上 下
2 / 5

2

しおりを挟む
「元々、夫とは父の命令で結婚しただけでした。それでも結婚したら思いやりある家庭を作ろうと思っていたんですが……結婚したら、なおさら夫は冷たくなる一方で。そんな中、夫の事業も失敗してしまい、金銭的に行き詰まるようになりました」

 ミュゼーは黙ったままアイラの話を聞いている。静かに話を聞いているミュゼーに背中を押されたように、アイラはそのまま事情を話していく。

「私も働くようになって、家を空けがちになったような頃からです。夫が家に戻ってこなくなったのは。女を外に作ったようです。戻ってきたとしても、私が止めようとすると殴られて……女として魅力がないお前なんかより、あっちの方がいい、と……」

「なるほどね。それで、貴方の望みはなにかしら? 貴方の家庭は破綻しているようだけれど……離婚でも求める?」

 貴族で離婚するのはなかなか面倒くさいことだ。このような状況でも、男性優位の原則が働くので男が認めないと離婚が成立しない。
 もっともミュゼーのように夫が亡くなっていれば別だが、殺すわけにもいかないだろうし、とミュゼーは当たり前のことを考えていた。

「……夫を取り返したい……私を女ではないと言った人間に、本当に大切なのは私だと思い知らせて、心から後悔させたい。そして、二度とそんな気が起きないように、私に縛り付けたい……」

 うつろな目をして言うアイラに、ミュゼーは口を開いた。

「貴方、本当にそれでいいの? そんな男の愛を取り戻して、いつまた同じことになるかわからない状況に怯えて暮らすの?」

「でも、そう生きていくしかないんです、女は! いい夫を摑まえて、経済的に恵まれている貴方なんかに、私の気もちなんてわからない!」

「…………」

 そうアイラは叫ぶと顔を覆って泣き始めた。

「私は女としての自分を取り戻したいの……」

「そう……それが貴方の今の考えなのね」

 ミュゼーはアイラの手をとるとぎゅっと握る。その手は荒れ果て、とても貴族の夫人の手とは言えないものだ。

「とりあえず、やるだけやってみたらいいわ。私がスポンサーになってあげる」

 ミュゼーの言葉に涙で汚れた顔のアイラが顔を上げる。その目は、ミュゼーが言っていることがわからないと言っているようだ。

「一年という期限付きで貴方ははうちで働きなさい。雇用契約書も作るし、給料もちゃんと払う。今の貴方の状況を私が救い上げてあげる。そして貴方が自分が思うように自分を磨くための金は私が個人として払ってあげるわ」

「どういうこと、ですか……?」

「貴方は夫を見返すというやりたいことがあるのでしょう? それならやってみなさい。お金だけの問題なら、お金があるところから出させればいいだけ。できるかできないかは別の話。動かなければ一生貴方はこのまま、負け犬よ?」

 負け犬。その言葉を聞いて、アイラの迷うように揺れていた目にぐっと力が宿った。

「一年……いえ、そこまで経たないでも、貴方が旦那さんとの関係で、何か変化があったら私に教えてちょうだい。それ以外にも貴方の心境の変化が起きたというのなら、それも教えて。私がスポンサーとなっているのだから、それくらいの情報提供をしてもらってもいいでしょう?」

「はい、もちろんですが……でも、こんな話、貴方のように忙しい方にはつまらないのではないでしょうか?」

「そんなことないわよ?」

 ミュゼーはにこりと笑う。

「女はね、この社会では常に弱い立場であるのよ。その弱い存在を応援するのも、また女の仕事であるの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の好みにはなれなかったので身を引きます〜私の周囲がそれを許さないようです〜

