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第百七十二話 競う相手
しおりを挟む「きぃーー! マーガレットの癖にワタクシたちアシュリークラスに宣戦布告するなんて生・意・気ぃですわ!!」
つい先程の出来事を伝えた途端金切り声をあげ悔しがるプリエルザ。
自慢の金の巻き髪が一心不乱に揺れ、彼女の感情の大きさを物語っている。
「その……プリエルザとマーガレットさんは子供の頃からの知り合いなのか?」
「ええ、そうですわ! ワタクシとマーガレットは幼き頃より共に遊び育った仲。互いの家が侯爵家同士だったこともあり家族ぐるみで付き合いがありましたの」
言伝まで頼んで宣戦布告するなんて余程のことだと思ったけど、やはり以前から付き合いがあったからプリエルザを気にしていたのか。
「幼き頃のマーガレットは高貴なるワタクシを慕って一日中ついて回ってきたものです。どこへ行くにも、何をするにもワタクシの後を追ってきては真似をして。それに、ワタクシが遊びに連れていかないとあの子はすぐ拗ねましたから困ったものでしたわ」
懐かしむように思い出を語るプリエルザ。
でもマーガレットさんの幼少期がそんなに素直とは思えないんだけど……偏見かな。
(いや、別れ際に見せたあの女の姿は私たちが苦しむ様を想像して喜んでいた。あれは本人の嗜虐性に根ざすものだろうな)
(それはそれで怖いんだが……)
「幼少期はさておき、そもそもマーガレットはワタクシが公爵家の血筋だということに嫉妬しているんですわ! 以前も何かに付けて突っかかって来ていましたもの! クラス対抗戦にかこつけて今度こそ自分が上だと証明したいのです! ですけど! 今回ばかりは許せませんわ。なにが『個人戦では容赦しない』なんですの! マーガレットの癖にィ!!」
なぜだろう。
一連のプリエルザの言動を眺めていると、一緒に幼少期を過ごしたマーガレットさんは相当苦労していただろうことを察してしまう。
(プリエルザの名をだしたときのマーガレットは隠していたのだろうけど相当頭にきてそうだったからな)
「だけど、あの言い分だとマーガレットさんは個人戦に出場するつもりのようだったけど……そんなに強いのか?」
「彼女は風魔法の上位属性、勁風魔法の使い手です。ワタクシの光と闇の二属性とはまた別の強さを持っていますわ。それに彼女も自己鍛錬は怠らないタイプですから、ワタクシには及ばないでしょうけど中々の実力だとは思います。そう、学園入学前はよく一緒に魔法の訓練など行ってあげたものですわね」
「なるほど……」
「ですが最近は忙しさもあってあまり会う機会も少なくなりましたから。ほら、立て続けに色んなことが起きましたでしょう。ですからマーガレットが学園でどう過ごしてきたかまでの詳細は把握しておりませんの。何やら可笑しな呼ばれ方をしているらしいのはワタクシも風の噂で聞いていますが……。そうですね、もうすぐ授業も始まってしまいますから放課後エリオンさんにでも聞いてみましょう。あの方なら他のクラスのことでも詳しく教えて下さいますわ」
プリエルザに言伝も伝え終わり放課後。
事前の話し合い通り情報通のエリオンにフィルディナンドクラスについて尋ねる。
偶然にも教材の準備中に彼らと出会ったことを伝えると彼は『兄貴も災難だったな』と軽い同情を表しながらフィルディナンドクラスの内情を色々と教えてくれた。
「フィルディナンドせんせーかぁ。あの先生、アシュリーせんせーに露骨に嫌われてるのに全っ然わかってないんだよな」
「……随分直球でいうんだな」
確かに最初に声をかけられたときもアシュリー先生は僅かに警戒していたように思う。
あんなに目に見えて嫌悪を表すのは珍しいと感じていたけど……そんなにフィルディナンド先生は嫌われてるのか。
「だいたい、アシュリーせんせーがレリウスせんせーを憎からず家族として大事にしてるのは見てればすぐ分かることなのに、フィルディナンドせんせーはレリウスせんせーを事あるごとに悪く言うからなぁ」
「そうにゃ! いくらアシュリーにゃ先生が日頃からレリウス先生の愚痴を溢していても、他人に目の前で貶されたら怒るに決まってるにゃ!」
突然会話に入ってきたミケランジェ。
どうもフィルディナンド先生が気に食わないのかいつもより口調が荒い。
「ああ、それにアシュリーせんせーがクールな美人だからか傍目から見てもウザいくらい絡んでるって学園中で有名だからな」
「それは……」
(アシュリーも同じ教師とはいえ面倒な相手に絡まれたものだ)
「あー、私も聞いたことあるかも。なんかお昼ごはんを一緒に過ごさないかって誘って来るらしくて、何度断っても諦めないから断るのすら面倒だってアシュリー先生が言ってたよ。最近は無闇に近づかないようにしてるんだって」
アシュリー先生と仲のいいマルヴィラの教えてくれた事実に驚く。
あのアシュリー先生に避けられるとは……ある意味凄い行動力、なのか?
「でだ、兄貴も直接出会ったなら分かるだろうけどフィルディナンドせんせーって……賢そうな見た目の割にどこか抜けてるだろ?」
「ああ、まあ、なんとなく分かる……かな」
編入試験のことがあってなんとなく避けられているように感じていたけど、マーガレットさんに罵倒され狼狽する姿は……彼女のいうように情けなく映ったのも確かだ。
あれを見れば抜けてるというエリオンの評価もあながち間違っていないように思う。
「だからクラスの実質的な支配者はプリエルザ様に忠告してきた相手。マーガレット・ローンバードその人だ」
「支配者……」
「そうだ。担任教師すら支配下に置くフィルディナンドクラスの“女帝”」
「女帝?」
俺の疑問の声に深く頷くエリオン。
マーガレットさんが女帝……なぜかしっくりきてしまう自分がいる。
取り巻き二人を従え、教師すら笑顔一つで恐れさせる彼女は正しく女帝の有様だった。
「他にも“冷笑の女帝”なんて呼ばれ方もしているな。マーガレット・ローンバード、侯爵家の貴族様ってのもあるんだろうけど、本人の高いカリスマ性でクラス委員長を務めると同時にクラスメイトたちを手足のように使う“女帝”として有名だぜ。それに、人を痛めつけるのが好きなのか模擬戦では常に残忍な笑顔を浮かべながら嬉々として攻撃してくるって専らの噂だ」
「こ、怖い人なんだね」
「うう、怖いにゃー。クラス対抗戦とはいえ戦いたくない相手にゃー」
あまりの噂の内容に動揺するマルヴィラとミケランジェ。
出会ったときのマーガレットさんはそこまでではなかったけど……そんなに過激な噂が広まっているとは。
……流石に誇張されてる、よな。
「う~ん、ワタクシの記憶ではマーガレットは確かに嫉妬深いところはありますけど寂しがり屋な子という印象なのですけど……いつの間にそんなことに」
どうにもピンとこない様子のプリエルザ。
彼女の思い出の中ではマーガレットさんはいつまでも自分の後ろをついてくる子供時代の印象のままなのかもしれない。
そして、話は個人戦の代表者へと移っていく。
自他共に学園内の情報に通じているエリオンの口から発せられる詳細な情報。
候補者も含め多岐に渡っているそれらはいまだ代表の決まらない俺たちアシュリークラスの面々にとって非常に興味深いものだった。
「そうだな。まずは女帝の侍らせている二人から――――」
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