
 灰のかかった青いシャツの襟や袖には大ぶりのレースがあしらわれ、既製品ではあるものの悪くはない。
 白いズボンも足をほっそりと見せてくれて、地味に尻が気になる私としてもまぁ許せる範囲だ。
 王都の騎士の間で流行っている装いだが、全身を写す鏡で見てみれば布地を押し返す胸元と腰の豊かさが色気として表に現れている。
 ああ、今日も私は美しい……。
 何故か頭に桃色をした猫の耳が生えているが、まぁ特に困った事があるわけでもない。
 神鳥をむしった時、何かに使えるかと思って取っておいた風切り羽を刺した黒のマスケット帽を被り、赤の外套を羽織る。
 これから部屋を貸していただいた方に礼をしに行くわけだが、少しくらいは派手にやりたい。
 外套も縁こそ金糸で飾られているが、いまいち手がかかっていない辺り、むしろ見苦しいのではないだろうか。
 だが旅をしていると、動きやすさを中心に考えてしまい、あまりこういう格好はしにくい。
 隙あらばしていくべきだな、うん。

「お嬢様、入ります……って、なんできっちり着替えちゃってるんですか」

「見苦しい格好をしていくわけにはいかんだろう」

 入ってきた爺は、私を見て顔をしかめた。
 最近、いまいち着道楽が出来なかったせいで、鬱憤が溜まっているのだ。
 これくらい快く許すべきだろうに。

「だからってですね」

「まぁ待て、挨拶をしに行くのにお待たせしては失礼だ」

「む、そうですね。 ……ところでどうしてマゾーガがベッドで寝てるんですか?」

「色々あったんだ」

「……そうですか」

 私の言葉に何か感じる物があったのか、爺はそれ以上は追及して来なかった。
 暇な時など私をほっぽりだして、二人でぶらぶらしているようだし、考える事も多いのだろう。

「さ、淑女の寝顔をいつまでも見ているものではない」

「そうですね、ではご案内します」


 爺の先導で歩く通路は、それなりに広く長いゆったりとした作りだ。

「……なあ、爺。 私達を泊めてくれた方は、どういう方だ」

 しかし、窓から見える庭は荒れ果て、石畳も屋内だというのにあちこち剥がれたままになっている。

「……し、質素な生活をしている方です」

 屋敷の規模こそ、それなりの爵位のある貴族を思わせる大きさだが、人影がまったくない。
 そもそも爺が先導している事もおかしな話だ。
 爺が執事とはいえ、他家の者を使うなど家の恥と言われてもおかしくない。

「……まぁ助けてもらった恩がある。 何も言わんさ」

「そうしてください」

 爺は扉の前で立ち止まると、こちらに向き直った。

「少し失礼します」

 こちらの返事を待たず、私の胸元に手を伸ばす。

「いやらしい小僧め」

「何を言い出すんですか。 リボンが曲がっていますよ」

 首もとに巻いておいた赤いリボンを、爺が手早く直した。
 相変わらず細かい奴だ。

「いいですね、お嬢様の恥はお家の恥です。 たまには淑女らしく」

「失礼する」

 長ったらしくなりそうな説教を無視し、私は扉を叩いた。

「どうぞ、お入りください」

 中から聞こえてきたのは、力の欠片も感じられない弱々しい声だ。
 扉を開けると、やっと立ち上がりました、といった様子の老人の姿があった。
 杖で体重を支えなければ、ぽっきりと折れてしまいそうなほどに弱々しい姿で、顔は皺で埋め尽くされ、表情は伺いにくい。

「ネート辺境伯が娘、ソフィア・ネートです。 このたびは」

「ま、まぁまぁおかけください。 立っているのが辛くてですな。 あ、私はジャン=ジャック・ドワイト男爵と申します」

「……はあ」

 帽子を取り、一礼をした私を遮り、ドワイト男爵は腰を下ろした。

「まぁおかけくだされ。 クリスくん、お客様にお茶を出しておくれ」

「かしこまりました」

 かしこまるなよ、と言いたくなったが、ぐっと抑える。
 何故、彼は平然と私の執事を使っているのか、と言いたくなるが、さすがに言いにくい。

「ネート伯の娘さんがこんなにもお美しくね。 いや年は取りたくないですな。 私もあと十年若ければ放ってはおかないのですがね」

 老人特有のぼそぼそとした喋りは、非常に聞き取りにくかった。
 しかし、不愉快とはいえ命の恩人だ。
 適当に話を聞いたら、礼金を渡してさっさとお暇しよう。

「我がドワイト家はかの中興の祖イセリナ姫をですな、守りきった騎士の家柄で、私も若い頃には」

「はあ」

 適当に聞き流していると、いい気持ちで我が家自慢が始まっていた。
 先祖が偉いからと言って、自分が偉くなるわけではあるまい。
 私の父は貧しい領地を開墾し、産物を産み出そうとしているが、私はこうしてふらふら遊び歩いている盆暗娘だぞ。
 そしてドワイト家といえば、数百年前に五百かそこらの兵で百万の兵を追い返したという逸話があったはずだ。
 王妃との禁じられた愛のため、命を賭けて戦う姿は、まさに騎士の中の騎士……といった筋立てで吟遊詩人が歌っているのを聞いた覚えがある。
 そんな家がこうも零落するとは、何とも残酷なものだ。

「そういう事でですな、よろしいですかな?」

「はあ」

「お嬢様!?」

「ん?」

 こういう会話に爺が割り込んでくるのは、初めてですらある。
 今、私は何に返事をしたのだろう。

「いやぁ、この年寄りの頼みを聞いてくれる大徳の持ち主がおられるとはありがたい事です」

 にこやかなドワイト男爵、呆れた様子を隠す気もない爺。

「ではお頼み申しますぞ、我が家の権利であるこの街の徴税権を取り返してくだされ!」

 ……何だかえらい事を頼まれてしまったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...