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第五十三話 疑問と疑心

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 それは検証を終えて、いつもの魔法に関する特別授業のときのこと。
 普段なら魔法や魔法因子、瞑想に関する知識を教えてもらっている時間だけど、今日はどうしても聞きたいことがあった。

 研究棟の一室でケイゼ先生と向かい合って話す。

「それで、私と出会ったとき《リーディング》で過去視をしていたんだったな」

「はい」

「その後、新しいスキルが増えていたと……」

「はい」

「検証を優先して、その辺りのことを詳しく聞いていなかったな。以前にもいつの間にかスキルを習得していたらしいし、これもDスキルが特異な証拠か……」

 ケイゼ先生は悩ましそうに  と呟いている。
 《リーディング》で解析した内容はわかりやすいように紙に書き出してある。
 机に広げて差し出す。



名前 クライ=ペンテシア
年齢 14
種族 人間 level34
クラス 猟士 level4
HP:1650/1650
EP:152/190
STR:26
VIT:28
INT:19
MND:15
DEX:53
AGI:37


Dスキル
リーディング

スキル
体術level22 剣術level3 弓術level34 盾術level82 投擲level7 闘気操作level18 闘気強化level12 無属性魔法level92 気配遮断level25 気配察知level19 解体術level20

天成器 ミストレア
基本形態 弓
階梯 第三階梯
EP︰150/150
エクストラスキル
格納 矢弾錬成 念話 変形:突杭重手甲



 王都に旅立つ前と比べてもレベルは二つしか上がっていない。
 これはおそらく倒した相手によって上昇率が違うからだろう。

 魔物や瘴気獣を倒すことでレベルは上昇する。
 ただ、同格の強さをもつ相手を倒したとしても、その上がり幅は少ないといわれている。

 コンバットアントやオークは数こそ倒したが難度Dに近い相手。
 ハイオーグレスも統率個体とはいえ難度Cの相手だ。
 そのせいもあってレベルがあまり上昇しなかったのだろう。 

 それにしても、DEX、確か王国の定義では操作力の力の数字だけが飛び抜けて高いな。
 これはクラスチェンジによって値が加算されたことが原因だ。
 中級クラスにクラスチェンジするとき、力の数字にさらに数値が上乗せされるからだ。

「無属性魔法レベル92。《リーディング》で自分自身を解析した結果、脳裏に浮かんだ新しいスキルとそのレベルです」

「やはり《リーディング》の解析能力は恐ろしいな。スキルのレベル? そんなものまで判ってしまうとは……」

 改めて聞く《リーディング》の解析能力にケイゼ先生は一層難しい顔をした。
 それでも、気を取り直したのか無属性魔法について説明してくれる。

「無属性魔法。魔力を属性変化させずに無属性の衝撃として放つ衝撃魔法、《フォース》のことだな」

「魔力を属性変化させない……」

「そうだ。簡単そうにみえて実は難しい。魔力そのものを衝撃に変化させるには高い魔力操作力が必要だと言われている。それに、衝撃魔法は使い手が少ない。使える者も殆どいない。それはつまり教える者もいないということだ」

 魔力操作力。
 いまだ魔力を感じ取れない身からすれば雲の上の話だな。

「そして、衝撃魔法の威力は他の属性魔法に比べて劣る。それでいて魔力はそこそこ使うし、術式も覚える必要がある。同じ労力で覚えるなら属性魔法を学ぶだろうな」

 いままで出会った人で無属性魔法を使う人はいなかった。
 ……人気のない魔法なのか。

「だが、使えない、か……。つくつぐ勿体無いな。衝撃魔法は外殻の硬い相手にも有効な魔法だ。衝撃を体内に響かせることで防御力の高い相手だろうと一定のダメージを与えられる」

「それは、かなり有用な魔法なのでは……」

「まあ、魔法ともなると身体を動かすように簡単ではない。術式も覚えないといけないし、魔力操作も必須だ。君の場合、まずは魔力を感じ取る所からだし……道は長いな」

「そうですか……残念です」

 アレクシアさんの盾術のように、オーベルシュタインさんの無属性魔法が使えるなら嬉しかったんだけどな。
 ……さすがに一足飛びに使えるようにはなれないようだ。
 地道に努力するしかないな。
 
「……それともう一つ《エクセス》の魔法因子はご存じですか。過去の記憶の中でオーベルシュタインという老齢の男性が口に出していたんですが?」

「《エクセス》だってっ!?」

「え?」

 凄い勢いで机に前のめりになるケイゼ先生。
 そ、そんなに変なことを聞いたかな?

