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第百五十一話 届かない相手

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「自動魔法ですってぇっ!! そんなものあり得ないですわぁ!! ワ、ワタクシも使えませんのに!!」

 観客席から聞こえる一際デカい女の声。
 あの喧しいのはプリエルザのヤツだな。

 だが驚くのも無理はない。
 俺だって目の前の出来事が信じられない。

 いまコイツはナニを唱えた。
 聞き間違いでなければアレは系統立てられた魔法の中でも特別な魔法のはず。

 静止したオレの水晶魔法。

 確かに普段通りに放ったはずだ。
 魔法を牽制に変形させたべイオンで懐に切り込むつもりだった。
 それが急制動をかけられたかの如く空中で静止し身動ぎもしない。

 ハルレシオの目前、あの光の集まった円球の一定距離以上にオレの魔法は近づけていない。
 アレが……。

「《スフィア》の、魔法か……」

「そう。自動魔法だ」

 何でもないように言いやがって。
 上級魔法より高難度。
 しかも使い手は極めて少ない特殊な魔法。

 ハルレシオが展開したのは一つの円球。
 初級形成魔法の《ボール》より僅かに大きい直径約五十cm。
 その恐らくは光子の塊にオレの魔法は動きを止められていた。

「自動魔法。初級から最上級まで系統立てられた他の魔法とは一線を画す性能と特異性を持つ特殊な魔法。一度展開すれば制御を魔法自体が担う特別な魔法」

「正解だ」

 空中に展開された光の集まり、感心したように頷き円球を指指すハルレシオ。

「自動魔法は各魔法に一つづつしか存在しない。そしてこれは《フォトンスフィア》。……元々光属性魔法には魔力を屈折させる特性がある。それと似て非なる光子魔法の特性もまた屈折。しかし、光子魔法は光の粒子の集まりだ。《ライトスフィア》が一定範囲内に向かってくる魔法、魔力を屈折させ逸らすのに対して、《フォトンスフィア》は複雑な屈折力場が向かってくる魔法を停滞させ静止させる」

「それが……」

「―――――自動湾曲光子魔法」

 ハルレシオの表情は動かない。
 まるで無感動に告げるそれはヴィクターとかいう御使いがいっていた冷酷さを思い起こさせる。

(あの光る円球の効果範囲は分からんがこれで公爵家の坊っちゃんには迂闊に魔法は放てなくなった。少なくともあの光子円球が籠められた魔力を失うまではいくら魔法を放っても効果はない。……ニール、厄介なことになったな)

 べイオンの冷静な分析も聞いていられない。
 オレは冷静だ。
 驚くべき光景を見てもまだ微塵も諦めていない。

 聞いている時間がなかったのは空中に展開した《フォトンスフィア》の光の降り注ぐ場所でヤツが次の手を打ってきたからだ。
 ……ホント休ませてくれないな。

「だが自動魔法だけでは決め手に欠ける。《フォトンスフィア》は防御には長けるが攻撃性はないからね」

 来る。

 本能的に感じる危険。

 《クォーツウォール》を打ち破った《フォトングレートソード》にも感じなかった圧迫されるほどの危機感。

「ギルバート……【珠那宝水蛇:晃牙水流】」

 それは天成器第四階梯の能力。
 切り札であるはずのエクストラスキル。

「蛇……?」

 観客席の誰かが呟いた言葉が不意に聞こえた。
 両剣の天成器を握る右手とは反対の左手。
 厚い装甲に守られた左の篭手。
 二の腕の辺りに巻き付く姿。

 蛇だ。

 清浄ささえ感じさせる水色の小さな蛇。
 腕から落ちないように巻き付く姿は神聖さと同時に華奢な印象さえ受ける。
 だが……それは紛れもなくエクストラスキルによって作り出された存在だった。

 短くも鋭い牙を携えた口が開く。

「シャー」

「ッ!?」

 口内から発射されたのは下から捲り上げるように一直線に伸びる水流。

「バッ……カ……野郎」
 
 なんだよコレは。
 回避が間に合ったのは奇跡だぞ。

「地面が……切れた」

 水流の光線の辿った先は鋭利な刃物で切断されたように深い溝が刻まれている。
 水の押し流す力で切り裂いたのか!?

