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第百十四話 告白
しおりを挟む(ニールとラウルイリナは互いに危機感を抱いてるんじゃないのか? 突然呼び出されたと思ったら信じて待っていた相手がまったく知らない人物を信頼できる仲間といって紹介してきたんだ。そりゃあ驚きも焦りもするだろう)
(……そういうものなのか?)
(ああ、そうだ! まったくクライは罪作りな男だなぁ)
いや適当にいってるだろ。
ミストレアの念話の声が明らかに浮ついてニヤけているのが口調からもわかる。
しかし……あながちすべてが間違っている訳でもないのか?
ニールもラウルイリナもしばらく会っていなかったけど、普段はもっと冷静で理知的だと思う。
それが興奮して我を失っているようにも見えるのは、ミストレアの言う通り……なのか?
話し合いは激化していく一方だと思っていたが、あるとき急に空気は変わる。
それはラウルイリナがゆっくりと自らの事情を話しだしたことからだった。
「……私は少し前まで王都で“剣狂い”と呼ばれていた」
「お前、それは……」
「ラウルイリナ……」
「同じパーティーの仲間にも自らの戦う理由を明かさず、一人だけ天成器を使わないため戦力にならない、仲間を危険に晒す自分勝手な冒険者。……いま思うと本当にひどいな」
ラウルイリナは自嘲しながら歪に、儚く笑う。
「同じパーティーだった者たちからは追い出され、冒険者ギルドで新たなパーティーの募集をかければ誰からも見向きもされない。加入の申請は尽く却下される。……そんな誰からも嫌われ避けられる。私はそんな存在だった」
「……」
「クライは……そんな私を救ってくれたんだ。焦りと不安から他人に迷惑を掛け続けてきた私に彼は、彼だけは手を差し伸べてくれた。パーティーを組んでくれないかと、力になりたいと、そういって私の手を取ってくれた。危険を冒す必要などないのにな」
ニールはラウルイリナの告白を押し黙って聞き入っていた。
彼女の発言を聞き逃さないように鋭い瞳で。
「彼の手助けのお陰で目的だった剣の修復も長年使えなかった天成器も再び使えるようになった。そして同時に私の愚行によって迷惑をかけてしまった人たちへと謝罪する心の余裕が生まれたんだ。私の謝罪に彼らはいともあっさりと許してくれた。……拍子抜けするほど簡単に。そう、彼らもまた私のことを気に掛けてくれていたんだ。本当にあの頃の私は周りが見えていなかったと実感したよ」
そうか、迷惑をかけてしまったといっていた元パーティーメンバーには無事許されたのか……良かった。
ラウルイリナは彼らには感謝するしかないと語っていた。
そしてそこに至った経緯を話したときに応援もされたとも。
応援?
「それもあって私は心に決めていたことを為すことにした。いつか父上に言われたようにたった一つ大切なものを私は見つけたからだ」
ラウルイリナは決意の籠もった瞳で俺を見た。
「私は君の側で戦う。君を守る。勇気をだしてパーティーに入れて欲しいと頼んだ時に、いやそれよりもずっと前に私は心に決めていたんだ。……どうか私と共に戦って欲しい。私に君を守らせてくれ。また、手を取って欲しい……駄目だろうか?」
「ラウルイリナ……」
願いと覚悟の表れだった。
彼女の真剣な瞳は俺に答えを求めていた。
その返事を返す前にニールがゆっくりと語りだす。
それは本来は明かすべきことではなかったはずで。
「……オレはエリクサーを探している」
「ニール!? ……いいのか?」
「エリクサー? 万病を癒やす秘薬か……」
俺はニールの唐突な発言に思わず驚きの声をあげていた。
ニールが旅する目的、それは秘密だったんじゃないのか?
