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第百五十話 光の貴公子

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 煌き、瞬く光の集束。

 榴弾と化した光弾。

 破裂を寸でのところで躱したニールが怒鳴りながら地を滑る。

「おい! いきなり上級魔法かよ!」

「いきなりでもないだろう? 現に君は問題なく防いでいるじゃないか。――――私の魔法を無傷で切り抜けた」

「――――っ! そんな問題じゃねぇんだよ!」

 言い争う二人。
 
 冷酷な眼差しで冷ややかに笑うハルレシオさん。
 一方で僅かに焦燥を浮かべ冷静さを失ったようにも見えるニール。

「まだだ。……もっと君の力を私に見せてくれ、【フォトンアロー5】」

 再び空中に展開される魔法。
 集まり束となった光の矢。

 高速で襲いかかるそれを一瞥し、足を止めれば狙い撃たれると悟ったニールは、広い訓練場を所狭しと駆け回り狙いを定めさせない。
 
「早えな。俺の身体強化より強化率が高いのか? ニールのヤツ、よくハルの魔法をあんなに避けれるもんだ」

「あの魔法は一体……」

 ハルレシオさんの扱う光の魔法。
 ヴィクターさんのいっていたプリエルザの魔法に似た魔法とはアレのことのはずだ。

(絶えず放たれる魔法。しかも弾速が尋常じゃなく早い。ニールの高い身体能力でもあれでは迂闊に近寄れないぞ)

「……ワタクシの光魔法と似ていますがあれはまた異なる魔法ですわね。あれは……光属性派生、光子魔法」

「光子?」

 聞いたことのない魔法だ。
 学園の授業でもまだ習っていない。
  それほど珍しい魔法なのか?

「同じ属性に属し構成も様相も極めて似通っていますが、あの魔法は光魔法とは明確に違いますの。光魔法が魔力で作り出した光を一つの形に塗り固めて構成されたものとしたら、光子魔法は魔力で作り出した光の粒子を一つの形に固められ構成された魔法」

 光の粒子?
 
「光と光の粒子だって? なんの違いがあるんだ?」

 ミストレアがぶっきら棒にプリエルザに質問する。
 そこは俺も気になった部分だった。
 明確な違いなんてあるのか?
 
 プリエルザは『そうですわね……』と若干悩みながらも答えてくれる。

「簡単にいうなら光子魔法は光の集合体で構成された魔法ですの。単一の光ではなく複数の光の集まり。クライ様も魔法をお使いになられていましたので魔法が設定した始点を中心に展開することはご存知ですわよね」

「ああ」

 魔法の展開には始点を設定することも重要不可欠だ。

 始点は魔法の展開のはじまりの地点。
 空中や上空、手のひらなどの身体の一部分。
 魔法を放ちたい地点、展開する地点を定めそこをはじまりとして魔法は広がっていく。

 魔法を構成するうえで要となる地点といってもいい重要な場所。

「それにしても……あのクライ様の淡い月の光と見まごう魔法! 大変美しく素晴らしい魔法でしたわ! ああ、なんて素敵な魔法! ワタクシも魔法については数多く学んできたと自負しておりますけど、あのような特徴の魔法は存じ上げませんことよ! ぜひ御教示いただきたいですわ!」

「あ、はい。……そのまた、あとで……」

 突如発揮されるプリエルザの圧。
 隣の席に座っていたのが災いしたのか彼女は身体を投げ打って両手を掴んで離さない。
 あの……もう少し冷静に話したいんだけど……。

(この変な暴走癖というか奇行がなければプリエルザも優秀なんだがな……)

 ミストレアまで呆れた声で念話を伝えてくる。
 ……そんなことより助けてくれ。

「な、なんか、すげえ嬢ちゃんだな。……俺戦わなくて良かったかも」

 ヴィクターさんまでプリエルザの圧に屈している。
 しかも視線を向ければチェルシーさんは頷くばかり。

 ちょっと痛いくらいなんだけど……手を離してくれないかな。

 俺の思いが通じたのかプリエルザがはたと冷静になる。
 軽く咳払いすると続きを話し始めた。

「え~と、なんでしたっけ……そう! 始点ですわ! 魔法は始点となった部分が重要な役目を担っておりますの。つまり、魔法の展開後でも始点さえ破壊すれば破壊は魔法全体に伝播し、魔法そのものを崩壊させられると言うことですわ!」

 丁度エクレアとの戦いで花片魔法の始点を闘気強化した矢で射抜いたのと同じことだろう。
 あのときは上手く射抜くことができたが、結果はプリエルザの言った通り向かってきた魔法自体が崩壊し消え去った。

 だけど……。

「それがどんな関係が?」

 疑問はある。
 光子魔法の特徴とどんな関係があるんだ?

