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第三十五話 オーク集落攻略作戦会議
しおりを挟む「まず、戦うか引くか……だね」
「そうだな……現状判明していることから挙げていくか」
あの後、丸二日かけて集落周辺を念入りに調査した。
一帯を見渡せる高所を探し集落を偵察して全体像を把握。
集落へのオークたちの出入りの頻度を調べ、集落周辺で利用できる地形の箇所の選定を行った。
現状調べられることはなるべく調べた。
いまはオーク集落に近い崖下にあった岩に囲まれた雨風を防げる簡易拠点に集合している。
ちょうどいい広さの場所があって助かった。
以前はなにかの魔物の縄張りだったのだろう。
全員でも余裕を持って入れるうえに周りより一段高いため近づく魔物がいればすぐに分かる。
森の木を切り出して作った簡単な椅子に座り作戦会議を始める。
判断する材料は十分に揃っただろう、各々が調べた結果を皆に報告する。
その会議の要点を纏めると……。
・地形
集落は直径五百mほどの円形に森を切り開いて作られ、その外周は高さ五mの丸太を並べた木壁で囲まれている。
出入り口の門は北と南に一つずつ。
集落内部は木製の家屋が四棟立ち並び、集落中心の一際大きく目立つ建物が統率個体の本拠点だと推測される。
東には簡易拠点のある切り立つ崖、南には川幅十m程度の川が流れている。
・戦力
主な戦力はオーク七割とオーグレス三割の約三十体前後。
オークは雄、オーグレスは雌の呼称だ。
雄のオークが集落の外に出掛けて外敵を倒すのに対して、雌のオーク、オーグレスは集落の内側を守る役割を担っている。
三十体の内、槍持ちのオーク・ランサーが十二体、盾持ちのオーク・シールダーは四体、木製の棍棒を装備したオークとオーグレスが十体程度確認できた。
要注意の戦力としてワイズオーク一体とジャイアントオーク一体。
これは見えている範囲でわかっている数で、イオゼッタの分析では当然ワイズオークは複数存在すると見ている。
統率個体のハイオークの姿は視認できていないが、おそらく集落の建物内にいる。
この個体は冒険者ギルドからの情報ではウェポンスライムの擬態武器を使うはずだ。
・こちらの戦力
ヴァレオさん、カザーさん、イオゼッタ、ルイン、ラウルイリナに俺を加えた計六人。
見学のイクスムさんは戦力として数えない。
接近戦主体はヴァレオさんとカザーさん、ラウルイリナ。
遠距離戦主体は俺とイオゼッタ、ルイン。
「これを踏まえてどうするか」
「おそらくまだ統率個体のハイオークはドミネーターオークにまでは到達していない。……いまならまだあたしたちで対処可能かも」
即席で作った丸太の椅子に腰掛けながら悩ましい顔でイオゼッタが答える。
「ドミネーターオークか……。確か、ハイオークの上位個体だっけかぁ」
「そうだね。ボクもドミネーターオークについては流石に聞いたことがある。体格はニ・五m前後とハイオークとほとんど変わらない。ただし、筋肉質な肉体から繰り出される圧倒的な膂力となにより集団を束ねる統率力が桁違いだとね。ドミネーターオークの率いる集落はまるで軍隊のように階級分けされ、規律に沿って行動し、集落はさながら要塞のように強固に変貌する、そんな噂を耳にしたよ」
魔物の中には他の魔物や人との闘争の中でより強く、特殊な能力を備えた個体に変化する場合がある。
ときに身体全体や体色、生態や適応する環境も大きく変化するという。
そして、冒険者ギルドの資料では魔物が上位個体へ変化することを教会で行うクラスチェンジに準えて、クラスアップと呼ぶらしい。
オークでいえば、オーク、ハイオーク、ドミネーターオークと順に変化していく形だ。
上位にクラスアップするほど討伐難度も上がっていく。
「あの集落の規模でいったら確実にドミネーターオークじゃないだろうね。もし、ドミネーターオークがあの集落を統率しているなら、集落全体のオークはいまの倍以上いるだろうし、ハイオークやワイズオークもゴロゴロいるはずだから」
「まあ、そんなヤバい案件なら騎士団が対処するような事態になるだろぉな」
ドミネーターオーク相手なら騎士団でも厳しいかもしれないとヴァレオさんは続けた。