「オレの母さんは正体不明の病に罹っている。それは安静にしていればいますぐ悪化するものでもない。ただ時々立ち眩みのように意識を失ってしまう。……オレはそれが嫌だった。母さんを救いたいと心の底から願った。唯一の望みであるエリクサーを求め各地を旅していた。……そんな時だ。クライに出会ったのは」
ニールの視線が俺に向けられる。
どことなく楽しそうだったのは……気のせいではなかった。
「コイツ、無茶するだろ。それも普通なら何考えてんだよってことを平気な顔してやりやがる。……思わず笑っちまったよ」
そんなに無茶したかな。
言葉を投げかけられたラウルイリナを見ればウンウンと頷いている。
本当に……?
「オレはラウルイリナといったか、お前ほどクライに恩を感じてる訳じゃない。ただ……対等な友人だとは思ってる」
(あんなに顔を真っ赤にするくらいなら言わなければいいのに。ニールもラウルイリナに感化されたか?)
「オレの事情を話してもコイツは決して笑わなかった。エリクサーなんて大層な代物、手に入れることは不可能だなんて諦めさせようとしなかった」
そんなことを考えていたのか……。
諦めさせるなんてするはずがない。
だってニールがお母さんのことを大切に思っているのは言葉の端々から伝わってきていたのだから。
「オレにとってそれだけで十分だった。クライ、あの時も誘ったが改めて言う。オレとパーティーを組まないか? オレには目的がある。共に戦える時間は少ない。それはわかってる。でも、オレはお前と冒険したいと願ってる。……ダメか?」
ニールの真剣な思いが伝わってくるようだった。
彼は本気で俺を誘ってくれている。
たとえ一時でも共に戦う仲間として。
俺は……。
「ニール、君にもそんな事情があったんだな」
「そうだ。いますぐ命に関わる訳でもないのに、側にいるでもなくこうして旅を続けてる。探すあてもないのにな。……笑っちまうだろ」
ラウルイリナの問いに戯けるようにして答えるニール。
そんな彼にラウルイリナは静かに話す。
「笑いはしない。私も他人から見れば笑われるようなことで冒険者となった。……私は騎士になりたかったんだ」
「騎士? さっきもチラッと言ってたよな」
「ああ、私の実家のフェアトール家は領地をもつ貴族だが、同時に国王様に、王国に仕える騎士の家系とも言っていい。その家を継ぎ国民を守る騎士となることが私の夢だった。だが、それもフェアトール家を継げない、騎士にはなれないとわかってから潰えてしまった。ニール、君はそんな私を笑うか?」
「笑わねぇよ。それにお前、騎士になるよりいいものを見つけた、そんな顔をしてるぜ。いや、ソイツの騎士になる方がいいと思ってるだろ? なんたってお前の目は希望を失ってなんかいない。そういやさっきも『彼の騎士』とか言ってたからな」
「フフッ」
「ハハハッ」
突然笑いだす二人。
「私はラウルイリナ・フェアトール。騎士志望の冒険者だ。よろしく頼む」
「ああ、オレはニール。ニール・マキアス。こう見えて王子様なんだぜ。よろしくな」
「王子? それは流石に冗談だろ? まあいい、これからは共に戦う仲間だ。お互い助け合うこととしよう」
「おう」
(うんうん、すっかり二人共意気投合したな。やはりクライのパーティーメンバーともなるとこうでないと。一緒に戦う以上わだかまりがあってはいけないからな)
なんか、いつの間にか問題が解決していたんだけど……俺ってこの場に必要だったのだろうか。
俺そっちのけで俺の話題で盛り上がる二人にちょっと不安になる。
なにより同席してくれたエクレアとイクスムさんなんか物凄い暇そうにしているし、申し訳ない気持ちになる。
(そう気にするな。二人が仲良くなったならそれでいいだろ?)
確かに……出会った当初から考えればまったく違う二人の姿は、俺の望んでいたものでもある。
果たしてこの先に俺たちを待ち受けるものはなんなのか。
それがどんな困難なことでも楽しそうに談笑する二人、信頼する仲間となら乗り越えられる。
そう俺は確信していた。
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