「どうだい。この蛇はギルバートのエクストラスキルで作り出したものだが、美しいものだろう? 細かく滑らかな水色の鱗に額には綺羅びやかな宝石。瞳はまるで宝玉のように透き通っている」

 自慢気に話しているがそれよりも今後のことの方が大切だ。
 蛇の口から放たれた水流。
 一見初級光線魔法の《レーザー》に似ているが軌道も威力も桁違いだ。
 《レーザー》は一直線にしか放てず貫通力こそあるののこんな大規模な破壊は引き起こせない。

 それが口から吐き出すという一動作があるとはいえ下から上へと放出しながら軌道を変更した。
 当然薙ぎ払うように真横に放つことも可能なはず。

 威力は似ても似つかない。
 魔法因子を加えてもこんな威力は引き出せないだろう。
 ……流石エクストラスキルといったところか。

(エクストラスキルの詳細こそわからないがあの水蛇が鍵になっているのは間違いない。あの水蛇の動作には要注意だな)

 必死にこの後の戦略について考えるオレたちに、ようやく自慢話も終わったのかハルレシオが何かを思いついたように話しかけてくる。

「そうだ。蛇といってもこの子は毒は持っていないから安心して欲しい。……君ならば大丈夫だと思うが蛇は毒を持つ個体も多い。時折偏見の目で見られることもあるんだ」

「別に気にしちゃいないさ」

「そうかい? そう言って貰えるとありがたいよ。蛇というだけで嫌う相手もいるからね」

 何が嬉しいのかいままで見せてこなかった心からの笑みに少し驚く。
 ……考えれば当然か。
 蛇の魔物も毒を持つ個体は特に忌み嫌われている。
 毒に対する拭い去れない嫌悪感はどうしても付き纏うものだ。

 王国の学園なら周りは学生だらけ、毒にも少なからず理解のある冒険者ならいざしらず学生なら毒を無条件に恐れていてもおかしくない。
 あのエクストラスキルの蛇も見るものの視点によっては嫌悪の対象になり得るのだろう。
 ……コイツにはコイツの苦労があったのかもな。

「私たちが毒を扱うのとは違い生体としての機能で毒を有する蛇たちまで嫌悪の眼差しで見られることはないと思うんだが……中々そうもいかなくてね。おっと、大切な模擬戦の最中だ。この話はまた今度にしよう」

 話は一端幕を引き模擬戦は再開される。
 再び戻る冷徹なハルレシオ。
 オレも棒の形態のべイオンを構え備える。

 だが……これからどうするべきか。

 光子魔法はべイオンで捉えたとしても破壊しきれず回避が要求される。

 自動魔法、《フォトンスフィア》はオレの魔法を停滞させ動くことさえ許さない。

 腕に巻き付いていた水蛇のエクストラスキルは、地面を切り裂いた水流以外にもまだ見ぬ効果を持っていてもおかしくない。

 なによりアイツにはまだ見せていない手札があるのは明白だ。

「……君から来ないならこちらから攻めるとしょうか、【フォトンダガー5】、【フォトンショーテル・スピン6】」

(ニール! いまは避けることに集中しろ! 勝機を待つんだ!)

「クソッ」

 ホント悩む時間もくれないな。
 べイオンの助言通り回避に専念するしかいまは手がない。

 闘気による身体強化を目一杯かけひたすら訓練場を動き回り的を絞らせない。
 それでも傷つく身体。
 掠める魔法と我武者羅な動きに体力は消耗していく。

「困ったな、随分と速い動きだ」

「【クォーツバレット3】」

 クソ、やっぱり空中に漂う《フォトンスフィア》には魔法が届かない。
 合間になんとか放った魔法も、大体五mぐらいまで近づくと屈折力場に阻まれて急激に動きを止めてしまう。
 
 理不尽なもんだ。
 相手の魔法は素通りするのにこっちの魔法は静止させられる。

「仕方ない、広範囲に攻撃しよう。【フォトンショーテル・サーキュラー6】」

「っ!? 【クォーツウォール】」

 円形に配置された光子の曲刀が高速回転して迫ってくる。
 く……防御しかできねぇ。

「……【フォトングレートソード・スピン】」

「危ねぇ」

 《スピン》の魔法因子で回転させた光子大剣かよ。
 速度こそ遅くなったものの範囲の広い斬撃は容易くオレの《クォーツウォール》を切り裂き砕く。

「ハァ……ハァ……」

「……【珠那宝水蛇:晃牙水流】」

 またかよ!?

 しかし、今度は事前に予想していた横薙ぎの水流光線。
 そりゃあできるよ、な!

(ニール! 平気か!)

(ああ、問題ねえ)

 訓練場を囲う壁が切り裂かれて豪快な音を立てて倒れた気がするが問題はない。
 ……心構えがあって良かった。
 水蛇が吐き出す仕草を注視していなかったら真っ二つになってたぞ。

 オレの焦燥とは裏腹に笑みを深めるハルレシオ。
 模擬戦の始まる前に感じていた強者の余裕は本物だった。

 彼は静かにそれでいて至極落ち着いたまま問い掛けてくる。

「さあ、ニール君はこの私をどう攻略する?」

 求めていたエリクシルへ続く戦い。

 そこに立ちはだかる強敵。

 相手に取って不足はないが……勝機の薄い相手を前にオレたちはこのあとどうするべきかの選択を迫られていた。

 オレの選択は。

 アイツを攻略する手段は。

 いまのオレに問いに対する答えはなかった。
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