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第百六十二話 それぞれの長期休暇 望む力
しおりを挟む「いっけー! 【ヒートシリンダー】!」
設置された的に向かって飛んでいく赤いもやもやを円柱の形にまとめた私の魔法。
新たに覚えた中級形成熱魔法は的に命中するなり破裂して、もやもやに触れた部分に熱を発生させる。
熱気に歪む景色。
うわ~、アツそ~。
「やったぁ! 成功だよ!」
「おめでとうございます、マルヴィラさん」
ここは学園の訓練場。
アシュリー先生経由で特別に借りた私たちは長期休暇の間秘密の特訓を続けていた。
拍手しながらお祝いしてくれたのは一緒に特訓に付き合ってくれたフィーネさん。
今度は彼女が的を狙うべく一歩前にでる。
「次は私の番ですね。……ん、【ヒールアロー】」
「あ!」
「ああっ……」
フィーネさんの狙いすます先。
的に向かって放たれたはずの緑に光る魔法は、狙いとはズレて明後日の方向へと飛び去っていく。
命中させた対象を回復させる初級射撃魔法だったんだけど……フィーネさんは的に命中させるのもかなり苦戦していた。
「はぁ……元々こういった戦うための訓練をしていなかったとはいえ、狙ったところに的確に命中させるというのは難しいですね」
『マルヴィラさんは的に当てるためにどのようなことを気を付けているのですか?』って恥ずかしそうにフィーネさんが尋ねてきたけど、でもなんとなくとしか言いようがないんだよね。
学園の実技授業でもなんとなく的に向かって放てば特に気にすることなく命中していた。
どうやら私は動かない的に当てるのは得意みたい。
……だけど動く的相手だとそう簡単にはいかない。
トールマンティス相手には何度も、何度も避けられてしまった。
「……でもフィーネさんはスゴいよ。新しい魔法を使えるようになったんだもん」
「ええ、でもまた回復魔法に関係する魔法なんて思いませんでした。攻撃用の魔法を覚えるつもりだったのにどうしてこんなことに……」
フィーネさんの覚えた新たな魔法、それは継続回復魔法。
魔力の変換を試す過程で偶然にもできるようになった回復魔法の派生魔法。
回復魔法の使い手の中でもさらに使える者の少ない希少な魔法。
特訓にあたって手当たり私大に挑戦してみたことの一つの結果なのだから本当に試してみないと何が起こるかわからない。
「継続回復魔法、《リジェネレイト》。触れた対象の怪我を中期間の間徐々に回復させる魔法、ですか。即座に回復可能な《ヒール》と違って一度の回復量は少なくとも一度魔法をかけさえすれば結果的に触れていない間も効果は残る。用途自体は異なるので便利といえば便利ですが……」
フィーネさんは望んでいた攻撃するための魔法でなくて悲しそうだけど、私は羨ましいと思う。
だって戦いに赴く人を癒すこともまたその人の力になれるってことだもん。
フィーネさんは回復することしかできないなんて一緒に戦っていることにならないと嘆くけど、そんなことない。
十分に助ける力になれていると私は思う。
でも、真横をみれば明後日の方向に飛んだ回復の矢の先、的より遥か彼方を眺めて深い息を吐くフィーネさん。
「ふぅ……」
このところフィーネさんは落ち込んでる。
この秘密の特訓が始まってから一週間と少し、王都ではついに訪れた神の試練の噂で持ちきりだったけど、私たちはずっと魔法の修練に勤しんでいた。
それもすべてはあの日のこと。
課外授業の最中に起きた迷わずの森での劇的な出来事。
「……まだまだ足りません」
青く晴れた空を見詰めるフィーネさん。
その横顔はなにかを思い出すように羨望に満ちていて――――。
きっと私と同じことを思い描いていた。
「あの時のクライくんは……スゴかったからね」
木陰からこっそりと覗き見た光景は私たちの記憶に鮮明に残っている。
一目で敵わないと悟った瘴気獣。
グレイウルフとは雲泥の差の体格、強靭な爪と牙、なにより身体中に纏った白色と黒色の混じり合った破壊をもたらす力。
レリウス先生も〈赤の燕〉のカルラさんたちも苦しい顔で戦っていた巨大な狼。
「私は……何もできませんでした」
「うん、私も……」
私たちは共に無力を味わった仲間。
踏み出せなかった、戦う力を持たなかった仲間。
思いだすと……辛い。
結局何の力にもなれず、大して戦いの役にも立てなかった。
そして、それ以上に力が足りないことを実感していた。
だからこその特訓。
私たちの魔法の特訓をしたいという相談にアシュリー先生はすぐに訓練場の使用許可を取ってくれた。
本来なら長期休暇の間はなにかあった時に責任を取れる教師がいないため訓練場は半ば封鎖されているらしい。
それに私たちは学園の一年生。
