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9話

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まだ、自分から黒崎と同じシャンプーの匂いがするのには慣れない。
髪を乾かすと余計に匂いが強くなったような気がして落ち着かない。香りが早く飛ぶようにと頭を振ってみたら、隣でそれを見ていた黒崎がけらけら笑っていた。
まだ眠るには早い22時。2人で並んで座ってバラエティ番組を観ている。
俺が映画を見ようと探していたところに「俺この芸人好きなんだよね」と黒崎が言って、長編のアクションを観るつもりが短尺のお笑いのネタを何度も見ることになった。

面白いことに変わりは無いが、あまり興味のない俺はずっと黒崎の方を見ていた。大口を開けて馬鹿笑いしている姿が可愛いと思う。
黒崎は本当に表情がよく変わって、笑う時は思いっきり笑うし不機嫌そうな時は分かりやすくムスッとする。興味無い時の顔も分かりやすいし、それから何より、照れた時が一番分かりやすい。

思い出して、また見たいなぁと考えた。
夢中になっている黒崎に手を伸ばして、耳をそっと撫でる。少しびっくりした顔をした黒崎だったが、すぐに俺がこうやってちょっかいをかけるのを分かっていたような顔をして笑う。

「なに。どうしたの」  

目が合う。俺が考えていることなんて、全部見透かしているような顔でこちらを見ていた。
何も言わないでそのまま顔を寄せる。俺に合わせてゆっくり瞼を閉じる黒崎が好きだった。

「すきです」

ちゅ、と音を立てて軽いキスをする。
いつ唇を合わせても、黒崎の唇は柔らかくて気持ちよかった。何度もちゅ、ちゅ、と優しく唇を吸って、夢中になってキスをする。

「…息上がってる」

ふふ、と黒崎が笑って、目に掛かっていた前髪を避けてくれる。

「は…、いいでしょ別に」

「必死でかわいい」

「あんまり嬉しくないです」

そう言ってまた顔を寄せて、ゆっくりキスをする。
子供みたいな可愛いキスが好きだ。ふにふに感触を楽しんで、わざと音を立てて吸ったり下唇を食んでみたり。無理に俺が背伸びをして深いキスをするより、こっちの方が黒崎の反応を見る余裕もあるから好きだ。
ぬるりと、一瞬唇に舌を這わせる。ぴくっと黒崎の肩が跳ねたのが分かってたまらなくなった。

テレビの声が遠のく感覚がした。
どうせ映画なんてかけたってこうやって観なかったんだから、黒崎は正しかったのかもしれない。

「…黒崎さん大好き」

「ぅわ、ちょっ何!」

ちゅ、ちゅ、とキスの位置を唇から頬へ、輪郭へ、それから首筋に移動させていく。
風呂上がりだからか、いつもより体温が高い分匂いが強い気がして、耳の後ろあたりに顔を埋めてすんすんと匂いを嗅ぐ。ボディーソープとシャンプーと柔軟剤と、それから黒崎の匂い。

「…いい匂いする」

「…それシャンプーだろ」

「違うよ、黒崎さんのだよ。あまい匂い」

「ぅ……、馬鹿、くすぐったいって」

赤くなってきた耳のフチを甘噛みすると、小さく声を漏らしたのが分かった。
耳、好きなんだ。ゆっくり何度も唇を押し当てるようにキスをして、耳たぶを舌先で突っつくように舐めて、思い立って軽く息を吹きかけてみる。

「ぁ………」

聞いたことが無い、高くて細い声を黒崎が出した。いつのまにか黒崎は身体の力を抜いていて、だらんとクッションに寄りかかっている。

心臓が痛いくらい早く脈を打った。

何だかすごく悪いことをしてしまったように思ってしまって、どうにかお互い体勢を直そうとあたふたしてしまった。
慌てて身体を起こそうとしてクッションに手をつくと、柔らかいビーズのクッションは体重をかけるとすぐに沈み込んでしまう。
焦ったまま上手く力が入らずに手をわちゃわちゃ動かした時。本当にたまたま、黒崎の下半身に手が当たってしまった。
ほんの一瞬、手の甲がさらっとツルツルの生地のハーフパンツに触れた程度だったのだが。


「…………え、パンツは?」


薄い生地の下の感触が妙に生々しく伝わってきて、すぐに気がついてしまった。この人下着を履いていない。

「あー……、俺、夜履かないタイプなの」

「…………なんで?」

「え、…窮屈じゃ無い?」

何がおかしいんだろう、みたいな顔して飄々と答える黒崎に、頭をがつんと殴られたような衝撃を感じた。

「……じゃあ今までも履いてなかったの?」

「え、うん。多分そう」

「………………………………」


俺たちはお付き合いを始めたわけだけれど、…そういう、性的な事はしていなかった。

お互いの家に泊まりに行ったり、一緒に遊びに行ったり。抱きついたりキスをしたり、手を繋いで寝たりハグをしたり、そういう親密なスキンシップはあれど、それ以上は無かった。

単純に、俺がこの人とそういう繋がりが欲しいのかが自分でも分からなくて、子供みたいに過ごしてきたのだ。

だから同じベッドで寝ていたって、どちらかが眠りにつくまで話をしているだけで何も無かった。
黒崎がどう思っていたのかは分からないが、俺はずっとそれで満足だった。

満足だったはずだが。

黒崎の下半身を、思わず凝視してしまった。
光沢のある生地は部屋のライトを受けてつるつる光っていて、確かにはっきりナニの形が見える。
流石に黒崎もジロジロ見られるのは嫌なのか、曖昧に笑ってスウェットの裾を引っ張って隠した。

「なに、そんな見ないでって……」

まだ赤いままの耳が目に入った瞬間、ぐわっと身体の底から熱が上がってくるのが分かった。

この人が欲しい、と心の底から思った。
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