君が消えてゆく世界

砂時計

文字の大きさ
上 下
3 / 11

第3話

しおりを挟む
    その日の夜、僕は机でスマホ内の写真を見ていた。それは、その日海で撮った写真だ。写真の中には、笑顔を向けている僕と悠が写っている。
    
    僕の頬に自分の頬を寄せ、幸せそうな表情でいる悠。きっと、こんなことは愛する相手にしかしないはずだ。そんなことを思うと、嬉しさと共に安心感のようなものも湧いてくる。

    僕はその写真を見ながら、今日の夕暮れ時のことを思い出す。それはまるで今体感しているように、鮮明に映像化されていく。





    オレンジに染まった空、漣の音、海に起こる緩やかな波。僕達は座りながらそれを眺めている。
    そうしていると、悠がふいに僕の肩に頭を乗せる。僕の鼻腔に入る、華やかな髪の香り。僕はそれにどぎまぎしながらも、平静を取り繕いこう尋ねる。

「急にどうしたんだ?」
「別に、何でもない」
そう言ってから程無くして、悠は僕の頬にキスした。僕の胸は更に高揚し、身体が沸騰したような感覚を覚える。そんな僕をからかうように、悠は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

    悠は海に向き直ると、思い出したようにこう言った。
 「そういや、キスなんてしたことなかったね。ほっぺは今したけど……」
言われてみれば、確かにそうだ。僕が奥手なので、なかなかそういうことをできなかったのだ。

     今、悠にしたらどんな反応を見せるのだろう。そんなことを思ったものの、なかなか行動に移せない。そんな臆病な自分に苛立ってくる。

    不意に、悠は僕の顔に自分の顔を近づけてきた。僕と悠の目と目が合う。僕が茫然としている間に、額と額がくっつく。それから、悠は耳を擽るように囁いた。
「ねぇ、今してみる?」

    僕が何も答えられないでいると、悠は吹き出すように笑った。
「アハハハハハハ……」
僕は何が何だか分からず、目を丸くする。そんな僕を、悠は可笑しそうに見ている。その様子を見るに、からかわれていたことだけは確かなようだ。

    僕は少し苛立ちながら、こう言った。
「な、何なんだよ」
「からかっただけだよ。そんなに怒ることないじゃん」
そう言うと、悠は艶のある笑みを浮かべる。そして、僕から目を反らした。一体、何がしたいのだろう。僕には分からないが、からかわれることが心地よくもあった。




     
    そんな思い出に浸っていたが、不意にある心配事に囚われた。
    もしや、あの甘い思い出すら悠は忘れるのではないか。大人になっていく内に、突然記憶の中から消滅するのではないか。そんなことを、どうしても考えてしまうのだった。

    けれど、僕はそれを直ぐ様掻き消そうとする。そうでもしなければ、僕の気が持たない。
     
    僕は再び、写真の中の悠を見つめる。悠は小鳥のそれのような濁りのない瞳で、僕を見つめている。その瞳を見ている内に、別れ際に放った言葉が脳内再生される。
「きっと、今日のことは一生忘れないと思う」

    暗くなりかけた空の下、悠は確かにそう言ってくれた。その言葉を僕が信じなくて、どうするというのだ。
    不安を打ち消すように、その言葉を何度も脳内再生する。きっと悠の中に、僕や僕との思い出は生き続けるはずだ。根拠は無くとも、そう信じる他ない。

 
   不安な気持ちと格闘していると、突如スマホにメッセージが来た。それは、悠から来たものらしい。それを読み上げる。

「今日のデート、楽しかったよ」
ただ、その一言だけを伝えたかったらしい。意外にも、悠には律儀な所がある。僕もまた、メッセージを送る。

「次のオフの日は、どこに連れて行って欲しい?」
基本的に、デートの場所は僕が決めることになっている。なのでそう打ち込んだのだが、悠からは意外な返答が来た。

「次は私の好きな所に連れて行きたいの。いい?」
悠からデート場所を指定されることは、片手で数えられる程しかない。それ程貴重な機会を断る理由は無い。

「分かった。でも、それは一体どこなの?」
「教えない。ま、楽しみにしていてよ。それより、オフの日がいつか教えて」

    これまた意外な返答だった。けれど、確かにその方が楽しみが増えて良いかもしれない。
    メッセージを確認すると、オフの日を教えた。その後、悠から確認のメッセージが届く。

「じゃあ、その日で決定ね。集合場所は、○○公園ね」
それに対し「了解」とだけ打つと、会話は終了した。

    一体、悠の好きな所はどこなのだろう。水族館だろうか。動物園だろうか。それとも、もっとニッチな所だろうか。想像すると、徐々に楽しくなってくる。好きな人の新たな一面を知れることは、恋の楽しさの一つだ。

    そんなことを考えている内に、もう眠る時間になっていた。今日はもう、翌日の学校に備え眠ることにしよう。部屋の電気を消すと、ベッドに入る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...