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それはこの国で唯一の公爵家にあたる、ダラン公爵家からの打診だった。
そこの長男である小公爵のアレスが相手と知って、誰もが声を失った。
クレアの父であるディアイ伯爵は一も二もなく舞い上がったが、打診があったのがメルディナでなくクレアだったことに驚きを隠しきれず、どういうことだろうという空気が周囲に漂った。
「なんであんたなんかに公爵家から申し入れがあるのよ!」
「それは私にもわかりません……」
嫉妬と悔しさで取り繕うことも忘れてメルディナが怒り狂っている。
美しい髪を振り乱して地団太を踏んでいるメルディナを眺めながら考えるが、クレア本人も理由がさっぱりわからないし、裏があるのではと疑っていた。
ダラン公爵家の令嬢はこの国の王太子に既に嫁いでいる。
その王太子妃の弟であり公爵家の跡継ぎであるアレスはこの国の独身男性の中では最高のステータスを誇るといえるだろう。
しかも見目もよくて令嬢の間に人気が非常に高い有名人だ。
どんな女性でもよりどりみどりだろうと思われる彼が、たかだか伯爵家の、しかも容貌優れているわけでもなく、取り立てた特長があるわけでもないクレアを選ぶ理由がまるでわからない。
だから初の顔合わせの時に思わず「どうして私を?」と聞いてしまったクレアだったが、アレスは爽やかな笑顔で答えてくれた。
「私は賢い女性が好きなんだ」
「賢い?」
別に賢いようなことをした覚えはないとしきりに記憶をさかのぼるクレアだったが、アレスは迷いなく答えた。
「昔、君の姉の取り巻きの一人が森の中でけがをした。その時に君が治療をしたことがあっただろう?」
「どれのことでしょうか……心当たりがありすぎてわからないです」
「そんなに君は、姉君とその周囲に振り回されていたんだね」
そう言っておかしそうに笑うアレスの笑顔が優しくて、クレアの心がトクン、と音を立てた。
「私はその時、その場にいたんだよ」
そう言って、アレスはクレアも気づかなかった思い出を話し出した。
アレスが公共の場でもある森で狩猟をしていたら、貴族の子供達が勝手に入り込んできた。
流れ矢が当たりでもしたら危ないのでそのまま狩猟はお開きになったのだが、隠れて彼らを見ていたら、その中に一人だけ他の子たちと違う動きをしている少女がいたのだという。
大人の目からはなれ傍若無人にふるまう子供達の中で、一人輪からはみ出ていたような女の子。
ゴミを拾い、草木を無駄に誰かが傷つけないか見張り、誰かがケガをしそうなら止め、場の雰囲気を壊そうとも正しく導いている毅然とした態度。
その集団の中で年下の方に見えた彼女だったが、その行動は大人顔負けだった。
メルディナの美しさは貴族の中で有名だったから、その少女の素性はすぐに知れた。
メルディナの取り巻きの中には見知った少年もいたから、彼らに訊けば、その地味な子が誰かわかったのだ。
「君の優しさを愛する人はいるかもしれないが、私はまだ幼いのに周囲を見渡せる君の聡明さに感心していたんだ。あの時から、君の成長をそれとなく見守っていたんだよ」
アレスは跪くとクレアの手を取り、そこに口づけた。その仕草にどぎまぎしながら、クレアは不安にずっと思っていたことを口にした。
「姉と私を勘違いして申し入れされているのかと思っていました」
「とんでもない。私は君が大人になるのをずっと待っていた。君の姉があの方でなかったら君の素性もわからなかっただろうし、君の良さを私が目に留めることもなかっただろうね。君という輝ける星の引き立て役となってくれた君の姉君には感謝するしかないね」
そう言って愉快そうに笑う小公爵の笑顔に、あの美しい姉の方を引き立て役と見てくれる人もいるのね、とクレアは思わずつられて笑ってしまっていた。
二人の婚約が調い、クレアが公爵家に嫁いでいったのはそれから一年半後のこととなった。