重苦しい空気を変えるようにカザーさんがイオゼッタに尋ねる。
「集落から出ていったワイズオークは何処に行ってたんだ。護衛を引き連れて何回か出入りしてたようだが」
「あたしとクライで後を追ったけど、どうやら集落西のデススパイダーの住処にちょっかいをだしてたよ。ワイズオークに指示をだしてるのはハイオークだろうから随分好戦的なヤツみたい。ああ、それとワイズオークは火魔法を使ってたよ」
気配を消すのに慣れている俺とイオゼッタで魔物の追跡を行った。
集落をでたワイズオークはオークたちに守られながらデススパイダーの巣を火魔法で焼き払っていた。
ほとんどは巣が火に包まれると一目散に逃げ出し、火に包まれたデススパイダーはオークに簡単に倒されてしまっていた。
図らずも《リーディング》で脳裏に浮かんできた内容は間違っていなかったと証明できてしまった。
「デススパイダーは普通なら巣で待ち伏せしている筈なのに襲ってきたからな。もしかしたらオークたちに巣から追われたのかもしれねぇな」
「確かにヴァレオの言うように少し不自然な動きだったかもそれないな。……ワイズオークについてはわかった。それで、ジャイアントオークはどう対処するか……五m近い巨体はそれだけで脅威だからな」
「図体はデカいけどいい的だからね。上手く誘導できれば問題ないんじゃない」
「そうだね。ボクの氷魔法も有効だろう」
ジャイアントオークはオークと同格の魔物だ。
ただしその出現頻度はかなり稀でオークの集落があったとしても一体いるかどうからしい。
オークが二m前後なのに対して倍の五m前後の巨大な体躯をしている。
リーチの長い手足の攻撃やその重量によって移動するだけで地面が揺れるため、戦う距離には注意する必要がある。
「ジャイアントオークは問題ないようだな」
イオゼッタとルインが自信に満ちた顔で頷いて答える。
巨大なオークというだけでかなりの脅威だと思うが、二人にはいい的なのかもしれない。
「俺とラウルイリナで周辺の地形を確認してきたが、特に戦闘に利用できる目ぼしい場所はなかった。ただ、唯一気になったのは集落西側の木壁が他より傷んでいた。ちょっかいをかけていたデススパイダーとの戦いで損傷したのかもしれない。威力のある攻撃ならもしかしたらあそこから崩せるかもしれない」
「私もカザーさんの意見に賛成だ。木壁には大きな亀裂がそのまま残っていた。一撃の威力の高い闘技か、ルインの氷魔法なら突破できるだろう」
なるほど、集落の木壁にも綻びがあるのか。
「一発の威力ならオレの出番だな。派手にぶちかましてやる!」
「はぁ、まだそこから侵入すると決まった訳ではないぞ。いまから張り切るな」
作戦会議は滞りなく進む。
巡回のオークの行動、オーク・ランサー、シールダーの注意点、ハイオークの周辺戦力の予想。
互いに意見を出し合い、詳細を詰めていく。
そんなとき、湯気の立ち昇るコップを持ったイクスムさんが現れた。
「皆さん、ちょうどお飲み物もご用意できましたから少し休憩にしてはどうです? 張り詰めたままだと集中も途切れます。適度に休むことも大切ですよ」
「おっ、そうだな。イクスムさんの言う通り少し休憩にするかぁ」
ヴァレオさんの許可が出ると緊迫感のあった雰囲気が緩んでいく。
イクスムさんが皆にコップを配る。
中を覗くとなんだか香ばしい香りのする黒い飲み物が入っている。
なんだろう、嗅いだことのない香りだ。
「ああ、すみません」
「おお~、ちょうど喉が乾いてたんだ~。ありがとうイクスムさん!」
「ん? この独特な香りは……」
「これは珈琲といってコーヒーノキと呼ばれる植物から取れる赤い実を加工、焙煎して作る飲み物です。今回はすでに焙煎してある珈琲の豆をカザーさんが持参して下さったのでそちらをご用意しました」
「うん、この深い香り。いつ嗅いでも飽きることのないいい香りだ。この香りだけで内包された芳醇さと焙煎によってもたらされた苦味が伝わってくる。そして、光さえ飲み込む漆黒に揺蕩う水面。覗き込む瞳さえも吸い込まれそうだ。ああ、まさにこれこそ至高の飲み物」
な、なんだ!?
カザーさんが手渡された珈琲をやけにじっくりと見詰めていると思ったら突然一人語りを始めた。
……あれって完全に自分の世界に入ってないか?
