上 下
90 / 177

第九十話 荒唐無稽な噂

しおりを挟む

「あれが噂の……? 弓使いのくせに瘴気獣のリーダーを倒した奴か」

「あいつ瘴気獣を一発で倒したんだろ? 人は見かけによらないよな」

「なんか思ってたのと違う……もっとムキムキな人だと思ったのに~~」

 学園に登校する途中でどこかおかしいとは感じていた。

 道行く人々、特に学園の学生たちの注目がなぜか集まっている気がする。
 俺が通り過ぎる度に後ろから聞こえるコソコソとした話し声。
 遠巻きに様子を窺っては個人個人で色々な反応をみせる。

 ……これはまさか、ミノタウロスの瘴気獣を倒したときと同、じ………?

 背中に集まる視線を感じながらもなんとか教室まで辿り着いた。

 ホッとしたのも束の間、教室のドアを開けた瞬間、一斉にクラスメイトたちの視線が俺に集中する。

(視線が矢のように飛んでくるな)

 ミストレアの喩えは的確だった。
 あまりの注目ぶりに迂闊に動けないでいると、俺を見つけた途端、面白いものを見つけたと言わんばかりにウルフリックが近づいてくる。

「よう! いまや学園の話題を掻っ攫う御使いと並ぶ有名人、“孤高の英雄”君じゃないか! ようやく退院できたんだな。久し振りに会えて嬉しいぜ!」

 お前誰だ。

 やたらと馴れ馴れしくニヤケ面で挨拶してくるウルフリック。
 お前そんな奴だったか?
 
 それより気になるのは“孤高の英雄”という聞き慣れない言葉。
 ……それって俺のことなのか。

 思考が混乱する中、俺は哀れみの視線を向けてきていたセロに事の真相を尋ねる。
 
「セ、セロこれは一体……」

「その……プリエルザさんがクライくんの噂を広めてるみたいなんだ……」

「は?」

 プリエルザがなぜそんなことを?
 お見舞いにきてくれたときは妙に大人しかったけど、まさかこの妙な状況のことを考えていたのか?

「プリエルザ様は兄貴の瘴気獣との戦いぶりにいたく感動したみたいでな。学年を跨いで噂を広めてるみたいだぜ。おれのところにもその情報が入ってる」

 エリオンの変な呼び方も最早気にしている余裕がなかった。
 噂を……広めてる?

(う~ん、プリエルザもクライの価値に気づいてしまったか……なかなかやるな)

「……ちなみにどんな噂なんだ? それと“孤高の英雄”ってなんだ?」

「それはワタクシの口からご説明いたしますわ!! クライ様の英雄譚はワタクシが語り部となって王都に広めさせていただいている最中ですの!! “孤高の英雄”のご活躍をお話するのはワタクシの使命ですわ!!」

 うわ、ビックリした。

 凄い勢いで教室の扉が開かれ、金の巻き髪を振り乱したプリエルザが目の前に唐突に現れた。
 彼女は褒めてほしいと言わんばかりの自信満々な態度で語りだす。
 というか、クライ……様?

「瘴気獣たちを統率していたかのようなカオティックガルムの瘴気獣に、たった一人立ち向かう“孤高の英雄”クライ・ペンテシア様。複数の瘴気獣が互いに争いつつも襲ってくる異常な状況の中、生徒たちを束ね臆することなく戦い抜き、遂には黒と白の波動纏う四足の獣と相対する。歴戦の冒険者の中に混じり戦う姿はまさに英雄の中の英雄ですわ。一人また一人と倒れていく激戦にあって、たった一人立ち上がり、弓と盾という異なる武器を持ちながらも、その胸に同じ学園で学ぶ生徒たちを、王都で安寧に暮らす民たちを守る、崇高で揺るぎない信念を宿した“孤高の英雄”。たとえ自らの身を蝕む傷にも一切怯むことなく、一撃でもって瘴気獣を撃滅する。ああ、貴方こそワタクシの英雄ですわ」