そこの長男である小公爵のアレスが相手と知って、誰もが声を失った。
クレアの父であるディアイ伯爵は一も二もなく舞い上がったが、打診があったのがメルディナでなくクレアだったことに驚きを隠しきれず、どういうことだろうという空気が周囲に漂った。
「なんであんたなんかに公爵家から申し入れがあるのよ!」
「それは私にもわかりません……」
嫉妬と悔しさで取り繕うことも忘れてメルディナが怒り狂っている。
美しい髪を振り乱して地団太を踏んでいるメルディナを眺めながら考えるが、クレア本人も理由がさっぱりわからないし、裏があるのではと疑っていた。
ダラン公爵家の令嬢はこの国の王太子に既に嫁いでいる。
その王太子妃の弟であり公爵家の跡継ぎであるアレスはこの国の独身男性の中では最高のステータスを誇るといえるだろう。
しかも見目もよくて令嬢の間に人気が非常に高い有名人だ。
どんな女性でもよりどりみどりだろうと思われる彼が、たかだか伯爵家の、しかも容貌優れているわけでもなく、取り立てた特長があるわけでもないクレアを選ぶ理由がまるでわからない。
だから初の顔合わせの時に思わず「どうして私を?」と聞いてしまったクレアだったが、アレスは爽やかな笑顔で答えてくれた。
「私は賢い女性が好きなんだ」
「賢い?」
別に賢いようなことをした覚えはないとしきりに記憶をさかのぼるクレアだったが、アレスは迷いなく答えた。
「昔、君の姉の取り巻きの一人が森の中でけがをした。その時に君が治療をしたことがあっただろう?」
「どれのことでしょうか……心当たりがありすぎてわからないです」
「そんなに君は、姉君とその周囲に振り回されていたんだね」
そう言っておかしそうに笑うアレスの笑顔が優しくて、クレアの心がトクン、と音を立てた。
「私はその時、その場にいたんだよ」
そう言って、アレスはクレアも気づかなかった思い出を話し出した。
アレスが公共の場でもある森で狩猟をしていたら、貴族の子供達が勝手に入り込んできた。
流れ矢が当たりでもしたら危ないのでそのまま狩猟はお開きになったのだが、隠れて彼らを見ていたら、その中に一人だけ他の子たちと違う動きをしている少女がいたのだという。
大人の目からはなれ傍若無人にふるまう子供達の中で、一人輪からはみ出ていたような女の子。
ゴミを拾い、草木を無駄に誰かが傷つけないか見張り、誰かがケガをしそうなら止め、場の雰囲気を壊そうとも正しく導いている毅然とした態度。
その集団の中で年下の方に見えた彼女だったが、その行動は大人顔負けだった。
メルディナの美しさは貴族の中で有名だったから、その少女の素性はすぐに知れた。
メルディナの取り巻きの中には見知った少年もいたから、彼らに訊けば、その地味な子が誰かわかったのだ。
「君の優しさを愛する人はいるかもしれないが、私はまだ幼いのに周囲を見渡せる君の聡明さに感心していたんだ。あの時から、君の成長をそれとなく見守っていたんだよ」
アレスは跪くとクレアの手を取り、そこに口づけた。その仕草にどぎまぎしながら、クレアは不安にずっと思っていたことを口にした。
「姉と私を勘違いして申し入れされているのかと思っていました」
「とんでもない。私は君が大人になるのをずっと待っていた。君の姉があの方でなかったら君の素性もわからなかっただろうし、君の良さを私が目に留めることもなかっただろうね。君という輝ける星の引き立て役となってくれた君の姉君には感謝するしかないね」
そう言って愉快そうに笑う小公爵の笑顔に、あの美しい姉の方を引き立て役と見てくれる人もいるのね、とクレアは思わずつられて笑ってしまっていた。
二人の婚約が調い、クレアが公爵家に嫁いでいったのはそれから一年半後のこととなった。
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