葉桜鹿乃
恋愛
第二王子のアンドリュー・メルト殿下の婚約者であるリーン・ネルコム侯爵令嬢は、3年間の期間を己に課して努力した。 しかし、アンドリュー殿下の浮気性は直らない。これは、もうだめだ。結婚してもお互い幸せになれない。 婚約破棄を申し入れたところ、「やっとか」という言葉と共にアンドリュー殿下はニヤリと笑った。私からの婚約破棄の申し入れを待っていたらしい。そうすれば、申し入れた方が慰謝料を支払わなければならないからだ。 この先の人生をこの男に捧げるくらいなら安いものだと思ったが、果たしてそれは、周囲が許すはずもなく……? 調子に乗りすぎた婚約者は、どうやら私の周囲には嫌われていたようです。皆さまお手柔らかにお願いします……ね……? ※幾つか同じ感想を頂いていますが、リーンは『話を聞いてすら貰えないので』努力したのであって、リーンが無理に進言をして彼女に手をあげたら(リーンは自分に自信はなくとも実家に力があるのを知っているので)アンドリュー殿下が一発で廃嫡ルートとなります。リーンはそれは避けるべきだと向き合う為に3年間頑張っています。リーンなりの忠誠心ですので、その点ご理解の程よろしくお願いします。 ※HOT1位ありがとうございます!(01/10 21:00) ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも別名義で掲載予定です。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

愛することはないと言われて始まったのですから、どうか最後まで愛さないままでいてください。

田太 優
恋愛
「最初に言っておく。俺はお前を愛するつもりはない。だが婚約を解消する意思もない。せいぜい問題を起こすなよ」 それが婚約者から伝えられたことだった。 最初から冷めた関係で始まり、結婚してもそれは同じだった。 子供ができても無関心。 だから私は子供のために生きると決意した。 今になって心を入れ替えられても困るので、愛さないままでいてほしい。

結局、私の言っていたことが正しかったようですね、元旦那様

新野乃花(大舟)
恋愛
ノレッジ伯爵は自身の妹セレスの事を溺愛するあまり、自身の婚約者であるマリアとの関係をおろそかにしてしまう。セレスもまたマリアに対する嫌がらせを繰り返し、その罪をすべてマリアに着せて楽しんでいた。そんなある日の事、マリアとの関係にしびれを切らしたノレッジはついにマリアとの婚約を破棄してしまう。その時、マリアからある言葉をかけられるのだが、負け惜しみに過ぎないと言ってその言葉を切り捨てる。それが後々、自分に跳ね返ってくるものとも知らず…。

【完結】旦那様が私の不倫を疑って愛人を作っていました〜妹を私だと勘違いして友人達と彼女の婚約者を襲撃した?妹の婚約者は隣国の皇太子ですよ

冬月光輝
恋愛
伯爵家の嫡男であり、リムルの夫であるエリックは婚約しているときから、「浮気したら婚約破棄だからな」としつこい位に念押ししていた。 リムルはそれでもそこまで言うのは愛情が深いからだと特に気にすることなく結婚。 結婚してからも「不倫をしたら許さん。お前も相手も地獄に叩き落とす」と事あるごとに言い放ち、彼女を束縛していたが、リムルはそれでも夫に尽くしていた。 「お前が不倫していると聞いた。一昨日の夕方に男と会っていただろう。知ってるんだぞ。やっぱり僕とは財産狙いで結婚したのだな!」 胸倉を掴み、エリックはリムルに不倫をしたと凄む。 しかし、その日の夕方……リムルはエリックと共にいた。 彼女はそのことを話すと彼は納得しかけるも、首を振って「じゃあ他の日だった」と謝らない。 リムルはそんな彼に腹を立てる。財産狙い発言も自分の父親は公爵であるし、エリックの父親が頭を下げて成立した縁談なので納得がいかなかった。 そして、事件は起こった。 エリックにリムルが浮気していたと吹き込んだ友人たちが彼に「浮気現場を発見した」と騒ぎ出し、彼らはその現場に突入して二人に暴力を振るう。 しかし、そこにいたのはリムルの双子の妹のメリルとその婚約者。 しかも、メリルの婚約者は隣国の皇太子で……。 ちょうど、その頃……夫の愛人という女がリムルを訪ねていた。

処理中です...