生徒たちだけの訓練の許可は基本的に出ない。
でも……アシュリー先生は色んな先生に頭を下げてなんとか許可を貰ってくれたそうだ。
先生自身は私たちにそんなことは一言も告げなかったけど、噂好きなクラスメイトのエリオンがこっそり教えてくれた。
私たちを信じて、私たちのために動いてくれた。
アシュリー先生はお兄さんのレリウス先生に無理矢理学園に連れられたって嘆いていることが多いけど、本当は生徒である私たちにどう対処すればいいか戸惑っているだけだってわかるよ。
クールで初対面では取っ付きにくいように見えるけど、本当はとっても優しい人。
「あ、ミケランジェ」
私たちの信頼するもう一人の担任の先生について考えていると、秘密の特訓に参加してくれる最後の一人が姿を現した。
「ごめんにゃ。遅くなったにゃ」
「ううん、大丈夫。ミケランジェこそ今日は付き合って貰っちゃって、いいの?」
「平気にゃ! もう用事も済んだからマルヴィにゃたちの特訓に集中できるにゃ!」
ミケランジェは私とフィーネさんが特訓の話をしていたところに偶然通りかかり参加を約束してくれた。
以来毎回ではないけど何度か参加してくれている。
彼女もあの迷わずの森でカオティックガルムの瘴気獣との結末を覗き見た一人。
……あの時のミケランジェはどこかクライ君の戦う姿に目が離せない様子だった。
信じられないモノを見るような目。
それでいてようやく望んでいるものを見つけたような……渇望が瞳に宿っていたように感じた。
気のせいかもしれないけど……彼女のクライ君を見る眼差しをみて漠然とそう思った。
「うん、ありがとう。良かったら今日も特訓が終わったらうちに寄っていって。余り物ばかりになっちゃうけどパンだけはあるから。いくらでも持って帰って」
「その、毎回よろしいんですか? 毎度毎度大量に貰ってしまっては……」
「いいのいいの。余り物で本っ当に申し訳ないんだけど、持って帰ってくれた方がホントは助かるんだぁ。それにどうせ自分たちは食べ飽きてるから最後には処理にも困るしね。廃棄するのも辛いしさ。持って帰ってくれた方がお父さんも喜ぶから」
実はお父さんにこの特訓のことを伝えたら余分にパンを焼いてくれるようになった。
普段なら廃棄に回らないように抑えて作るはずのパンも持ち帰り用に特別に増やしている。
お父さんは私に気づかれてないと思ってるけど、何年お店を手伝ってると思ってるのか。
私がまだ小さい頃からお店でお客さんの相手をしていたんだから一日に焼くパンの量くらい把握してるよ。
ホント、お父さんは不器用なんだから。
「う~ん、マルヴィにゃのお父さんのパンはいつ食べても美味しいから持って帰ってまで食べれるなんて最高にゃ~! 節約にもなるし特訓に参加して正解だったにゃ~!」
嬉しさを全身で表現する勢いで飛び跳ねるミケランジェ。
いつも美味しそうにうちのパンを食べてくれるのはとっても嬉しい。
お父さんもミケランジェが両手いっぱいでは持ちきれないほどのパンを持って帰ってくれるのを見て毎回喜んでる。
特訓の後はうちのお店に寄ってパンを持って帰って貰う。
ここ最近のいつもの光景。
「じゃあ、早速秘密の特訓を始めようかにゃ。いつも通り私が的になるにゃ。遠慮なく魔法を撃ち込んでくれにゃ」
そう、ミケランジェは自分から私たちの放つ魔法の的になると提案してくれた。
動く標的を捉えるためには実際に等身大の生きた動きをする相手を狙った方がいい。
魔法は上手く捌くから遠慮なんて必要ない。
それに万が一怪我をしてもフィーネの回復魔法もあるし全然問題ない。
ミケランジェはそう言って自分の危険も顧みず私たちの魔法の的となってくれている。
あまりにも危険な役回りに返事を渋る私たちに、彼女はむしろ強引に狙うように提案してくれた。
自分の回避のための訓練にもなるからと。
数十m 先で手を振って合図をくれる彼女。
でも、わかってるよ。
心配ないことをアピールするためにわざと大げさな動きをして安心させようとしてくれてるって。
特訓の後に持ち帰るパンのためならなんでもするなんて戯けているけど、この特訓で誰よりも真剣なのはミケランジェ、貴女だって。
フィーネさんもきっとそう貴女の献身と努力を理解してくれている。
あの日、あの瘴気獣との死闘の光景を経て彼女もまた私たちと同じようにさらなる力を追い求めている。
「うん、行くよ、ミケランジェ! 【フリージングボール】!」
今日も私たちは自らの足りない力を補うため新たな力を求める。
少しでも実力を高めるため補い合う。
いつか誰かのために、自分自身のために、後悔しないために、戦う日のために。
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