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ミネルヴァ(17)……トゥーラン伯爵家の養女。
レックス(18)……ティーレター侯爵家の息子でミネルヴァの婚約者
***
ミネルヴァが最初におかしいと思ったのは、婚約者であるレックスと出掛けた時であった。
買い物をするから付き合ってくれと言われたミネルヴァは、初デートにレックスの母親であるティーレター侯爵夫人の誕生日祝いを買うのについていった。
王都一の宝飾店に入り、そこで一番の高級品の中でも、特に値が張るブルーダイヤモンドの首飾りを選んだレックスは、支払いをどうするかと店員に聞かれると、当たり前のようにミネルヴァにむかって「君の家につけておいてくれ」と言ったのである。
ミネルヴァが驚いて「なんで我が家が支払うんですか?」と訊いたのは当たり前だっただろう。
このプレゼントがレックスとミネルヴァ二人からのものだったなら、それもありだったかもしれないが、これは息子であるレックスのみからのお祝いの品である。
もっともミネルヴァは将来の義理の母親になる人へのプレゼントはもう用意してしまっていたので。
「君と俺は結婚するんだぞ? もう財布は一緒と思っていいだろ。それに大した金額ではないんだし」
「侯爵家はそんなはした金すら払えないというのですか?」
ミネルヴァの実家のトゥーラン伯爵家は確かに裕福と言われている。
しかし、レックスがねだったブルーダイヤモンドは家に支払いをまかせたいと言える値段をはるかに超えている。
それは裕福な家だからではなく、一般的な金銭感覚で考えてもそのはずだ。
それに大した値段ではないというのなら、自分で払えばいいのに、とカチンときたのも事実だが。
「もういい! わかった。それはやめるからピアスを持ってきてくれ」
レックスは不愉快そうに手を振ると、違うものを持ってこさせる。
ビアスに使われる石は割合小さくて安価である。レックスは先ほどと違ってじっくりと吟味すると、ようやく1つを選びだした。
「これにするから」
そう店員に品を差し出したレックスは、ちらちらとミネルヴァを見ている。
安いものだから支払いをしてくれるだろう、という無言の圧力を感じていたが、ミネルヴァがレックスを完全に無視していると、諦めたように自分の財布を取り出して支払いを済ませていた。
(本当にこの人、侯爵家の令息なのかしら……)
まだ結婚もしていないのに、相手にたかるのが当たり前だと思っているのはなぜだろう?
不思議に思いながら家に戻れば、養父が家に戻っていた。
彼は玄関先でミネルヴァを待ち構えると腕組みをして睨みつけてくる。
ミネルヴァは無表情に父に向けて頭を下げた。
「お父様、ただいま戻りました」
「遅い! 何をしていた!」
「申し訳ございません」
婚約者の言いつけがあれば、従えと言っていたのは養父である。
しかし、こうして少しでも彼の『その時の』機嫌や意思と違う行動をミネルヴァがとると、途端に叱責という名の八つ当たりが飛んでくる。
そんなダブルスタンダードを強いる父親にミネルヴァが愛想がほとほと尽きていた。
ミネルヴァはこの家の養女だった。
親からしたらいくらでも替えがきくとでも思っているのだろうけれど、貴族出身で養子となる者は絶対数が少ない。売り手市場だと父親は知らないようだ。
それに、もう親もそれなりに高齢になってしまっているので、次の子を引き取っても育て切る時間などないに等しい。
ミネルヴァに頼る未来しかないことをわかっていない情けない親だ。
それに美しく賢く育つことができたミネルヴァは社交界でも注目を浴びる存在となったので、トゥーラン伯爵家にしたらいい養子をとったといえるだろう。
それなのにミネルヴァの扱いは「邪魔なもらい子」である。
(いい縁をもらった私がここで不祥事でも起こしたら、どんな顔するかしら)