 勢いそのままに興奮した様子で彼女は続ける。

「誰もが知るが、誰も使うことのできない魔法因子。伝えられているのは自らも傷つけてしまう英雄の魔法因子ということと……それが最上級魔法因子ということだけだ。君も冒険譚で聞いたことがないか? 《エクセス》の魔法因子によって紺碧の氷結竜を打ち破った話を……」

「い、いえ、聞いたことないです」

「そうか……あれは、帝国に伝わる冒険譚だったから仕方ないか。だが、オーベルシュタイン? 聞いたことのない名だ」

「“始原の魔法使い”とも呼ばれていました」

「“始原”、“始原”。何処かの本で読んだような。う~ん、判らんな。こちらでも調べてはみるが、結果がどうなるかは判らんぞ」

「はい、お願いします」

 研究棟のこの部屋にあった“失色の器”は出自が不明だといっていたけど、オーベルシュタインさんについて調べれば、あれがどこで発見されて、実際は何なのかわかるかもしれない。
 ここは、ケイゼ先生の探究心に任せよう。

「ところでケイゼ先生はここでなにを研究しているんですか?」

 始まりは単なる疑問だった。

 率直で安直な一つの疑問。

 この研究棟に出入りする人物は少ない。
 ケイゼ先生はここに住んでいるものだから除外するとしても、俺が訪れている間に他の訪問客はいなかった。
 たった一人、エルガルドさんも合わせて二人でなにを研究しているんだ?

「ん~、私の研究テーマか……言ってなかったか?」

「はい、検証の見返りに魔法について教えていただいていますけど……聞いていませんでした」

「……まあ、あれを君が突然言い出したときは、なにかと思ったけどね。魔法については私も少しは知識があるから了承したけど、まさか交換条件として出してくるとは」

 ケイゼ先生は呆れ混じりに苦笑する。
 そんなに突然だったかな?

「ここには、何に使うかわからないものばかりだ。その中でも書類や本は特に大量にある。魔法、建物、土地、植物、魔物、歴史。多種多様な知識書が集まっている。こんなにもバラバラな知識を集めてなにをしようというんだ?」

 ミストレアが指摘する通り、手当り次第に集められていると思う。
 法則性のようなものは見当たらない。
 すべてを知りたいがために集めたような、不合理ささえ感じる。

「……」

 無言の時が流れる。
 
 普段ミストレアにも負けないくらい話の尽きないケイゼ先生が、なにも語らない。
 それでいて少しだけ哀しそうな表情をしている。

「……神さ、神の研究をしている」

「神……星神様ですか。星神教会で祀られている?」

「そう、我々に天成器と呼ばれる『意志持つ変形武器』を授け、天使を介して様々な干渉を行ってきた神たちの研究だ」

「それは……一体……」

 この世界には最高神とも呼ばれると星神と眷属神とも呼ばれる八柱の神たちがいる。

 言語を統一し、神の石版を人々に与え、知識を授けた。
 ミストレアたち天成器や教会にある水晶球も神からの知識によって作り出せるようになった。
 ……その研究?

「可笑しいと思わないか。……神は実在するとされている。石版も天成器も実際に存在し、触れることができる。個人の能力を表すともいわれるステータスも言葉にするだけで開示することができる。確かに、神は実在する。それは間違いないだろう」

 石版も水晶球もこの目で見た。
 ミストレアの生成の儀式も確かに行った。

「だが、神の石版は何人にも破壊することはできず、そこに記される知識は人には到底計り知れない未知の叡智ばかり。また、ステータスは時に本人さえ知らない才能を詳らかに明らかにしてしまう。……そもそも天成器とはなんだ。なぜ意志が存在し、魔石によって成長する」

 ケイゼ先生の表情は至って真剣だ。
 それこそ鬼気迫るほどに。

「この世界は……歪だ」

 椅子から立ち上がった彼女は憤るように続ける。

「森林王国に実際に存在する世界樹。遥か彼方からも伺える直径数kmはある巨大な樹木。あんな樹木がなぜ存在する。他に同一の種は確認できず、エルフたちの住む国交もろくにない森林王国だけに自生する固有の植物。果たしてそれだけか? あんなものが自然物として存在するのか?」

 閉鎖的な森林王国は他国とはほとんど国交はない。
 王都でもエルフの人たちはあまり見かけない。
 世界樹。
 森林王国全体で守るべき聖なる樹だとは聞いたことがある。
 なにか隠されていることがあるのか?

「海の向こうに何があるか知っているか? 光の壁だ。古の書物では大陸は二つあったとされている。だが、いつからかこの大陸を囲むように光の壁が海から吹き出し分断した。まるで私たちを逃さないように」

 ケイゼ先生の瞳は憂いを湛えていた。
 それこそ、誰か理解者を求めるような懇願にも似た感情が浮かんでいた。
 
「誰も疑問に思わない。この世界の歪さに誰も目を向けない。……私は解き明かしたいんだ。この世界の謎を」

 この世界は疑問と疑心に満ちている。
 ケイゼ先生の最後にそう締め括った。
 
 世界の謎。
 いままで一度も目を向けることはなかった。
 疑問にすら思わなかった。
 
 いまはただ、ケイゼ先生の救いを求める眼差しに胸が張り裂けそうだった。
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