 その質問に僅かに言い淀むプリエルザ。
 なんだ?
 彼女は重い口を開いた。

「……光子魔法には別名がありますのよ。その名も“すり抜ける魔法”」

「?」

「アレをご覧になって下さいまし」

 プリエルザの指差す先。
 ニールが光子魔法を迎撃するべく棒の天成器べイオンを振り回す。

「そらっ!」

 いまにもぶつかり合う白銀の棒と光子の球体。
 通常ならニールの闘気強化してあるだろう天成器が打ち勝つ場面。
 形成魔法、《ボール》は中央に位置する始点を白銀の棒で打ち砕かれその場で消え去る運命だった。

 しかし、激突の瞬間奇妙なことが起こる。

 中央を、始点を打ち抜いたはずなのに……。

「くっ……」

 ニールが必死の表情で躱す。
 そう、中央の部分こそ天成器の直撃で削られているものの、魔法自体は消え去っていない。

 欠けたままの球体が勢いを保ったまま、ニールの真横を通り抜け地面に衝突した瞬間小規模な破裂を引き起こす。

「通常なら始点を破壊されれば即座に崩壊する魔法。勿論例外はいくつかありますけど、基本はその場で勢いを失い消え去るもの。しかし光子魔法は光の粒子の集合体。云うなれば一つ一つの光の粒子が魔法効果を保持していますの」

 プリエルザは語る。
 故にこそ“すり抜ける魔法”だと。

 魔法の要たる始点を破壊しても全体が崩壊することなく、勢いそのままに迫ってくる。
 一度放たれれば威力は減じれても魔法自体は消し去れない魔法。

「使い手も少ない珍しい魔法のはず。それがこんなところでニールさんの対戦相手として立ち塞がるなんて……」

 訓練場に煌き放たれるハルレシオさんの無数の魔法。
 必死に躱すニールを尻目に止めどなく放たれる魔法を眺めながらチェルシーさんが言葉を放つ。
 それはプリエルザの語ったこととはまた視点の違う光子魔法の特徴について。

「プリエルザは光魔法との違いを説明していましたが、光子魔法の特徴はそれだけではありません。六大属性魔法の中でも特に速度に優れる光属性魔法。光子魔法はそのすり抜ける特性以外にも派生魔法である閃光魔法に次ぐ速度を誇ります」

「ああ、俺じゃあの魔法に目も追いつかないからな。ニールは実際よくやってると思うぜ。俺だったらもう為す術もなく倒されてる」

「主様はあの輝かしい魔法を持って学園ではこう呼ばれています。『光の貴公子』と。そして主様のお力は……彼には悪いですがあんな程度ではない」

 チェルシーさんの自信に満ちた答え。
 疑問はすぐに解消されることとなった。

 多少の負傷はあれど躱し続けるニールに対してハルレシオさんが次の手を打つ。
 それは異名ともなった“光の貴公子”の代名詞。
 チェルシーさんの語る彼の最も得意な魔法。

「このっ、いい加減にしやがれ! 【クォーツバレット3】! 【クォーツバレット・ダイブ3】!」
 
 反撃の水晶魔法。

 苦し紛れに放たれたそれはハルレシオさんの握る両剣を翻した斬撃に斬り伏せられ、躱される。

「ハッ、段々目が慣れてきたぜ! そもそも速いといっても初級魔法ばっかりとは舐められたもんだ! 俺を倒したいならさっきみたいに上級魔法を撃ち込んで来たらどうだ!!」

