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旅行後もダンカン男爵家にエリカを戻さずカールセン伯爵家に連れ帰るのは当然のことだった。
それに納得いかずに叔父夫婦は伯爵家まで乗り込んできた。
応接室で待つことすらせず、家族しか入ることを許されない二階のプライベートルームまで強引に上がってきて大騒ぎをする様に、屋敷中が大騒ぎになった。
エリカだけ奥の部屋に隠すと、アンジェリカは叔父たちの前に現われ、重々しく声を掛ける。
「何事ですか。騒々しい」
アンジェリカを見るなり叔母は声を上げた。
「エリカを返しなさい!」
「変なことをおっしゃりますね。元々エリカは当家の娘ですが……なぜ叔父様たちが返せ、というのですか? それにここにいたいと言うのは本人の希望です」
アンジェリカがわざとらしく首を傾げるようにして言えば、かっとなったように叔母に怒鳴られた。
「エリカを洗脳したのね! エリカが私たちから離れるなんて言うはずないわ!」
「あの子はこの一か月、貴方たちの手から離れて世の中を見て、その結果として自分の道を選んだだけですよ」
「あの子に会わせなさい!」
「本人が会いたくないそうです。書簡だけなら私の検閲を受けた後にお渡ししてもいいですけれど」
今言ったことは本当だった。家に帰ってきてからエリカに色々と物を教えた結果、自分のいた環境がいびつだったことに気づいたエリカが、叔父夫婦に不信感を抱き、不気味がって会いたがらなくなっていたのだ。
「ふざけるな!」
叔父にまで怒鳴られ、反射的にアンジェリカが怒りを孕んだ低い声でアンジェリカが一喝した。
「いいかげんにしなさいよ!」
そうすると、アンジェリカの怒る姿を始めて見た二人は、怯えたようにびくっと背筋を揺らした。
今まで一応は淑女らしく応対してやっていたが、それでは埒が明かない。それに礼儀をわきまえない人間相手に、こちらが引き下がってやる必要もない。
「洗脳というなら、貴方たちのしてたことこそ洗脳じゃないのよ。どうせエリカが貴方たちの家にいさえすれば、うちからエリカの養育費が振り込まれ続けるから、金づるになるエリカを手放したくなくて、妹に意図的に教育を施さなかったんでしょう?」
「……!?」
叔父と叔母の顔は凍り付いている。
二人の驚きようを見れば、この推理は図星なんだろうとアンジェリカも思うしかなかった。
「エリカが社交界デビューして結婚相手を見つけでもしたら、貴方たちは養育権を手放さざるを得ない。だから結婚できないように、意図的に放置してたんでしょ。エリカに最低限の教養すら身に着けさせないようにして」
「そんなことないわ! 勉強させてたわ! ただエリカ自身が嫌がっていて……」
「あの子にきいたわよ。嫌がるどころか、先生を呼ぶかどうかすら聞かれたこともない、と。他の子と遊ぶのも禁じて、ずっとあの邸宅に閉じ込めていたんですって? 誰かと会うにしても平民の子とかだけで、私たち家族からの手紙は全部読み聞かせられて字も教えられてないって……。貴族なのにね」
遅れを取り戻すように今、エリカは猛勉強中だ。ペンを正しく持つことから始めて、字も少しずつ覚えている。
「私達はエリカを可愛がってただけなのに!」
「子供への過度な甘やかしは虐待も同じなの。それに、私に関してもあることないことをエリカに吹き込んでくれたようね。私の言葉をエリカが信じないように。私が名誉棄損で訴えれば勝てるわよ? このことはお父様だけでなく、しかるべき場所にも報告してあるから覚悟しておきなさい。貴族の子供に対する虐待行為がどれほど罪が重いかを、貴族であるのに知らないとはね。それにたかが男爵家の人間が伯爵家の人間に対してふざけた真似をした……血の繋がりはあっても爵位は我が家の方が上なのよ。身分に対して絶対的な価値観を持つ貴族社会は貴方たちを決して許さないわ」
確実に貴方たちを潰すから震えて待ちなさい。そう冷たい目をしてアンジェリカは笑う。
下の身分の者が上の身分の者に対して失礼な態度なんてしたが最後、それだけで村八分に会い、社交界から追放されるのが貴族の世界だ。
アンジェリカの怒り具合に、男爵夫妻はへなへなとその場に崩れ落ちた。
そして――――。
アンジェリカの宣言した通りに、ダンカン男爵家はその後、アンジェリカから報告を受けたカールセン伯爵の怒りに触れて養育費の返還と慰謝料を加えた多額の金額を要求された。
金が欲しかったというより社会的に彼らを抹殺したかったカールセン伯爵によって、彼らが人前に出ることはもうできなかったが。
それにはアンジェリカの婚約者であるルパートも協力したのも言うまでもない。
その後。
エリカは、厳しくも優しく導いたアンジェリカの元で、驚くほどの成長を遂げていった。
