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しおりを挟む「ところで、あなたは?ここに住んでるんですか?」
「我は神だ。お前達の言う水を司る蛇神だ」
目を丸くして驚く少女。
「えっ、私食べられる?」
「食べん」
少女がほっとした顔をした時、地の底から響く亡者の叫び声のような音がした。
「ひゃっ」
慌ててお腹を押さえて顔を赤くする少女。
「食事を用意しているが食べるか?」
「はい!」
「っ……」
少女が浮かべた満面の笑み。
これまで向けられたことのない、裏も表もないとても素直な笑顔だった。
蛇神は一瞬言葉を失った。
少女といると、まるで自分が醜いことを忘れてしまいそうな感覚に陥る。
蛇神は言い知れぬ恐怖を感じていた。
この少女と関わるべきではない、深入りするなと、警戒音が鳴っていた。
用意されたお粥を一心不乱に食べる少女。
その少女の体はガリガリで、普段から満足な食事をしていなかっただろうことが分かる。
勢い良く食べ過ぎてむせる少女の背を撫でてやる。
「蛇神様優しい」
背を撫でただけで優しいとは、どんな扱いをされていたのか。
何とも言えぬ苛立ちが沸き起こったが、それが何にか分からなかった。
少女と会ってから言葉にできない何かが渦巻いて、落ち着きがなくなる。
やはり、一緒にいるのは良くないと、蛇神は判断した。
「それを食べたら村へ帰れ」
「えっ!?で、でもでも、生け贄が帰ってきても迷惑がられるだけだし」
「我の眷属も一緒に連れていけ。もう生け贄は必要ないと言えば村の者も納得するだろう」
「でも」
「ここはお前がいるべき場所ではない帰れ」
冷たく突き放す蛇神は、少女の顔を見ることができなくて素早く立ち上がり部屋を出ようとした。
しかし、それは小さな手によって防がれる。
蛇神の足に抱き付くようにしがみ付く少女。
「離せ」
低く冷たい声。
しかし、少女は無言で首を横に振り、さらに手に力を入れた。
幼子の弱い力だ。
簡単に振り払えたはずなのに、蛇神はそうしなかった。
いや、できなかった。
「離せ」
「やだやだ。お願いします。何でもしますからここに置いて下さい!あそこに帰るのは嫌なの。お願いします!」
無理に引き剥がそうとしたが……。
「やぁー!置いてかないで!!」
しまいには、えぐえぐと泣き始めてしまった少女に、蛇神はお手上げ状態。
蛇神が知る、蛇神を恐れて泣く涙とは違う、自身を求めて泣く少女の涙に蛇神の心が波打った。
「……お前は我が怖くはないのか?」
少女は涙に濡れた瞳を向けながら首を傾げる。
言っている意味がよく分からないというように。
「我の顔が怖くはないのか?こんなに醜い我の顔が」
「蛇神様は怖くないです。醜くなんてない。むしろイケメンです!」
「イケメン?」
「えっと、格好いいってこと」
「……格好いい」
初めて言われた言葉だ。
「全然怖くないからここに置いて下さい!何でも言うこと聞きますから」
ウルウルと目を潤ませて見上げてくる少女を、蛇神は振り払うことができなかった。
「……お前、名はなんという?」
「分からないです」
「分からない?」
「だって、いつもあれとかそれとかしか言われてなかったから」
少女の村での扱いを垣間見て、再び苛立ちが沸き起こってきた。
「蛇神様が付けて下さい!」
「我が?」
こくこくと頷く少女の尻尾が嬉しそうに揺れる。
期待に満ちた目で見られれば、嫌だと言う選択肢をなくした。
少し考え込んで、ある名前が浮かんできた。
「……茜」
「あかね?」
「そうだ。お前を見つけた時の空の色だ」
そして、少女の瞳の色でもあった。
「茜……」
「嫌なら別のを考える」
「ううん。茜、良い名前。ありがとう蛇神様!」
にぱっと花が咲いたように笑う少女。
蛇神のことを信頼しきったその笑顔に、何故だか蛇神は泣きたいような気持ちになった。
こうして、茜はこの神殿で暮らすことになった。
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