 額に汗を滲ませニールが叫ぶ。
 彼はまだ勝負を微塵も諦めていない。

 しかし、気迫の籠もった雄叫びは良くも悪くもハルレシオさんを動かした。

「そうだね。君に失礼だった。力を見せて欲しいとこちらから願い出たのに自分の得意な魔法すら使わないとは」

「な、に?」

 ニールの顔に疑問が浮かんだのは一瞬。
 次の瞬間には回避動作に移っていた。
 
「【フォトンダガー5】」

「痛っ……」

 ニールの腕を掠める光の短剣。

「あれは……イクスムさんの使っていた」

 アラクネウィッチの瘴気獣に対して使われていた光属性魔法の初級武器魔法。
 イクスムさんは《サテライト》の魔法因子で自らの周りを回転させ短剣陣を敷き攻防一体の魔法として使用していた。

 その光で象られた精密な短剣が空中を高速で駆ける。

「光子魔法の速度に慣れてきた君ならこれも問題なく切り抜けられるだろう、【フォトンショーテル・スピン6】」

「この野郎……」

 ハルレシオさんが展開したのは光子の曲刀。
 刃が湾曲し弧を描く両刃の剣。
 加えられた《スピン》の魔法因子で回転しながらニールに襲いかかる。

 だが、その軌道は直線ではなかった。
 三本づつ左右に振り分けられた曲刀。
 横方向に角度のつけられた曲刀はニールに向かって軌道すら曲がり交差するように迫る。

「光属性魔法の中級武器魔法、《ショーテル》は元々目標に向かって回転して射出されるんだが、こうして《スピン》の魔法因子を加えることでカーブを描いて目標に襲いかからせることも可能だ」

「クソッ、【クォーツウォール】」

 新たな光子魔法を目にしてニールが取ったのは片面の攻撃を防ぐこと。
 右から曲がりくる光子曲刀を水晶の壁で進路を防ぎ、もう片方をなんとか回避する。

 しかしそんな回避動作を見逃すハルレシオさんではなかった。

「【フォトンダガー5】」

 裂傷の増えるニール。

「っ……【クォーツウォール】」

 一旦体勢を立て直すため水晶の壁で守りを固める。
 しかし……。

「壁に籠もられるのは面白くないな。《ショーテル》で迂回させるのもいいんだが……ここは正面突破といこう」

 一人頷くハルレシオさん。
 次の瞬間、俺たちは彼の実力の一端を垣間見ることになる。

「……【フォトングレートソード】」

 空中高く展開されたのは光子の大剣。
 短剣や曲刀の華奢で鋭い印象はない。
 ただひたすらに攻撃力を突き詰めたような巨大な剣。

 水晶の壁。
 その陽光を反射するニールを守る防壁の中心を容易く打ち砕く光子大剣。

「はぁ!?」

 砕けた水晶の隙間から驚愕に染まったニールの顔が飛びだした。

(いくら上級魔法とはいえ中級障壁魔法の《ウォール》だぞ。防御に特化した壁だ。それと正面からぶつかって全く威力が衰えていない)

「っ!? 行くぞべイオン! 【変形分離:魔力刃双細剣】!」

 地面に突き刺さる光子大剣を見て、守りに入っては厳しいと感じとったのかニールは手元のべイオンを変形させる。
 両手に携えた細く鋭い魔力の刃もつ剣。

 魔力切れを考慮すれば本来は短期決戦のための形態。
 しかしそれをニールとべイオンは躊躇なく実行しハルレシオさんに接近戦を仕掛ける。

「【クォーツアロー5】! 【クォーツバレット3】!」

 同時に放つ水晶魔法。
 ハルレシオさんの動きを制限し間合いから逃さないための牽制も含まれた魔法。

 水晶の矢と弾丸と共に飛び込み掻き乱す……そのはずだった。

 しかし……ニールの計画は同時に放たれたハルレシオさんのある魔法によって頓挫することになる。

 それは上級魔法より難度の高い、さりとて最上級魔法とは異なる魔法。

 属性魔力の特性を活かした独自の効果をもつもの。

 拘束魔法と同じく使い手を選ぶ希少な魔法。

「………………ィア】」

 目の当たりにしたのは目を疑う光景。
 ハルレシオさんに襲いかかったはずのニールの水晶魔法。

 空中を飛翔し敵を打ち倒す速度と威力を両立した射撃魔法。

 それが……空中で静止していた。

 まるで見えない力に押さえつけられたように動きを止める。

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