「はぁ~、また始まったか……」
ヴァレオさんは額に手をあてるとガックリと肩を落とす。
「普段は自ら煎れるが、あれだけ料理の上手なイクスムさんに頼めば必ずや素晴らしい結果になると信じていた。……この舌触りと味わい……湯加減が違うのか? 蒸らす時間か? それとも屋外という環境が影響を与えているのか? なんにせよいつもとは一味違う味わいだ。……これもまた実に素晴らしい」
「その……悪いな。カザーは珈琲のことになると……我を忘れることがあってな。珈琲さえ関わらなければ冷静沈着な頼れるヤツなんだが……。目を合わせなければ害はないはず……気にするな」
「ふ~ん、目を合わせるとどうなるんだい」
興味津々な様子で目を輝かせてルインが尋ねる。
本当になんでも首を突っ込みたいタイプだな。
イオゼッタとラウルイリナなんか凄い顔で絶句しているぞ。
「珈琲語りが止まらなくなる。質問なんか返したら……下手したら朝まで止まらないぞ。味以外の感想はいうな。囚われるぞ」
「なにそれ、怖っ」
「そうかい? ちょっと面白そうだけど」
「いや、面白くはないだろう……」
突然露わになったカザーさんの以外な一面に全員が戸惑っていると、まるで関係ないといった表情でイクスムさんが陶器の小瓶を渡してくれる。
「少々苦味がありますので宜しければこちらのお砂糖をお使い下さい。残念ながらミルクはございませんが……」
給仕をしているときのイクスムさんは丁寧な口調と仕草で、出来る使用人の風格がでているな。
すっと差し出された小瓶には粉状の砂糖がたっぷりと入っていた。
それにしても、砂糖なんて高級な物だと思うけどマジックバックに入れていたんだろうか。
料理のためにも用意していてくれたのかもしれない。
「お~、ありがとうございます」
「苦いのは苦手だから助かるよ」
遠慮なくドバドバと珈琲に入れるイオゼッタとルイン。
二人とも思い切りがいいな。
……ラウルイリナも迷いなく砂糖をガッツリ入れてるようだ。
貴族の家出身なら飲み慣れているのかもしれない。
……ん、苦いな……俺も少し貰おう。
「さて、最終確認だ。……依頼通り戦って集落を壊滅させるか、それとも撤退するか」
ヴァレオさんの真剣な声が崖下の簡易拠点に響く。
戦うか引くか。
この場の一人一人を見渡す視線は皆の実直な意見を求めている。
「あたしは戦う方に賛成。集落は未だに発展途上だし、勝つ見込みも十分ある。そもそも、集落を潰すためにここまで来たんだ。魔物なんかにあたしの邪魔はさせない。あたしの道から退かないなら強引にでも退かしてみせる」
「ボクも戦う方に賛成かな。ハイオーク率いる集団に即席とはいえ共に旅した仲間と戦う。……悪くない気分だ。それに、ここには中々の実力者が揃っている。このメンバーなら勝てるさ」
イオゼッタの熱の籠もった宣言。
ルインの返答も軽く見せているけどその奥には譲れない強い意思があるように思う。
「クライとラウルイリナはどう思う? 率直な意見を聞かせてくれ。……オレたちは勝てると思うか?」
「私は……依頼を遂行するのも、撤退するのも選べる立場にないと思う。だから、勝てるとも負けるとも言えない。……ただ、私は戦いたい。ここで戻りたくない。たとえ足手まといだろうと全力を尽くす。どうか手伝わせて欲しい」
それはラウルイリナの懇願の叫びだった。
自らの力不足を理解していてもあげざるを得なかった闘志の叫び。
「そうか……わかった」
ラウルイリナの不退転の決意にヴァレオさんは深い頷きで答えを返す。
皆の注目がこちらに集まる。
視線の圧力が……重い。
(私がそばにいるぞ)
ミストレアの変わらない励ましが心強い。
「……俺は、俺たちは勝てると思います」
「どうしてそう思う。オーク共の数は想定より多い。集落は冒険者ギルドからの情報よりも発展していた。ここで撤退しても文句を言われることはねぇだろ。それでも勝てると」
「状況はこちらに有利です。オークたちにはまだオレたちの存在が露見していません。先手をとって仕掛けることができる。ここまでずっと勝つための準備をしてきました。それに……狩人なら勝機を逃さない」
そうだ。
狩人は獲物を仕留める機を見逃さない。
相手を詳しく観察し、事前に入念な準備を終わらせ、平静な心で命と向き合う。
「ふっ、勝機、か。……カザー、お前は?」
「俺は元よりお前についていく。そう、決めてるからな」
ここに意見は出揃った。
「よし、お前らの気持ちはわかった。――――やるぞ」
「さて、派手に始めようかっ! 【ファイアボール・サテライト3】」
オーク集落西、カザーさんとラウルイリナの見つけてくれた木壁の弱所。
それを目視できる距離で弓の天成器アーロンを構えるイオゼッタ。
「あたしは他の人より魔力量が少ないからこれは切り札の一つ。錬成矢に《サテライト》の魔法因子で火魔法を纏わせ、一発の矢の破壊力を爆発的に高める」
弓を引き絞った矢の先端。
三つの火球が円を描くように回転する。
矢じりを中心とした衛星軌道。
「いくよ! ここからが本当の戦いの始まり! ファイアッ!!」
黒紫の森にすっぽりと空いた青い空。
火魔法を纏った白銀の矢が山なりに飛ぶ。
矢は寸分違わず木壁の亀裂を捉えた。
刹那に響く轟音。
木壁に火炎が爆発し渦を巻く。
開戦の狼煙がいま上げられた。
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