そして数年後に、本当に王子の妃にと望まれて、王家に嫁いでいったことは、また別のお話。
それに納得いかずに叔父夫婦は伯爵家まで乗り込んできた。
応接室で待つことすらせず、家族しか入ることを許されない二階のプライベートルームまで強引に上がってきて大騒ぎをする様に、屋敷中が大騒ぎになった。
エリカだけ奥の部屋に隠すと、アンジェリカは叔父たちの前に現われ、重々しく声を掛ける。
「何事ですか。騒々しい」
アンジェリカを見るなり叔母は声を上げた。
「エリカを返しなさい!」
「変なことをおっしゃりますね。元々エリカは当家の娘ですが……なぜ叔父様たちが返せ、というのですか? それにここにいたいと言うのは本人の希望です」
アンジェリカがわざとらしく首を傾げるようにして言えば、かっとなったように叔母に怒鳴られた。
「エリカを洗脳したのね! エリカが私たちから離れるなんて言うはずないわ!」
「あの子はこの一か月、貴方たちの手から離れて世の中を見て、その結果として自分の道を選んだだけですよ」
「あの子に会わせなさい!」
「本人が会いたくないそうです。書簡だけなら私の検閲を受けた後にお渡ししてもいいですけれど」
今言ったことは本当だった。家に帰ってきてからエリカに色々と物を教えた結果、自分のいた環境がいびつだったことに気づいたエリカが、叔父夫婦に不信感を抱き、不気味がって会いたがらなくなっていたのだ。
「ふざけるな!」
叔父にまで怒鳴られ、反射的にアンジェリカが怒りを孕んだ低い声でアンジェリカが一喝した。
「いいかげんにしなさいよ!」
そうすると、アンジェリカの怒る姿を始めて見た二人は、怯えたようにびくっと背筋を揺らした。
今まで一応は淑女らしく応対してやっていたが、それでは埒が明かない。それに礼儀をわきまえない人間相手に、こちらが引き下がってやる必要もない。
「洗脳というなら、貴方たちのしてたことこそ洗脳じゃないのよ。どうせエリカが貴方たちの家にいさえすれば、うちからエリカの養育費が振り込まれ続けるから、金づるになるエリカを手放したくなくて、妹に意図的に教育を施さなかったんでしょう?」
「……!?」
叔父と叔母の顔は凍り付いている。
二人の驚きようを見れば、この推理は図星なんだろうとアンジェリカも思うしかなかった。
「エリカが社交界デビューして結婚相手を見つけでもしたら、貴方たちは養育権を手放さざるを得ない。だから結婚できないように、意図的に放置してたんでしょ。エリカに最低限の教養すら身に着けさせないようにして」
「そんなことないわ! 勉強させてたわ! ただエリカ自身が嫌がっていて……」
「あの子にきいたわよ。嫌がるどころか、先生を呼ぶかどうかすら聞かれたこともない、と。他の子と遊ぶのも禁じて、ずっとあの邸宅に閉じ込めていたんですって? 誰かと会うにしても平民の子とかだけで、私たち家族からの手紙は全部読み聞かせられて字も教えられてないって……。貴族なのにね」
遅れを取り戻すように今、エリカは猛勉強中だ。ペンを正しく持つことから始めて、字も少しずつ覚えている。
「私達はエリカを可愛がってただけなのに!」
「子供への過度な甘やかしは虐待も同じなの。それに、私に関してもあることないことをエリカに吹き込んでくれたようね。私の言葉をエリカが信じないように。私が名誉棄損で訴えれば勝てるわよ? このことはお父様だけでなく、しかるべき場所にも報告してあるから覚悟しておきなさい。貴族の子供に対する虐待行為がどれほど罪が重いかを、貴族であるのに知らないとはね。それにたかが男爵家の人間が伯爵家の人間に対してふざけた真似をした……血の繋がりはあっても爵位は我が家の方が上なのよ。身分に対して絶対的な価値観を持つ貴族社会は貴方たちを決して許さないわ」
確実に貴方たちを潰すから震えて待ちなさい。そう冷たい目をしてアンジェリカは笑う。
下の身分の者が上の身分の者に対して失礼な態度なんてしたが最後、それだけで村八分に会い、社交界から追放されるのが貴族の世界だ。
アンジェリカの怒り具合に、男爵夫妻はへなへなとその場に崩れ落ちた。
そして――――。
アンジェリカの宣言した通りに、ダンカン男爵家はその後、アンジェリカから報告を受けたカールセン伯爵の怒りに触れて養育費の返還と慰謝料を加えた多額の金額を要求された。
金が欲しかったというより社会的に彼らを抹殺したかったカールセン伯爵によって、彼らが人前に出ることはもうできなかったが。
それにはアンジェリカの婚約者であるルパートも協力したのも言うまでもない。
その後。
エリカは、厳しくも優しく導いたアンジェリカの元で、驚くほどの成長を遂げていった。
そして数年後に、本当に王子の妃にと望まれて、王家に嫁いでいったことは、また別のお話。
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