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第四十五話 研究棟

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「あー、悪いけどその荷物はそこに置いてくれないか」

 外見からはわからないほど広い部屋の中は、お世辞にも綺麗に整頓されているとはいえない状態だ。
 机にはうず高く積まれた山積みの本が散乱し、なにに使うかもわからない魔道具らしき物が点々と置いてある。
 棚にある書物こそある程度揃って陳列されているけど、床にはところどころ殴り書きされたメモや本、研究材料と思われる魔物素材が散らばっている。

 いまにも崩れそうに無造作に積まれていた古めかしい木箱を次から次へと部屋の隅に移動させる。
 外からは箱の中身はわからないけど、重さも大きさもバラバラな箱ばかり。
 一体いつからこんな状態だったんだ?
 埃ばかりの部屋の掃除と平行して整理していく。

「その預かり物には貴重な研究素材が入ってるんだ。丁寧に運んでくれたまえよ」

 装飾の施された封付きの袋は持ち上げると妙に軽い。
 そっと揺さぶれば何やら金属が擦れるような音が響いている。
 付けられたタグには冒険者ギルドから借り受けとの注意書き。

「ほぉ~、こんな所に探していた歴史書が埋もれていたのか!? まったく誰がこんな所に隠したんだ! この施設の主は私だというのに困ったものだ」

「……」

 隠すもなにもここには誰も寄り付かない。
 この建物にはいくつかの部屋が存在するが出入りするのは彼女とその天成器だけ。
 その二人も滅多にここから出ることはないという。
 なにより教員用の寮に自分たちの部屋は用意されているそうだけど、ここにも荷物を持ち込んで泊まっていくことの方が多いらしい。
 
 彼女は一頻り騒ぐと、拾い上げた書物を読みふけって静かになった。

 さて、いまの内に少しでも片付けよう。
 俺の失敗から掃除することになったとはいえ、この惨状は見ていられない。
 この後には検証も控えているだろうし、手早く終わらせるとしよう。





 ここはトルンティア王立学園の敷地内にある寂れた一角。
 学園の中でも教員の先生たちが普段暮らす寮にほど近い研究棟。
 生徒たちの喧騒も学舎から離れたこの施設までは届かず、高い木々に囲まれ、薄暗く不気味な雰囲気に近付く人すら滅多にいない。

「いや~、助かった、助かった。一人だと何かと整理する時間もなくてね。いつかは掃除しなくてはと考えていたんだが……君に頼んで良かったよ。ここを訪れる客も滅多にいないから優先順位は低かったんだが、いざ綺麗に整理された部屋を見るとなかなかどうして悪くない。学園長もこれなら文句はないだろう。偶にしか来ない癖に矢鱈と片付けろと五月蝿いからね」

「……はあ」

「……ずっとこんな辛気臭い場所に籠もっているくせに、自分でやろうとは思わないんだな」

「ん~、ミストレア君。何か言ったかな。私はクライ君が自・主・的・に掃除を提案してくれたと記憶しているんだが?」

「コイツっ……!」

「まあ、部屋が綺麗になれば長時間の検証になっても少しは過ごしやすくなるだろう? これもクライ君と研究の為さ、我慢してくれ」

「ぐぬぬっ、この女、調子に乗って……!!」

 得意げな顔でミストレアをからかう横顔には、こめかみ辺りから独特の形をした巻き角が生えている。
 獣人の獣耳でもエルフの長い耳でもなく、白くカーブを描く二対の角。
 王都でもまず見かけることのない――――魔人の女性。

「ケイゼ様……お戯れが過ぎます。ミストレア様にもクライ様にも失礼ですよ」

 彼女に苦言を呈すのは空中にふらふらと浮かぶ白銀の球体。
 その表面にはブラウンの複雑なラインが刻まれ、部屋の中を右へ左へ自由に浮遊する姿に、最初に遭遇したときは心底驚いたものだ。
 
「エルドラド、これぐらいただのスキンシップさ。折角クライ君が私の研究の手伝いを志願してくれているんだ。少しぐらいからかってもいいだろう?」

「……」

「判った、判った。私が悪かったよ。二人には謝るから無言で接近してくるな」

 エクストラスキル《限定浮遊》。
 ミストレアが《矢弾錬成》を最初から習得していたのと同じように、エルドラドさんが習得しているエクストラスキルの一つらしい。

 使い手からはあまり遠くには移動できないが、EPの保つ間は自由に浮遊して移動できるそうだ。
 空中を滑るようにケイゼ先生に近づいて、払い除ける手をさっと避けると頭上をゆっくりと旋回する。
 天成器は個々で様々な姿をしているのはわかっているつもりだったけど、空中を自在に動き回れるなんて予想もできなかった。

「ケイゼ先生。これで部屋の掃除も終わりましたけど……まだ検証を続けるんですか?」

「勿論だとも! クライ君のスキルは前例のない破格の性能。私の知識にもない誰もが知らない存在。これを研究しなければなにを研究するっていうんだい!?」

 紫の瞳を輝かせ大仰な手振りで宣言するケイゼ先生。
 その熱狂する様に押されたのか珍しく引き気味にミストレアが尋ねる。

「また、あの検証と言う名の単調な作業を続けるのか? ひたすら適当な物を《リーディング》でステータスを調べていくだけじゃないか。もうかなりの回数をこなしてきただろ?」

「何を言う!! 未知なる力の検証には時間と労力が必要なんだ。一見同じような検証でもデータの蓄積によって見えてくるものもある。それに、Dスキル……エクストラスキルとも通常のスキルとも違う未知なるカテゴリーのこの能力を調べることで……私の知的好奇心も満たすことができる!」

「おい」

「Dスキル検証の見返りに個人的に魔法について特・別・に授業をしてるんだ。少しぐらいわがままに付き合ってくれてもいいじゃないか」

 そう、ケイゼ先生には魔法知識を個人的に教わっている。
 日々この孤立した研究棟に籠もっているだけあってケイゼ先生は魔法についての造詣も深い。
 授業の内容より一歩も二歩も先をいく知識量は、いまだ魔力を感じ取れない俺にとって得難いものだ。

 ケイゼ先生は未だ詳細のわからないDスキル《リーディング》の検証を行い、代わりに俺は魔法について教わる。
 この関係が始まったのはつい先日のこと。
 編入試験も終わり学園に無事入学してから一週間も経たないうちの……ある失敗から始まった。
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