 ヤバい。
 なにがヤバいのか説明できないけど、急に語り始めたプリエルザの豹変ぶりは尋常じゃない。

「プリエルにゃは、エクレにゃのお兄さんの……その、大ファンなだけにゃ。多目に見てあげて欲しいにゃ」

「その……プリエルザさんに悪気はないんです。ただ、エクレアさんのお兄さんのことを皆に、知っていただきたい一心でこんなことに」

 ミケランジェとフィーネが熱弁するプリエルザを可哀想なものを見る目で擁護しているけど、それにしてはなんだか俺の活躍が誇張されているような……。

 いうほど生徒たちを束ねてないし、レリウス先生やカルラさんたちと一緒には戦ったけど盾で防ぐ援護だけしかできなかった。
 それに、最後の一騎打ちのような状況で勝てたのはそれまでカオティックガルムに蓄積していたダメージが大きかったからだ。
 すでに相手が満身創痍だったからこそ、ミストレアの杭を当てることができた。
 なにより無我夢中で戦ってたから崇高な意思なんてなかったぞ。

「お前の噂は王都の民の間でも有名だぞ。王都にほど近い迷わずの森で起こった異常事態を解決に導いた弓使いの少年。自らの身体が傷つくのを恐れず、近年稀に見る強大な瘴気獣を学生の身でありながらたった一人で倒したってな。そのせいで、ミリアが、ミリアがな……なぜ自分をお前のお見舞いに行かせてくれなかったのかとオレを責めて……クソ、オレはただ命に別状がないならあとでいいだろうと軽い気持ちだったのに……。一体オレはどうすれば良かったんだ」

 なぜかウルフリックが勝手に落ち込んでいる。
 いや、俺の方がこの誇張された噂が広まっていることに愕然としてるんだが……。

 言葉なく俺が佇んでいるところに恐る恐るプリエルザが話しかけてくる。

「その……それでよろしければワタクシの実家であるヴィンヤード家でお食事でも如何でしょうか? 両親にも紹介しなければなりませんし、ぜひ来ていただきたいのですけど……お嫌ですか?」

 さっきまでの熱狂とは一変してしおらしい態度のプリエルザ。
 そのあまりの落差に思わず教室の席に座っていたエクレアに助け舟を求めてしまう。

「エ、エクレア……」

「…………ふん」

「うっ……」

 俺の懇願の眼差しに顔を横に振るエクレア。
 自業自得とはいえ心が痛い。

 実をいうとエクレアとは病院を退院してから一言も会話できていない。
 原因はわかっている。
 俺がエクレアが止めるのを無視してレリウス先生に戦況を変える一手を伝えるために一人で連絡しにいったからだ。

 危険は承知だった。
 とはいえ、あの場面でエクレアは一緒に行くことを提案してくれた。
 それでも、一人の方が危険は少ないと強硬したのは俺だ。
 
 プリエルザの護衛は多いほうがいいと思ったのも事実だ。
 だが、本当はカオティックガルムの攻撃の余波をエクレアの分まで防げるか自信がなかった。
 エクレアの強さを知っていながら、それでも彼女を危険な状況に付き合わせることはできなかったからだ。

(なんとか妹様と以前のような関係に戻れればな……暫くは時間がかかるかもな)

 そのとき再び教室の扉が開く。
 中に入ってきたのは長身の女性。

「皆さん静かにして下さい」

 入るなり、冷徹にも聞こえる澄んだ声でいまだ騒がしかったクラスメイトたちを鎮める。

(誰だ? 見たことはない……先生だよな)

 ミストレアの言葉通り学園では見かけたことのない人物だった。
 そろそろ授業の始まる時間だ。
 教員なのは間違いないと思う。

 長身でスラッとした体型のエクレアのように眼鏡をかけた女性。
 クラスメイトたちが疑問に思う中、彼女はクイッと片手で眼鏡の位置を直すと、教室を見渡しよく通る声で驚きの事実を語る。

 その眼差しはどことなく不機嫌そうにも見えた。

「不甲斐ない兄に代わってこのクラスの副担任に任命されました。アシュリー・シャントラーです。以後お見知りおきを」

 レリウス先生の……妹!?
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

処理中です...