態度の悪い親を見れば、鼻を明かしてやりたい気持ちもあるが自分にとって損になるだけだから、そんなことをするつもりは毛頭なかった。
レックス(18)……ティーレター侯爵家の息子でミネルヴァの婚約者
***
ミネルヴァが最初におかしいと思ったのは、婚約者であるレックスと出掛けた時であった。
買い物をするから付き合ってくれと言われたミネルヴァは、初デートにレックスの母親であるティーレター侯爵夫人の誕生日祝いを買うのについていった。
王都一の宝飾店に入り、そこで一番の高級品の中でも、特に値が張るブルーダイヤモンドの首飾りを選んだレックスは、支払いをどうするかと店員に聞かれると、当たり前のようにミネルヴァにむかって「君の家につけておいてくれ」と言ったのである。
ミネルヴァが驚いて「なんで我が家が支払うんですか?」と訊いたのは当たり前だっただろう。
このプレゼントがレックスとミネルヴァ二人からのものだったなら、それもありだったかもしれないが、これは息子であるレックスのみからのお祝いの品である。
もっともミネルヴァは将来の義理の母親になる人へのプレゼントはもう用意してしまっていたので。
「君と俺は結婚するんだぞ? もう財布は一緒と思っていいだろ。それに大した金額ではないんだし」
「侯爵家はそんなはした金すら払えないというのですか?」
ミネルヴァの実家のトゥーラン伯爵家は確かに裕福と言われている。
しかし、レックスがねだったブルーダイヤモンドは家に支払いをまかせたいと言える値段をはるかに超えている。
それは裕福な家だからではなく、一般的な金銭感覚で考えてもそのはずだ。
それに大した値段ではないというのなら、自分で払えばいいのに、とカチンときたのも事実だが。
「もういい! わかった。それはやめるからピアスを持ってきてくれ」
レックスは不愉快そうに手を振ると、違うものを持ってこさせる。
ビアスに使われる石は割合小さくて安価である。レックスは先ほどと違ってじっくりと吟味すると、ようやく1つを選びだした。
「これにするから」
そう店員に品を差し出したレックスは、ちらちらとミネルヴァを見ている。
安いものだから支払いをしてくれるだろう、という無言の圧力を感じていたが、ミネルヴァがレックスを完全に無視していると、諦めたように自分の財布を取り出して支払いを済ませていた。
(本当にこの人、侯爵家の令息なのかしら……)
まだ結婚もしていないのに、相手にたかるのが当たり前だと思っているのはなぜだろう?
不思議に思いながら家に戻れば、養父が家に戻っていた。
彼は玄関先でミネルヴァを待ち構えると腕組みをして睨みつけてくる。
ミネルヴァは無表情に父に向けて頭を下げた。
「お父様、ただいま戻りました」
「遅い! 何をしていた!」
「申し訳ございません」
婚約者の言いつけがあれば、従えと言っていたのは養父である。
しかし、こうして少しでも彼の『その時の』機嫌や意思と違う行動をミネルヴァがとると、途端に叱責という名の八つ当たりが飛んでくる。
そんなダブルスタンダードを強いる父親にミネルヴァが愛想がほとほと尽きていた。
ミネルヴァはこの家の養女だった。
親からしたらいくらでも替えがきくとでも思っているのだろうけれど、貴族出身で養子となる者は絶対数が少ない。売り手市場だと父親は知らないようだ。
それに、もう親もそれなりに高齢になってしまっているので、次の子を引き取っても育て切る時間などないに等しい。
ミネルヴァに頼る未来しかないことをわかっていない情けない親だ。
それに美しく賢く育つことができたミネルヴァは社交界でも注目を浴びる存在となったので、トゥーラン伯爵家にしたらいい養子をとったといえるだろう。
それなのにミネルヴァの扱いは「邪魔なもらい子」である。
(いい縁をもらった私がここで不祥事でも起こしたら、どんな顔するかしら)
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